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「自殺論」の読後に考えたこと(その4/4)

2008-02-18 04:58:45 | デュルケーム
 全然関係ないが、僕は先日、サン・テクジュペリ「夜間飛行」(1931)という小説を読んでいた。デュルケーム「自殺論」が書かれた30年ほど後の、フランスの小説だ。これは、まだ飛行機で郵便物を運ぶのが、技術的に手探りで、とても危険な時代の話だが、この事業を立ち上げて経営するリヴィエールという人物が出てくる。この事業の許可を政府に申し出ると、やはり役人なので、いろいろうるさいことを言われる。

リヴィエールは、退屈な思いをしながら、要綱のことや、保険のことや、それから世論のことが論議されるのを何度聞いたことか。…「何をぐずぐずしているんだろう!そんなことなんかすべてことごとく償うてなおあまりある大事なことがあるのだ。生命力のあるものは、生きるために、創造するために、自らの法律を生活するために、あらゆるものをけちらかすものなのだ。それは防ぎようのないことだ。…多年奮闘の結果、リヴィエールがついに勝利を得た。ある者は、「彼の信念のおかげで」と言い、ある者は、「熊のような突進力のようながんばりと精力のおかげで」と言った。彼自身は、より単純に、方向がよかったからだと言っている。」(p68-69「夜間飛行」新潮文庫)
 それから、別のところでリヴィエールは「ロビノー君、人生には解決法なんかないのだよ。人生にあるのは、前進中の力だけなんだ。その力を造り出さなければいけない。それさえあれば解決法なんか、ひとりでに見つかるのだ」(p96)と言っている。イノベーションとは、この「前進中の力」ということではないかと思う。
 「リヴィエールは、立ってじっと事務員たちを見つめていた。事務員たちのかなたには、人夫たち、機械工たち、操縦士たちなぞ、すべてこの事業を手伝ってくれた人々の姿が幻に見えた。彼は今、遠洋諸島のうわさを聞いて、そこへ自分たちの希望を載せて出かけようと、船を建造したという昔の小さな町々のことを思い出していた。たった一隻の船のおかげで、人々はいずれも自らに大を加え、自己を超越し、自由になったのだ。「目的は、ともすれば、何ものをも証明しないかもしれないが、行動が死滅から救ってくれるのだ。あの人々は彼らの船のゆえに後世までも生き残っているのだ」」(p100「夜間飛行」)これは、人は有限な存在だけど、それが、永遠につながることができる時があるという例として言っている。これが、イノベーションの精神ではないか、と思う。ドラッカーはこんな高尚な感じでは言ってないが、ここらへんに、ひょっとしたら文学にはあって、社会科学にはない限界があるのかもしれない。
 アンドレ・ジイドはこの「夜間飛行」について、「僕は特に作者に対し、自分にとって極めて重大な心理学的重要性を持つ逆説的な真理、―すなわち人間の幸福は、自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中に存在するのだという事実を、明らかにしてくれた点に感謝する者だ。」(p10-11「夜間飛行」の序より)と言っている。

 こういう、人間に対する洞察というものがある。これは、たとえば「イノベーションとはいいものだ」というのが最初からあったならば、そこから「では、イノベーションを生み出すにはどうしたらいいか。どんな組織を作ればいいか」みたいに考えられる。でも、そもそもイノベーションなんてことを思いつくのには、どんな人間のひらめきを必要とするのだろうか。デュルケームは、思いつかなかったのだろう。たぶん、そのあと、「夜間飛行」みたいな、前例のないような現場で、経験的に「前進する力だ」みたいに思いつく人が出てきたりして、そしてシュムペーターみたいな人がそれを概念化したのかもしれない。

