熱くなれ!阪神タイガース

新戦力も入り、若手も育ちつつあるタイガース。
V奪回なるか!?

さよなら、稲尾さん

2007-11-13 08:02:24 | 人生
朝のニュースを聞いて、仰天しました。
お元気で福岡で解説をされているものとばかり思っていましたが。
70歳ですか。まだお若い。残念でなりません。

ライオンズが埼玉に移転した後、九州への球団誘致活動をされてました。
後にオリオンズの監督を務められたのも【九州に移転する】という含みがあったそうで。
実現はしませんでしたが。
その通りになっていれば、球界地図も大きく変わっていたでしょうな。

後にホークスの移転が決まった時、一部報道で【稲尾新監督】が報じられました。
私もそうなると思っておりました。
九州球界の顔ともいうべき稲尾さんで再スタート、となるであろうと思ってました。
ところが、いざ蓋を開けてみれば、杉浦忠監督(故人)の留任。
奇しくも、西鉄と南海で投げ合った仲ですが。

九州への球団誘致に尽力した故、ユニフォームを着たい気持もおありだったでしょうが。
敢えて陰で支える側に廻られたのか。
いずれにせよ、その後稲尾さんのユニフォーム姿は見れませんでした。
(除:マスターズリーグ)

例えば稲尾さんにしろ杉浦さんにしろ権藤さんにしろ、
酷使がなければもっと投げられたのにという意見もありましょう。
で、それらは間違った意見であるとは思いません。
ただ【休まない】というのが、当時の自らの役割に対する尺度であったのか?と。
今日の【他人は他人、自分は自分】という、奉仕の心を失った風潮、
現在の物差しからは考えられない、ある意味美しいものであったと思います。

年間42勝、まず破られますまい。
安らかにお休み下さい。

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10 コメント

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Unknown (シルク)
2007-11-13 12:47:12
以前は営業車の中で稲尾さんの解説をよく聞いたものです

現役時代、酷使を酷使と思わず投げ続けたことが【意気に感じる】であれば、引退後ボロボロのチームを引き受けて苦労されたことや、九州への球団誘致に尽力されたこと、ライオンズOBの窓口として冠婚葬祭やら事業を始めた仲間への援助などを続けてこられたのは、西鉄ライオンズ最後の監督として育ててくれたライオンズや九州の野球ファンに対して【恩義に思う】でしょうか

親の世代の大エースの訃報が続きますな
今もお元気なカネやんは肩だけでなく、体すべてが人並み外れに丈夫なのかと思ってしまいます
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>シルクはん (スチャラカ次長)
2007-11-13 13:26:52
仰る通りですな。
義理が廃ればこの世は闇だ、とは歌の文句ですが、
昨今の【FAする】だの【ビジネスライクに決断する】等という言葉を、
往年のプレイヤー達はどのような気持で聞いておられる事か。


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Unknown (ヒデ)
2007-11-13 15:20:26
九州へ移転してきたのがよりによって宿敵・ホークスでしたから、あの時の心境はどんなんやったでしょうな。
まあ、今となってはホークスがしっかりと九州に根付いてますし、もうどうでも良いことでしょうが。
稲尾さんの現役当時は、【大事な場面で使ってくれること】が何より嬉しかったらしいですな。今は【大事に使ってくれること】の方が大切なようで…、言葉は似てますけど…。
(もちろん、今の風潮を否定するわけではありません。良いピッチャーの活躍が長く続くようになったわけですから)

>>【ビジネスライクに決断する】
教祖的存在(^_^;)・落合博満氏も、稲尾さんにだけは心酔していたのは有名な話ですね。ロッテ退団の時も「稲尾さんが行くところならどこへでも行く」と言っていました。

ただ、今のビジネスライクな風潮は雇用する球団側も、ビジネスの論法を持ち込んで来ている、と言う部分もあると思うのは、特にその傾向が顕著なヤクルトファンだけでしょうか
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驚異的な記録。 (マル)
2007-11-13 15:46:21
年間42勝、想像もつきませんね。
見てみたかったなあ。当時の野球は今よりも
もっともっと単純なものだったのだろうか?と想像してみたりします。

>>【ビジネスライクに決断する】

こういう言葉を見るとつい江川氏を思い浮かべてしまいますが
時代の流れか、そうした風潮を良しとするファンも
増えてきているような気がしないでもなく。



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>ヒデ兄さん (スチャラカ次長)
2007-11-13 16:00:55
球団移転構想の含みもあってオリオンズの監督をされましたが、
思えばオリオンズもライオンズと戦った相手ですからね。
稲尾さんにしてみれば、福岡にまず球団ありき、だったんでしょうな。
ライオンズよ帰って来いというノスタルジックな思いだけでなく、
九州に野球ファンが居る、という大局的な考えやったんでしょうな。
故人の懐の深さを思わせます。
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>大姐御 (スチャラカ次長)
2007-11-13 16:05:11
野球とは力と力のぶつかり合い、だったんでしょうな。

思えば、不思議なもんですな。
我々の親の世代、育ち盛りに食べ物がなかった時代ですよ。
そういう時代に育った方が、今の選手以上の仕事をされている、と。
稲尾さんは勿論、杉浦さん然りカネやん然り。
物が豊富にある時代に育った人間のほうがひ弱い理屈がわかりません。
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モノがあるから (シルク@仕事が…)
2007-11-13 20:28:06
ガツガツ働く必要がないんやないですか

稲尾さんがプロに入ったのは昭和31年、経済白書に『もはや戦後ではない』と記された年です。
つまり、それまでは戦後だったわけで、食うに困る日々が続いたわけで
今だったら球団運営に年間シートやファンクラブですが、当時は樽を球場の前に据えて浄財を募った時代です

腹いっぱいメシ食いたい、雨漏りのない家に住みたい
そんな事を考えながら、先輩たちは頑張っておられたのではなかろうかと

移ってきたのが宿敵ホークスなら、監督もまた宿敵杉浦ですな

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ここのところ… (0223.)
2007-11-13 22:39:12
小生にとってプロ野球関連のニュースは辛い・悲しいものが多くて、かなり凹んで参っているところにまた衝撃の大きい…
早過ぎですな。

稲尾さんは選手・指導者としても成功しただけでなく、人間として本当に秀でておられたと思います。悪く言う人、野球人の中で見たことありませんもん。

ご冥福をお祈りいたします。
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>シルクはん (スチャラカ次長)
2007-11-14 17:32:06
結局、ハングリー精神なんでしょうな。
金持ちになりたい、親孝行したい。
裕福かそうでないか、という事でしょうか。

中西太氏がインタビューに答えておられたのをニュースで見ましたが、
随分細くなっておられたのが気になります。
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>0223.先輩 (スチャラカ次長)
2007-11-14 17:36:16
昨日の19時のNHKニュースでも、3番目に取り上げられてました。
単なる大選手の訃報の取り上げ方やないですな。

人柄なども勿論ではありますが、
例えば日本シリーズ4連投とか4連勝とか、年間42勝とか
その記録自体が凄い、だから偉大な選手というのではなく、
そういう使われ方にも文句も言わず黙々とこなした、
元来日本人というのはそういう勤勉な民族であると。
その部分が色んな人の心の琴線に触れている気がしてなりません。
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