さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

日本書紀 神功皇后紀を読んでみる 7

2017-03-21 18:27:58 | 日本書紀を読んでみる


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こんにちは

小野派一刀流免許皆伝小平次です

本日は

『日本書紀 神功皇后紀を読んでみる 7』

をお送りいたします

『おさらい』

幼いころから叡智聡明、大変にお美しい方でいらした『おきながたらしひめのみこと』神功皇后は、夫の仲哀天皇が神々の言葉に従わず、若くして急死なされたことに心を痛め、自ら神主となり神々のことばを聞き、西の宝の国を目指すことを決意なされました。

そこでまず、大和に従わない長年の宿敵、九州の熊襲(くまそ)の征討に向かわれ、鳥人『羽白熊鷲』や、土蜘蛛一味の魔女王『たぶらつひめ』を討ち取りました

次に『おきながたらしひめのみこと』神功皇后は、西の宝の国を求める、ということの成就を占うため、川で釣りをなされました

そして、もしことが成るなら『河のさかなよ!針を食え!』と神功皇后がおっしゃったところ、見事な鮎が釣れた…

というところまででした


では早速続きを見てみましょう


『原文』一部現代字使用

『既而皇后 則識神教有驗 更祭祀神祗 躬欲西征 爰定神田而佃之 時引儺河水 欲潤神田而掘溝 及于迹驚岡 大磐塞之 不得穿溝 皇后召武內宿禰 捧劒鏡令禱祈神祗而求通溝 則當時 雷電霹靂 蹴裂其磐 令通水 故時人號其溝曰裂田溝也』


『訳文』

『皇后は神の教えの正しいことを知り、さらに神祇を祭り、自ら西の国をを討とうと思われた。そこで神田(神に供える稲を作る田・みとしろ)を定めた。そのときに儺の河(那珂川・福岡県筑紫郡)の水を引いて、神田を潤そうと思われ、溝(うなで・用水路)を掘られた。うなでが迹驚岡(とどろきのおか)まで及ぶと、大岩がふさがっており、うなでを通すことができなかった。皇后は武内宿禰(たけしうちのすくね)を召して、剣と鏡を捧げて神祇に祈りをさせられ、うなでを通したいと求められた。するとその時、急に雷が激しく鳴り(雷電霹靂)、その岩を踏み裂いて、水を通じさせた。それで時の人はその溝を名付けて裂田溝(さくたのうなで)と言った』


簡単解説


いよいよ新羅出兵が近付いてきた、ってシーンですね

さて、この時に神功皇后が作られた『裂田溝(さくたのうなで)』ですが、実は今も福岡県筑紫郡那珂川町に、日本最古の農業用水路として現存しています




裂田溝・動画



御免!
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