創作欄 徹の過去の歩み 2)

2017年01月02日 22時25分28秒 | 創作欄
2013年10 月14日 (月曜日)
創作欄 徹の過去の歩み 2)
徹は東京・渋谷の道玄坂で父親の戦友の真田憲から声をかけられた。
「おお! 寿吉の息子ではないか?」
俯いて歩いていた徹は驚いて立ち止まった。
相手は縦に白筋が入った上下黒の服装で、背広の下には薄いピンクのシャツを着ていた。
普通の勤め人の姿ではない。
頬に5cmほどの傷もあった。
口もとは微笑んだでいるようであるが、大きな二重の目は人を射るように鋭い光を放っていた。
「今、何をしているの?」声は顔貌から想像できないほどソフトであり鼻腔あたりで響いた。
いわゆる美声なのだ。
音楽の道を志していた真田憲を狂わしたのは戦争であった。
「職探しです」
徹は当時、怖い者なしで強気であったが真田からは言い知れぬほどの威圧感を感じた。
「職探しか、うちで働くか?」
徹は真田の目を改めて凝視した。
人を信用しない徹は、誘いに簡単に応じない男であった。
「今日、行くところないなら、俺に付き合え、いいか?!」
徹は懐に2000円しかなく、朝食は喫茶店のモーニングコーヒーと食パンのトーストですませていた。
真田は右手を大きく挙げタクシーを停めた。
そして、乗るように徹を促した。
「行楽園競輪頼むわ」
真田は背広のポケットからパイプを取り出した。
徹はタバコの煙が苦手であるが、パイプの香りに違和感を持たなかった。
死んだ父の寿吉もパイプの愛好家であり、いくつも所持していた。
幼なかった徹はパイプをいじっては父親に怒られた。
真田はタクシーの窓のガラスを少し開いた。
タクシーは青山通りを抜け、赤坂から皇居の半蔵門を通り、九段方面へ向かった。
「行楽園へ行く前、運ちゃん、靖国へ寄ってくれ、勝負運を付けねばな」
真田は真剣な眼差しで言う。
徹は靖国神社へ行くのは初めてであった。
「徹君、お前さんはタクシーで待っておれ」真田は一人靖国神社へ向かい歩み出した。
真田の身長は180cmに近いが、遠ざかる真田の後ろ姿は大鳥居を背景にすると小さく見えた。
参拝に訪れ人は高齢者ばかりであった。
徹はタクシーの外へ出て、身をほぐすように手足を伸ばしたり、膝を屈伸させた。
風はほとんどなく、秋の陽射しは明る照りつけており、徹は気だるさを覚えた。
たくさんの桜の葉は照り輝くように紅葉していた。
大村益次郎の銅像に徹は目を留め、その像に向かって歩みだした。
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<参考>○大村益次郎・・・・・・長州藩出身。靖国神社の創始者、日本陸軍の祖。
蘭学医の出であるが、西洋の兵術などの才能を桂小五郎に買われて軍隊の指揮を任される。
「戊辰戦争」では、その手腕により新政府軍を勝利に導く。
明治維新後は、文字通り、軍権の全権を担い、軍隊の西洋化を奨め、日本陸軍の礎を築く。明治2年に過激な攘夷派による襲撃を受けて、その傷がもとで死去する。
その性格は頭脳明瞭で合理的な思考であるが、堅物で人当たりが下手であったため、人から誤解を招くこともあったであろう。
愚直なまでに新しい時代を作り上げようとした男であった。


ttp://www.geocities.jp/douzouz/epsord/oomura.htm
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