取手通信・ツール・ド茨城の実現へ 利根輪太郎

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

「足元に幸福」

2017年11月08日 10時32分47秒 | 沼田利根の言いたい放題
先のことを思い煩って焦るより、足元を見つめ<今>を大切に生きることで心は豊かになる。
「日々忙しい、そんな暇ないよ」と友人の一人が言えば、「そうだよね」ともう一人の友人が肯く。
そうして、時間ばかりが過ぎていく。
「足元に幸福」があるのだが、それに気付かない。
<自分らしく、自由に>
例え、組織の一員であっても、自分の世界があり、それなりに幅を広げて<充実>して生きたいものだ。
視野狭窄にはなるまい。
沼田利根
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<心のお守り>になれる仕組み

2017年11月08日 05時12分58秒 | 沼田利根の言いたい放題
警察庁の統計によると毎年、全国で8万人を超える行方不明者がおり、そのうち4割を20代までの若者が占めるそうだ。
引きこもりの人は自宅内に、行方不明者は自宅外にという構図である。
サラ金・街金地獄から逃れた人も居るだろう。
あるいは暴力から逃れた人や不祥事を起こし居場所を無くした人も。
人身売買、拉致・監禁なども。
「消えてなくなりたい」
「居場所がない」
「死にたい」
自己肯定感が希薄になっている若者たち。
夢を追って自宅から飛び出す若者にはまだ救いがある。
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どうやれば、「ここに連絡すれば分かってもらえる、救ってもらえる」と多くの若者の<心のお守り>になれる仕組みを作ることができるのか。
かなり昔から多くの人が考えているが、いまだに答えがでない。
でも、考え続けるしかない。精神科医・香山リカさん

宗教団体も<心のお守り>になれる仕組みの一つであろうか。
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11月7日(火)のつぶやき

2017年11月08日 03時28分15秒 | 医科・歯科・介護
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ホイットマンは大正時代の人たちに大きな影響

2017年11月08日 02時44分45秒 | 社会・文化・政治
米国の詩人ホイットマンの詩は「観念的な現代詩とはまったく違います。すごく気持ちがいい。人間の意識下に潜むポエジー、詩情は、今も世界に満ちあふれています」詩人・谷川俊太郎さん
「民衆に光を当て、その開拓者精神をうたったホイットマンと同じく、富田砕花(さいか)も、名も無き人に広く接する精神があったのだと思います」
詩人で富田砕花賞の選考委員長・たかとう匡子(まさこ)さん
ホイットマンは大正時代の人たちに大きな影響を与えた。
ホイットマンを日本に広く紹介したのが、富田砕花。
有島武男、芥川龍之介、谷崎潤一郎たちと交流していた。
谷川さんの父で哲学者の谷川徹三さんは旧制一高の時に「草の葉」ホイットマン詩集と出会い、哲学を一生の仕事と決めた。
同じころ、白樺派の文学者として世に出る直前の有島武男が一高の学生らとホイットマンの詩を読み、語り合う「草の葉会」(別名ホイットマン会)に谷川徹三も参加していた。

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実は、木村徹は中学生ころ、木村立花を詩のペンネームとした。
富田砕花を意識したのだ。
当時、志賀 直哉(1883年(明治16年)2月20日 - 1971年(昭和46年)10月21日)、武者小路 実篤(1885年(明治18年)5月12日 - 1976年(昭和51年)4月9日)
谷川 徹三(1895年(明治28年)5月26日 - 1989年(平成元年)9月 27日)、谷崎 潤一郎(1886年(明治19年)7月24日 - 1965年(昭和40 年)7月30日)
富田 砕花(1890年11月15日 - 1984年10月17日)らは、健在でテレビで観たり、新聞の文芸欄で読んでいた。
つまり昭和30年代・同時代の空気を吸っていたんである。
さらに大好きな浅草オペラの歌手たちの歌もテレビで観ていた。
街中で出会い、声をかけサインももらったことがある。
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ソクラテスとプラトン

2017年11月08日 02時09分31秒 | 社会・文化・政治
ソクラテス自身は著述を行っていないので、その思想は弟子の哲学者プラトンやクセノポン、アリストテレスなどの著作を通じ知られる。
ソクラテスは一対一の対話を通して、相手がいかに無知であるかを自覚するよう、誘導していきます。
プラトンはソクラテスの「真理」に関する論考を具体化しました。
アリストテレスは、プラトンの「イデア論」を批判的に継承して、「形相と質料」という思想を展開しました。
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日蓮と日興

日興(にっこう、寛元4年3月8日(1246年3月26日) - 元弘3年/正慶2年2月7日(1333年2月21日))は、鎌倉時代の僧侶。
日蓮の高弟六老僧の一人であり、白蓮阿闍梨と称する。
日興門流の祖。
富士大石寺の開山にして、日蓮正宗第二祖に列せられる 。
日蓮の六人の直弟子は、日興と他の五人の弟子(日昭、日朗、日向、日頂、日持の五僧、以下「五人」と記す。)との間で、次に対比されるように、考えが大きく異なる。両者の違いが、日興の身延離山の遠因となる[23]。
五人は、日蓮の法門は天台宗で、天台沙門と名乗ったのに対し、日興は、天台の法門は、迹門であり、日蓮の法門は本門であるので、これを認めない。
五人は、伊勢神宮などの神社の参拝を認めたのに対し、日興は、謗法の国では善神がおらず、悪鬼神が住んでいるので、これを認めない。
五人は、如法経を勤行し、書写し供養するなどの修行をするのに対し、日興は、そうした修行は、末法の時代の修行ではないので、これを認めない。
五人は、日蓮の法門は天台宗なので、比叡山で出家受戒を認めるが、日興は、日蓮の法門は法華本門なので、これを認めない。


師の日蓮の教えに忠実であったかどうかに根本問題があった。
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優れた人の模倣を重ねる

2017年11月08日 01時58分33秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力
<学ぶ>の語源は<まねぶ=まねる>との説。
優れた人の模倣を重ねる中で、人は多くのことを学び、成長していく。
そこから新たな自身の可能性も発見できる。
人の心は、良き人との出会いに触発を受け、一段と磨かれていくものだ。
自他ともの向上を目指し、友と関わりを求める。
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スポーツ競技、美術、音楽、文芸、芸能など、その基礎は優れた人の模倣であり、教えを如何に自身の才能の開花に結びつけるかである。
優れた師と出会うことができれば幸運であろう。
その師は成長し続ける人である。
<いかなる困難があろうとも、いつも師の心を真ん中に前進していく>
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