取手通信・ツール・ド茨城の実現へ 利根輪太郎

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

鯉幟の季節

2017年05月06日 06時17分43秒 | 創作欄
心を開かねば相手はいつまでも心を閉ざす-ルソー

文化交流は希望の光だ


鯉幟 背負う姉やと 夢ごこち


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中学を卒業し、直ぐに嫁いだ従姉に甘えて背負われていた4歳の5月の追憶。

従姉の泣き声で、徹は目を覚ました。
徹の母信恵が姪の浪江を説得していたのだ。
15歳の浪江の縁談は親同士が既に決めていたが、浪江は結婚はまだ遠い先のことと思っていた。
娘が20歳になったら、2歳年上の浜口耕太郎に嫁ぐ日が来るものと父親は想定していた。
だが、父親に胃がんみつかり、国立沼田病院の内科医が余命半年と告げていた。
父親の銀蔵は、医者から胃潰瘍だと告げられていた。
銀蔵に娘の花嫁姿を見せてやりたいと母の竹子が望み、竹子の姉松子が妹の信恵に説得を頼んだのである。
「まだ、料理も何もできない。結婚は嫌!」と浪江は泣いて訴える。
「料理なら、私が教えるから大丈夫」
「まだ、15歳だ、遊びたらない。嫁さんになりたくない」
「何を言うだ。結婚しても自由な身だ。何でもできるんだよ」
「耕太郎さんだってまだ17歳。私と同じ気持ちだよ。結婚は今は嫌だ」
「我がままは、言うんじゃないよ。皆が結婚を望んでいるんだよ。バカ!」
短気な信恵は浪江の頬を平手で打つ。
浪江が「わ~」と大声で泣き出す。

鯉幟の季節、徹は信恵に背負われ鯉幟を見たことを思い出す。
伯父の銀蔵が徹のために買ってくれた鯉幟であった。
声の美しかった浪江が鯉幟を見上げて、鯉幟の歌を謡った。
実は徹にも高校生のころに、母親が決めた許婚がいた。
相手は従姉の浪江の娘の優子であった。
近親結婚に近いこともあり、徹は気が進まなかった。
幸にも優子は、沼田の高校の同窓生と恋愛関係となり、19歳の時に結婚した。
ちなみに、伯母の松子は従兄と結婚し、浪江も従兄と結婚していた。






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