人酒

2013年03月22日 | ショートショート



「なあ中杉、もう一軒行こ、もう一軒!」
木村先輩に誘われて入った店は、洒落たショットバーだった。
客はボクたちだけ。薄暗い店内にピアノジャズが流れている。
ナベサダみたいなマスターが厨房の奥から出てきて、コースターを並べた。
「木村さん、珍しい酒が入ったんですよ。試してみませんか」
もちろん飲んでみることにした。まもなくボクらの前にショットグラスが置かれた。
「これはどういう・・・」
「まあ飲んでみてください」
マスターに勧められるまま、ひとくち・・・
「美味い!美味いなあ、これ!」
先輩の言うとおりだ。ふくよかな甘味があるが決してくどくない。ほのかな酸味がアクセントになって口当たりが実にいい。日本酒ベースだろうか。飽きがこないのでグイグイいける。
ほどなく飲み干して、二杯めをオーダーした。
「マスター、教えてよ。で、なんて酒?」
「人酒、ですよ」
人酒?猿酒ってのは聞いたことがあるけれど・・・
猿が貯め込んだ果実が発酵してできたという、あの猿酒みたいな?
はじめ人間で、猿が口の中でモグモグしてできる、あの猿酒みたいな?
はたまた、まさかまさかマムシ酒みたいに漬けこんで?
ちらりと木村先輩を見ると、先輩も真っ青だ。
したり顔のマスターが口を開いた。
「お酒ってのは本来、自分が美味いかどうかがすべてのはずなんです。どんな銘柄だとか、何年ものだとか値段とか、そんなレッテルは二の次。人間同士も、かくありたいものですよね、お客さん」
なるほど、そういう人酒。ここで人生勉強するなんて思わなかった。
そのときだ。
奥から一升瓶を手に現れたのは、絶世の美女。店内が一気に華やぐ。
若々しい肌は透きとおるように白い。薄化粧のととのった顔の小さいことと言ったら。華奢な腕で、ボクたちのグラスに人酒を注ぐ。
「いかがです?うちの人酒」
上品な声が耳をくすぐる。
「こちらの女性は、人酒の杜氏、玲子さんです。玲子さん、いいですか?お客さんに人酒の秘密をお教えして」
女がうなずく。
「人酒はね、発酵が進んでいる間、全裸の杜氏が毎日桶に浸かるんです。お風呂みたいに。するとなぜかこの芳醇な味わいが生まれる。ですよね?玲子さん」
女が顔を赤らめ、身じろぎする。
そうか、それが人酒だったのか。
おかわりの人酒をゴクリ、口の中で転がす。目の前の美女の体に、唇を、舌を這わせるように。
「最高だ、最高ですよ、玲子さん」
「ありがとうございます。喜びますわ、うちのおじいちゃん」



(最後まで読んでいただいてありがとうございます。バナーをクリックしていただくと虎犇が喜びます) 

ジャンル:
小説
コメント (6)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 行列のできる店 | トップ | iPSサイボーグ »
最近の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
玲子の酒 (雫石鉄也)
2013-03-22 13:24:17
これ、おじいちゃんがしこんだ酒ですね。
では、玲子さんがしこんだ酒はどんな味でしょう。
年輪 (りんさん)
2013-03-22 16:55:26
知らぬが仏^^
やっぱりね、若い人じゃダメなんですよ。
それなりの年齢を重ねた老人じゃないとね。
あ、ちなみに私はご遠慮します。
あらまぁ (haru)
2013-03-23 11:16:26
きゃははは!色々と想像を膨らませていたものですから
最後の一言で、あちゃー!(爆)
思わず吹き出してしまうではないですか。
雫石鉄也さんへ (矢菱虎犇)
2013-03-23 15:07:14
それはもうえもいわれぬ甘美な風味・・・

これを書こうとして猿酒をネットで検索したら、なんと猿の肉とキモを酒に漬けこんで作る、幻の霊薬、猿酒というのが秋田に伝わっているとかいないとか。
恐るべしっ。
りんさんへ (矢菱虎犇)
2013-03-23 15:10:03
そうそう、加齢臭によるカレー風味の。
まあ、ボクも夜な夜な焼酎漬けになっているようなものですから、ボクを絞ったらお酒ができるかもしれません。
いかがですか、今度。
いえいえ、遠慮は要りません。
haruさんへ (矢菱虎犇)
2013-03-23 15:14:30
やっぱり落差があればあるほど、ギャフンッですよね。
こっちは今日はくそ暑くなってきました。
黄砂も増えているみたいです。
そっちも感じます?春の気配。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL