アナタ

2012年12月29日 | ショートショート



1956年、日本初の南極観測隊を乗せた「宗谷」が出航した。翌年、南極大陸に上陸した彼らは昭和基地の建設に取り掛かる。
そして2月。西堀副隊長以下11名の越冬隊員を残して「宗谷」は日本に向けて離岸する。
越冬は熾烈を極めた。最低気温45度、最大風速61メートル。
不用意に棟を数歩離れただけで遭難してしまう、観測機器さえも凍りつく極寒地獄。
1958年、食料不足は深刻になり、迎えの「宗谷」もトラブル続き。越冬隊員の胸中に不安がよぎった。
そんな彼らにとって、なによりも楽しみだったのは家族からの電報だった。
メールはもちろん基地に電話もない時代、唯一の連絡手段は電報のみであった。しかし、公的な通信を優先するため、私的な通信はわずかな時間に制限された。ただし年賀電報だけは別。モールス信号で送られてきたカタカナだけのメッセージが隊員たちに手渡されていく。
文字に目を落とした隊員の顔がほっとほころび、誰からとなく皆に披露しはじめる。
隊員の身を案じる言葉。留守家族の近況を伝える言葉。
一同、ひとつひとつの言葉をわがことのように噛みしめ、ときに笑い、ときに冷やかし、ときに目頭を押さえた。
そして、機械技術士の大塚正夫の番がやってきた。
彼はためらっている。
照れるな、照れるな。皆、大塚の電報が新妻からのものだと承知の上で披露を促した。
ようやく、大塚が文面を読みあげると、座は水を打ったように静まり返った。
大塚の読んだ電報には、カタカナ、たった3文字しかなかったのだ。

「アナタ」

ただの、それだけ。
夫の身体を気遣う思い。夫のいない生活のつらさ、心細さ。抑えがたい愛しさ、せつなさ。
何千何万字数を並べても言い尽くせぬ、溢れんばかりの思いが、3文字の奥に秘められていた。
万感の思いを推し量って、隊員たちは、ひとり、またひとりと嗚咽した。

「あの~、西堀越冬隊長、ちょっといいですか?」
「大塚くん、さっきのアレ、感動したよお。たった3文字のラブレター、きっと有名になるぞ」
「それが・・・」
言うべきか、言わざるべきか。
妻は、電報の内容を夫本人以外に気取られぬよう、アナタ以下を省略したことを。
いつものお小言、「アナタッ、酒癖悪いんだから気をつけてよ!皆さんにご迷惑かけてない?」であったことを。
ああ、言いにくいよなあ、今さら。



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以心伝心 (haru)
2012-12-29 22:00:17
皆が涙した「アナタ」も、夫にとっては妻のお小言とは!
これぞ夫婦の以心伝心。。。ん?電信かなあ~!
追伸 (haru)
2012-12-29 22:04:02
ブログ村のイメージアイコンを変えたのですね。
一瞬、あれっ!私クリック間違えたか?とおもっちゃいました。
うん。こっちのほうがカッコイイす。
haruさんへ (矢菱虎犇)
2012-12-30 00:19:07
たった三文字のメッセージも実話なら、オチも完全実話のお話なんですよ、コレ。
ショートショートっぽい形式で書いてみましたが、やっぱり実話ならではの面白さがありますねぇ、コレは。
haruさんへ (矢菱虎犇)
2012-12-30 00:23:10
適当にお絵描きソフトで書いた絵をやめて、三代目ジェームズ・ボンドのロジャー・ムーアを自分の写真にしてしまいましたあ。
007シリーズは、シリアスな路線のほうが好きなんですけど、この人の飄々とした雰囲気も好きなんでよなあ。
そんなわけで丸顔から男優に変わりました。しばらくはこの顔です。よろしゅうお願いいたしやす。
実は実話 (ヴァッキーノ)
2012-12-30 10:08:48
へえ、そういうお話しがあったんですねえ。
なんかいいなあ。
新妻なのに、もうそんな旦さんの悪癖を承知している
なんて、すごいですよね。
そうそう、ブログ村の顔画像、一瞬、ホンモノの
矢菱さん登場か?!ってビビっちゃいましたあ!
ヴァッキーノさんへ (矢菱虎犇)
2012-12-30 14:49:19
なんとも朗らかなショートショートっぽくて、イイ話っすよねぇ。そんなわけで、敢えてショートショートに仕立ててみましたあ。
>新妻なのに、もうそんな旦さんの悪癖を承知している
ですよねぇ。古女房なら、とっくにあきらめているかもしれません(笑)
ブログ村の顔、いいっしょ?
ヴァッキーノさん的矢菱イメージの成田三樹夫さんにするか、ロジャー・ボンドにするか迷いましたあ。
でも、秘宝館のダラダラ続くジョークみたいなお話の乱発が、中だるみ007シリーズっぽいかも・・・なんつーワケでこっちにしましたあ。成田さんは次回、かな。

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