松田敏子フラワーデザイン・徒然ローズガーデン

予定より長生きしている今を憂いながら、怒りながら、笑いながら楽しむ。

ホテルも変遷

2017-06-15 09:08:08 | その他
「ホテル西洋銀座」が無くなって何年?(1987年~2013年5月)
閉館となる直前に一休.com経由で利用し、素晴らしい生花のアレンジメントと
名物料理らしいベネディクトエッグを頂いた記憶は鮮明にある。(2013年3月20日投稿記事)
今はすでに建物の跡形もない。


お台場の「ホテル日航東京」宿泊したことはないが、お食事は全レストランを利用した。
中でも10人近い仲間達と入ったレインボーブリッジが正面に見えるブッフェレストラン
同じくレインボーブリッジがほぼ正面に見える和食レストランは夫婦で!等々。
レストランは確か上層階ではなく、すべて1~2階にあったと記憶している。
このホテルは、2015年10月より「ヒルトン東京お台場」に改名されている。





自分の記憶と違うことに変だなあと思ってはいたが、このたび!気になり始め
調べたのである
色々な時世による経営事情ということ



そしてその元「ホテル日航東京」とはゆりかもめ台場駅を挟んで南に位置していた「ホテルグランパシフィック・メリディアン」も2016年7月より 「グランドニッコー東京台場」にリブランドされたという。





この「ホテルグランパシフィック・メリディアン」時には、アメックスカード優待で
かなり優雅なお部屋に宿泊し気分よくしたこと、レストランは上層階にあるので
「豚もおだてりゃ木に登る」私?結構お気に入りだった日本料理店など・・・

どの世界も時代の流れにのって変わっていくのは必然というものだが、単純な自分には寂しい限り。


因みに、オークラとニッコーの関係

「株式会社ホテルオークラが50年以上の間、世界を魅了し続けてきたおもてなしの哲学に
 株式会社JALホテルズのグローバルホテルオペレーターとしてのノウハウを融合させ
 ホテル運営力を更に強化し、日本発の国際ホテルチェーンのオペレーターとしての地位を
 確立してまいります。」

とのこと。

だから、立川のオークラ系であった「クレストホテル」今では、「ホテル日航立川」に。
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