TOPPO WORLD

TOPPO(ダックスフンド)から見た周りの出来事いろいろ。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その190 『富士五湖・精進湖』その1 

2017年04月27日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
田貫湖の次は富士五湖・精進湖に行きました。
到着した時はまだ8時前後で、富士山はまだ雲隠れ状態です。



精進湖は富士五湖の中で最も小さく、開発もあまりされていない、自然の残る湖です。
精進湖から見る富士は、手前の大室山を抱きかかえているように見えることから、「子持ち富士」「子抱き富士」と呼ばれています。
湖と富士山の間は、青木ヶ原樹海が広がっています。



雲の流れが少し早くなってきたので、湖畔で食事をし、富士山が顔を出すのを待つことにします。



孫は湖畔を楽しみながら歩きまわっています。



逆光ですが、記念撮影です。



だいぶ富士山の輪郭がしっかりして見えてきました。
「子持ち富士」、大室山もくっきりしてきました。



昭和7年に精進湖に一泊した時の与謝野晶子さんが詠んだ句です。
『秋の雨 精進の船の 上を打ち 富士ほのぼのと 浮かぶ空かな』



精進湖の景観は、既に明治期に英国人ハリー・スチュワート・ホイットウォーズが「世界一美しいショージコ」、「東洋のスイス」として海外で紹介されています。



標高/900m、面積/0.51平方Km、最高深度/15.2mでヘラブナ釣り・カヌーなどを楽しむことができます。



トッポと2000年に来た時の写真です。



待つこと暫し、ようやく写真らしいものが撮れました。



続く............................................................。
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トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その189 『田貫湖・ダイアモンド富士』 その2

2017年04月26日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
田貫湖での『ダブルダイアモンド富士』の写真は2分以内が勝負です。
時間経過で変化がわかります。





『ダブルダイアモンド富士』は確実に予測されたその日に見えるわけではなく、諸々の条件(天候、風、波など)が重ならないと『ダブルダイアモンド富士』の瞬間をフィルムに収めるのは至難の業でプロのカメラマンでも苦労するようです。



トッポパパはただのヘッポコカメラマンなのに、初めての挑戦で『ダブルダイアモンド富士』が撮れたのは、幸運以外の何物でもないようです。





時間の経過とともに、太陽が上がると湖の反射光が長くなってきます。





欲張って桜も一緒にと頑張ってみましたが、やはりちょっと無理があるようでした。





ここまでが限界で、これ以上は逆光が厳しく写真になっていませんでした。
その後すぐに富士山は雲に覆われ、姿を隠してしまいました。



休暇村富士の右下のデッキに鈴なりのカメラマンが観えます。
早朝の温度2-3度なので、カメラマンは寒いので皆さん揉み手でした。



8年前、トッポと逆さ富士を撮影に来た時のトッポです。



富士山頂の天気予報は晴れでしたので、『逆さ富士』も撮ろうとしたのですが、富士山周辺の雲の動きが遅いので諦めました。
残念でしたが、トッポパパにとって貴重な昔の写真を再度紹介します。



トッポと一緒に見ていた8年前の展望デッキから撮ったもので、傍でトッポも眺めていました。



この逆さ富士の写真も、確か6-7分だけのシャッターチャンスで、その後は富士山は隠れてしまいました。



トッポが虹の橋を渡ったのが2年半前です。
過去のブログを振り返ると、いろいろなところへ一緒に出掛けたものです。
大病をしたにもかかわらず、まだ元気に出かけられるのは、虹の橋の向こうでまだこちらに来るのは早いといってくれているのでしょう。



ネット情報ですが田貫湖の名は、狸(タヌキ)の生息地だったという説もあるのですが、南北朝時代の永徳4年(1384年)に富士山本宮浅間大社神主・田貫次郎実長がこの地に隠居したことから、沼が「田貫沼」と呼ばれるようになり、その後沼を堰き止め田貫湖になったそうです。
明るくなると、桜も咲いているのがわかります。