 「イノベーターの条件(はじめて読むドラッカー【社会編】)」(2000)という本がある。その中に、ドラッカーの1939年の著作「経済人の終わり」から抜粋した章がある。
 そこには、「あらゆる社会は、人間の本性、及び社会における人間の位置づけと役割についての概念を基盤として成立する。人間の本性の把握としてどれほど正しいかは別として、この概念は、常にそれを体現する社会の本質を規定する。最上位の人間活動の領域を示すことによって、社会の基本的な教義と信条を象徴する。」(p18「イノベーターの条件」)とある。たとえば「夜間飛行」の中にある、遠洋諸島に思いをはせて船を作って、みんなの夢を載せて冒険に出た人が、そのことで自己を超越をした、みたいなイメージが、「最上位の人間活動の領域」ということではなかろうか。それで、それが「人間の本性の把握としてどれほど正しいか」は、よくわからないが、もしそういうイメージが社会のおおかたの賛同を得られれば、それが「それを体現する社会の本質を規定する」ということになるのではないか。具体的に言えば、ヨーロッパでは、「自由と平等は、ヨーロッパの二つの基本概念である。すでに2000年にわたって、ヨーロッパのあらゆる秩序と信条が、キリスト教の秩序から発し、自由と平等を目的とし、その実現を正統性の根拠としてきた。ヨーロッパの歴史は、この2つの概念を現実の社会に実現しようと企てる歴史だった。」(p20「イノベーターの条件」)ということで、最初それはヨーロッパの世界では、「宗教人」として表れた。
 「自由と平等の実現は、初め宗教的な領域で求められた。あの世ではあらゆる人間が平等であり、あの世の運命は、その準備段階であるこの世における行動と思考によって自由に選択できるとの信条は、…11世紀や13世紀の人たちにとって、その約束は現実のものだった。…当時は、人間を「宗教人」として理解し、社会における人間の位置づけを、精神的な秩序において理解していた。こうして、神学は精密科学となった。
 この宗教人の秩序が崩壊した時、自由と平等は、知的な領域において実現すべきものとなった。人間とは自らに与えられた自由かつ平等な知性によって聖書を理解し、自らの運命を決定すべき存在であるとするルター派の教義は、「宗教人」の秩序から「知性人」の秩序への変容をもたらした。この知性人の秩序が崩れた後、自由と平等の実現が求められた次の領域が、社会的な領域だった。人間は初め「政治人」とされ、次いで「経済人」とされた。自由と平等は、経済的な自由と平等を意味することになった。
」(p20-21「イノベーターの条件」)
 この「経済人」というのは、アダム・スミスとその学派により、ホモ・エコノミカスとして示された。経済的な自由は、人々に自由と平等をもたらす、という内容だったという。「社会の基盤として経済人の概念が認知されたことを明らかにしたものが、科学としての経済学の成立だった。経済人の概念が、人間の本性を表すものとして受け入れられるや、ただちに経済学の発展が可能となったばかりでなく、必然となり不可欠となった。」(p19「イノベーターの条件」)

これまで150年から200年にわたる資本主義の発達によって得られた物質的な成果、あるいは経済的な成果から見れば、経済活動の自由は疑いなく望ましいことだった。それは、ことさら言うまでもない。
 しかし経済的な自由は、資本主義以前の秩序に苦しむ貧しい職人や飢えた農民のような最悪の状態にある者にとってさえ、望ましいものではなかった。彼らにとって、経済的な自由は脅威を意味した。それは、安定を捨てることを求めた。もちろん彼らにとっての安定は、飢えがあるだけの、悲惨で意味のない安定だった。だが、それが彼らのもつすべてだった。経済的な自由は、一人ひとりの人間に経済的な不安定をもたらし、経済的な利益をもたらさなかった。それは、親から譲り受けた小さな土地、市場を守ってくれる関税、ギルドの最低賃金を奪った。あとは技能と才覚次第ということになった。
」(p16-17「イノベーターの条件」)これはドラッカーが1939年に書いた本の抜粋ということだが、「自殺論」の内容と合っている。経済的に豊かになったにも関わらず、人々はその新しい自由に怯えている。
 続けて、
そのような経済的な自由が受け入れられたのは、究極的には自由と平等が約束されたからだった。」(p17)つまり、「宗教人」「知性人」「政治人」が実現できなかった自由と平等を、「経済人」が叶えてくれると思えばこそだった。
資本主義こそ、自由で平等で理想的な社会を自動的に実現するための手段として、利益を積極的に評価した最初で唯一の社会的信条だった。資本主義以前の信条では、私的な利益は、社会的には有害なもの、あるいは少なくとも中立的なものと見ていた。」(p16)
 しかし、「今日、この約束が幻想にすぎなかったことは誰でも知っている。経済発展は平等をもたらすどころか、機会均等という名の形だけの平等さえもたらさなかった。その代わり、ブルジョア階級というきわめて閉鎖的な新しい恵まれた階級を生み出した。」(P17)
 その結果、「経済人に代わるべき新しい概念が何一つ用意されていないことが、現代の特徴である。自由と平等を実現すべき人間活動の新しい領域は提示されていない。」(p23)
 「この数年(私;つまり1939年当時)、経済発展への拒絶反応が無制限に拡がりつつある。もはや経済発展の神様に対しては、お愛想さえ聞かれない。その代わりに、恐慌に対する安定、失業に対する安定、経済発展に対する安定など、安定が普遍かつ最高の目的になった。経済発展が安定を脅かすのであれば、経済発展のほうを捨てる。」(p26)そういう感じが当時のヨーロッパにあったという。
 
