カフェドジャポン アクサンテギュムッチ

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ 代替療法や、語学などを学び続けています

第二次大戦の悲惨さ

2017-06-10 21:48:58 | 日記
母のまた母の祖母は、生前、地元に戻り、内科の看護婦でした。徳島大空襲のときに、吉野川の浅いところに、母、おじ、おばを連れてつかっていて、空襲からのがれ、上勝に戻り、商売をしていたそうです。母は、戦後の貧しい時代、親類の援助で高校を出れました。父のまた父の祖父は、徴兵制度でフィリピンで戦死したそうです。地元の町の公園に、戦没者を祭っている忠魂碑があり、毎年のように、行事に参加しています。市長や、県知事の代理が、平和を願うメッセージを読み上げました。
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