8年前はそれほど大きなキャンプ場ではないと認識していました。
最近は若い人たちのキャンプブームもあり、田貫湖周辺は富士山麓の自然の宝庫ということも重なり、自然と触れ合える整備が進み、遊歩道、ボート乗り場、キャンプ場、体験施設、宿泊施設など各種レジャー施設が揃っています。



さて、この後どうする?
ここまで来たなら、欲張りなトッポパパは、よし!満開の桜と富士五湖からの富士山に挑戦!することにします。

次回は『精進湖』からの富士山の紹介です。
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トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その189 『田貫湖・ダイアモンド富士』 その1

2017年04月25日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
ここ暫くお城と桜を追いかけてきました。
もうそろそろ桜も終わりかなと思っていましたが、富士山と桜の写真にもう一度チャレンジしてみます。
富士山の写真を撮るなら、やはり田貫湖に行ってみることにします。
写真は田貫湖にある、富士山の写真を撮るには絶好のスポットとして有名な『休暇村富士』です。



静岡県富士宮市にある「田貫湖」は面積312平方メートル、周囲長4km、東西1km、南北0.5kmの富士山麓の人造湖です。
2008年には『逆さ富士』を紹介しましたが、今回は偶然『ダブルダイアモンド富士』が撮れるかもしれないとのことで、家族と一緒に深夜3時の出発です。
写真は少し明るくなってからの田貫湖湖畔の遊歩道の様子です。
早朝、到着した時には駐車場ははもちろん、駐車場に至る道路の両側まで立錐の余地もないくらい車が並んでいました。
湖畔には、おそらく5-600人ほどのカメラマンが、三脚を立てながら日の出を待っていたのには、ビックリです。



しかしながら湖畔に到着した時は、天気予報と違って、富士山下部は厚い雲に覆われていました。



日の出とともに東の空が少しずつ明るくなってきます。
対岸のキャンプ場が見渡せます。
おそらく泊まり込みで『ダブルダイアモンド富士』を狙っている人も多いのでしょう。



東京から15年間毎年ダイアモンド富士を追いかけてきているというカメラマンの話では、それでも何回かしかよい写真は撮れないものだと話していました。
そのカメラマン曰く、『まだわからない、富士山頂の雲が流れればチャンスはある』の言葉を信じて撮影ポイントを探します。



富士山頂にピッタリと日が沈むか、あるいは逆に日が昇ることを「ダイヤモンド富士」といいます。
田貫湖の場合は、東側に富士山を望むので、どうしても早朝の撮影になります。
桜も一緒にと撮影ポイントを探していましたが、よく考えれば桜は暗くて絵になるわけありません。
もう少しで、太陽が富士山の後方位置に隠れ始めます。



撮影場所はネット情報を信じ、1つは北側の駐車場から遊歩道を5~10分ほど歩いた湖岸です。
遮るものがなく開けていて、正面に雄大な富士山を望めます。
テレビ局の撮影隊?らしきグループも同じアングルで狙っていたので、トッポパパもここで待つことにしました。
もう1つは休暇村富士(ホテル)の正面にある展望デッキで、こちらは左右から張り出した島の間から富士山が覗く特徴的な展望となります。



いろいろ事前に調べた結果、遊歩道は4月23-4日、展望デッキは4月25日がベストポイントとの情報もありました。
ちょっとした撮影位置の違いで、ダイアモンドになるかどうか決まるそうです。
山頂の雲が流れ、太陽が富士山の後方に入ったようで、山頂部分だけ明るくなってきました。



カメラマンの歓声が上がります。
山頂に太陽が顔を出しました!
後で考えると、ほんの1-2分のシャッターチャンスですので、夢中でシャッターを押し続けました。
 


ちゃんと撮れているのか、家に帰り確認するまで不安でしたが、それなりの写真が撮れたのではないかと思います。
富士山頂に太陽が重なる瞬間、ダイヤモンドのように輝く現象が「ダイヤモンド富士」ですが、湖面に逆さ富士が映る状態ならダイヤモンド状態がダブルということで、「ダブルダイヤモンド富士」と呼ばれています。