 「資本主義の崩壊は、あの世界大戦(第一次世界大戦)と大恐慌を通じて、人間一人ひとりの実体験となった。この2つの破局が、既存の社会、信条、価値観を普遍のものとして受け入れてきた日常を粉々にした。突然、社会の表層の下にある空洞をさらけ出した。ヨーロッパの大衆は、社会が合理の力ではなく、目に見えない不合理の魔物によって支配されていることを知った。」(p24)
 ヨーロッパの理想とされてきた、自由と平等の追求の手段だったはずの経済発展が、当時の欧州では、魔物だと思われた。そこで、人々はその魔物を追い払ってくれるものを捜した。それが当時のファシズムだったという。
 「ファシズムは、まさにわれわれの生きる時代の根源的な事実に根ざしている。すなわち、新たな信条と秩序の欠如である。…旧秩序の実体は、大衆にとって耐え難い混沌をもたらすがゆえに、もはや維持できない。しかし旧秩序の形態は、それを喪失するならば、大衆にとって耐え難い社会的、経済的混沌をもたらすがゆえに放棄できない。実に、新たな実態をもたらし、新たな合理を与え、同時に古い形態の維持を可能にしてくれる脱出口の発見こそ、絶望した大衆の要求である。事実、この要求は、ファシズムが正面から応えようとするものである。…ファシズムにおいては旧秩序の実体を容赦なく破壊する。そして形態は注意深く維持する。
 かつての革命であったならば、共和国そのものを破壊しておきながら、その後の大統領として、ヒンデンブルグを迎えるなどということは、決してなかったはずである。
 実体を破壊しつつ、形態を維持せざるを得ないファシズムにおいては、伝統的な決まりごとの保存が不可欠である。ファシズムがあらゆる種類の自由を廃止することも、その要求からして必然である。…必然的にあらゆる種類の自由が、新たな不自由にとっての敵とされなければならない。
」(p29-30)
 要するに、国民が、もう理想を追うのに疲れ切ってしまったけど、空気や水のようにある従来の社会の仕組みはほしい時、こんなふうな社会になっちゃった、ということだろうか。

 これは、ニーチェ「ツァラトゥストラ」に出てくる「末人」を思わせるものがある。
 ツァラトゥストラは、人間とは、乗り越えられるべきもので、目指すべきは「超人」であると言う。人間は、動物と超人の間に張り渡された一本の綱である。その細いリスクのある綱を渡って、超人のほうに歩んでいかなければならない。
「わたしはあなたがたに超人を教える。人間とは乗り超えられるべきものである」という。人間が偉大なのは、それが過渡であって、人間自身が目的ではないことである。自分の身が破滅しようとも、人間を乗り越えていくような、そんな意志を持つ時、人間は、ただの人間を超えられる。超人に至る、というようなことをツァラトゥストラは言う。上にあげた、「夜間飛行」のリヴィエールの理想とも通じるものがあるように思う。でも、ツァラトゥストラの話を聞いていた群集はそれに反応しない。
 「まだいまは、人間の土壌は、その植え付けをなしうるほどに豊かである。しかし土壌はやがて痩せ、軟弱になるだろう。そしてそこからはもう一本の大樹も生い出ることはなくなろう。
 かなしいかな。やがてその時が来るだろう。人間がもはや、かれの憧れの矢を人間を超えて射放つことがなく、おのれの弓の弦を鳴り響かせることも忘れる時が。…
 かなしいかな。最も軽蔑すべき人間の時代が来るだろう、もはや自分自身を軽蔑することのできない人間の時代が来るだろう。
 見よ、わたしはあなたがたにそういう末人を示そう。
」と言い、何の理想も持たず、ただ無難に生きることのみに執心する末人について語る。誰も統治しようとしないし、服従しようともしない。両者ともに煩わしいから。牧人は存在せず、ただ蓄群が存在するだけ。ただ快適さだけを求め、煩わしいことを嫌い、「われわれは幸福を発明した」と言う。そういう末人について語ると、群集は、「われわれをその末人たらしめよ。そうすれば超人はおまえにゆだねよう」という。

