昭和の恋物語り

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[宮本武蔵異聞] 我が名は、ムサシなり! (九)

2017-05-14 13:59:11 | 小説
(九)

 京の地にて。

 野宿には慣れているムサシだが、京の地勢特有の底冷えのする夜はこたえる。
夜露をしのげる良い場所はないかとうろつくムサシの耳に、「だれぞ、お助けくださいましい!」と、悲鳴まじりの声が聞こえた。
普段ならば気にも留めずに立ち去るムサシだが、今夜の宿にありつけるかもしれぬと、その声の方向に大声を張り上げながら駆けだした。
その声に驚いた追いはぎは、一目散に逃げ出した。

「おおきに。おかげさまで、助かりましてございます」
 主らしき男が頭を下げるも、月明かりの下で見るムサシのあまりの異形さにーぼさぼさ頭で顔は赤黒く深くぼんだ眼の色は青い。
わし鼻が険しげな顔に見せひげも伸び放題だ。
更には薄黒い中に赤やら藍やらの点模様がこびりつく羽織らしき衣の下は、茶色っぽい着物と膝下ほどまでしかない袴姿だった。
そんな身なりで目だけがぎょろついている。
供の者が後ずさりをした。

「わたくし、呉服問屋を営んでおります相模屋庄左衛門と申します。
如何でございましょう。当家にお泊まり願えませんか。
昨今は太閤さまがお亡くなりになったことで、世情が落ち着きません。
この後にまた襲われぬともかぎりませぬし。是非にも」

 さすがに豪商と呼ばれるだけあって、肝が据わっている。
そんな相模屋の言葉に、ムサシが飛びついた。
渡りに舟とばかりに
「相分かった。こちらもねぐらを探していることだし、ご厄介にならせていただこう」
と、すぐに応じた。

 道々問いかける相模屋に対して、素直に答えるムサシだった。
警戒心が湧かないわけではなかったが、相模屋の温和な口調に気持ちが凪いでいった。
難破した舟から助け出されて漁師に育てられたことやら、南蛮人だと大人たちに疎んじられてその子供たちとの諍いが絶えなかったことやらを語った。
そして村を飛び出して寺の小坊主として生きる羽目になったものの、そこでも先輩小坊主の陰湿ないじめに遭い飛び出してしまったことも。
相模屋が知りたがった東国の地には向かわず、南蛮人の街だと聞いた長崎方面に向かう途中だと告げた。
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