湖面に波があると、逆さ富士にならないそうで、小波はあったもののギリギリセーフでした。
なんといっても人気の撮影テーマの『ダブルダイアモンド富士』が撮れたことは幸運でした。
田貫湖では撮影チャンスが年に10日ほどしかなく、その上天候状態に左右されるので年に数回のチャンスだったのでしょう。
この幸運にトッポパパ、感謝感激です



続く........................................................................。
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トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その188 『犬山城下町』 その3

2017年04月24日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
主屋は幕末に建てられたと伝わる江戸期の町家、旧磯部家住宅を訪ねてみました。
犬山観光情報より引用の説明です。
江戸期の建築様式を持つ木造家屋の中に入ります。



主屋二階は天井が低く、正面側のみ部屋が造られ、背面は屋根裏になっています。
このような造りを犬山では「バンコ二階」と呼んでいます。
また屋根はかまぼこ状にふくらみを持たせた「起り屋根(むくりやね)」で、犬山の町屋では唯一のものです。



全国で唯一、犬の字がついた犬山市のマスコットキャラクター、『わん吉くん』と福助が並んでいます。



ミニチュアの山車が並んでいます。



ミニチュアですが、実に精巧な作りです。



主屋内部は、棹縁天井、一間の床の間、違い棚、書院、長押付の部屋です。
このような立派な座敷飾りは江戸時代には一般の商人には許されないものでした。
現在の造りは御禁制の外れた濃尾震災(1891)被災後に改造されたものです。



江戸期から呉服商を営んできた旧磯部家の敷地は間口が狭く、奥行きが広い「ウナギの寝床」のようです。
江戸期の税金は間口の広さで決まっていたのが、間口の狭い理由です。



「ウナギの寝床」には町衆の知恵が息づいています。



中庭、裏座敷、土蔵などもあります。



奥土蔵の外壁は目地の漆喰がかまぼこ状に盛り上がる「なまこ壁」で、正面は黒漆喰塗り、北側は瓦を使用しています。
明治期の土蔵の雰囲気を楽しめます。



次回は季節感がずれるので、またまた急遽『田貫湖・ダイアモンド富士』の紹介にします。
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トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その188 『犬山城下町』 その2

2017年04月23日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
昭和横丁の看板が掲げられています。
昭和横丁を代表する昭和人情男が作るお店で売っている、絶品の味の『恋小町だんご』はツイッターで評判です。



本町通りで猿の親子の木彫り像です。



ちょっと横道に入って見かけた、京都?を感じさせる日本家屋です。



犬山祭で曳かれる巨大な車山(やま)を展示している『どんでん館』へ入ります。



ここには実際に祭りで使用される高さ8m、重さ3tの車山3輌を見ることができました。
車山は一見同じように見えても一輌一輌すべて違うそうです。
毎年4月の第1土日に行われる、国の重要無形民俗文化財指定の「犬山祭」で曳かれる車山です。



館内では犬山祭を年中体感できるように、光と音で祭りの一日を演出しています。
犬山祭で車山が方向転換する際、車山を曳く手古(てこ)衆が掛け声もろとも車山の片側を持ち上げて180度回転するさまは「どんでん」と呼ばれ、施設名はこの言葉から名づけられました。



「車山」とは他地域の祭における山車や曳山のことで、他では2層が多いそうですが、犬山では3層の構造となっていて、これは「犬山型」とも呼ばれます。



精巧な造作が施され、漆や金箔で彩られたものはかなりの見応えです。
祭りの日の夜に曳かれる車山には一輌に365個を超える提灯が付けられ、実際に13輌揃うと見事な光景が広がるそうです。



下層がお囃子所、最上層にはからくりが置かれ、中層は「中山」と呼ばれて最上層のからくりを動かす層となっています。
からくり人形も飾られています。



続く.............................................................。


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