 19世紀後半にニーチェが示した「超人」という人間の理想像も、「宗教人」「経済人」みたいな、社会の骨になりうるような人間のモデルだろう。でも、世の中が「末人」ばかりだったら、そういう理想を説いても、社会は活気を帯びないだろう。ニーチェが提示した「超人」は、じっさい、社会の理想モデルになったことはなかったけれど、それでも19世紀のこの人が考えたことは、21世紀でもなんらかの意味は持ち続けている。
 今の日本で、新しい社会を引っ張っていく「○○人」という理想モデルが出てきたとしたら、どういう反応を示すだろうか?ニーチェの末人みたいに、どうでもいいや、という反応かもしれない。働きすぎでもう疲れているかもしれないし。
 20世紀の前半にはもう理想として無意味になったという「経済人」というモデルは、その後どうなっていってるのだろう?つまり、今でも資本主義だが。どうもドラッカーは、イノベーションということを通じて、階級も乗り越えられたし、いつでもリスクがあるけど、それによって、階級ができたとしても乗り越えていけるし、新しい空気を社会に送り続けることができる。それによって自由も平等(無意味化していない機会の平等、つまり階級をじゅうぶんに乗り越えられるような機会が十分に多くの人に与えられる)も確保できるとすれば、それは欧州の伝統的な理想を担えるのではないか。そう考えていたのかもしれない。「○○人」という言い方をするならば、「起業人entrepreneur」かもしれない。
 あるいは、そういう欧米発の理想モデルは、日本には合わないともし言うとしたら、何か理想を発信しなくてはいけないはずだが、どうもそれがないらしい。日本にはたしかに欧米とはずいぶんと違う人間認識があると思う。と同時に、いつの時代にも器用に、外国の考え方を取り入れて吸収してきたと思う。でも、この頃はそういう貪欲な感じが少ないと思う。今までだったら、「これからは○○の時代だ」みたいに、新しいものにノリノリで飛びついていたと思う。西洋の労働者が拒否反応を起こしたロボットの導入だって平気だった。これからは生涯学習の時代だと言えば、それもOKだった。でも、たとえばこの記事のずっと上のほうで挙げたような、これからは組織に直接雇われるんじゃなくて、外部からアウトソーシングされてきた人とかパートタイムや契約で働く人たちが主流になっていく、という傾向については、かなり拒否反応が強い。外資が来たりすることにも、どうもノリノリではない。終身雇用制が崩れたのは、開かれた自由な労働市場が形成されるチャンスかもしれないけれど、どうもそういう前向きな感じはしない。かつては省エネでさえノリノリで受け入れてきたけれど、どうもこの頃は従来のような、何でもこーい!みたいな感じではなくなっているように思う。問題は難しいのだろう。
 僕が思うに、こういう時は、学者ではなくて、前例のない時代の最前線にいるような人たち、つまり1930年代のサン・テグジュペリみたいな人たちの中から、「人間って、こういうもんだ」みたいな理想が出てきて、それがこの社会の大方のコンセンサスを得れれば、それで新しい時代が出来てくるもんじゃないかなと思う。ドラッカーによれば、そういう「○○人」という理想型ができた後に、それを実現するような形で、学問が発展していくものらしい。「宗教人」が理想だったから、神学が発展し、「経済人」が理想になってから、経済学が発展したという。その逆ではない。そういう理想は、もし「起業人」でなかったとしたら、何が、我々の社会を引っ張っていく理想でありえるだろうか?
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