tonton日記

“高山工房”奮闘の巻

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町の将来

2010年03月29日 | Weblog
先日広報が届けられて、町の財政緊迫の折、多くの福祉が縮小や切り捨てられる運命だと知りました。
中でもユーベルホールが廃止、吉川公民館が閉館、吉川幼稚園が光風台幼稚園に統合のニュースは衝撃的でした。
そこまでしなくてはならないとは思いませんでしたが、それよりなにより、民間に委託するなど、生き残らせる手段は講じられたのでしょうか。

そして、今日、第9回の第4次総合計画審議委員会が開かれました。
1年もかけて話し合った結果が、ようやくまとめに入っています。
しかし、先ほどの施策を思い起こすと、絵に描いた餅のような空しさがこみ上げてきて、一住民の意見など何の意味もないような気にさえなります。

行政が形だけを整えるためにお膳立てした場、初めからそういう人もいました。
でも、何かが変わるかもと信じて、ここまで乗った船でしたが、行き先は真っ暗。

でも東地区のふれあいファームの計画など、徐々に広がっているものもあり、若い力に期待しましょう。
そして、それを後押しするのが我々住民の役目でしょう。

審議委員会では行政の態度を如実に見るという経験をしました。
しかし、町の未来をあきらめてはいません。
たちはだかる大きな雲が晴れる日が来るまで、じっくり粘り強く歩むことも必要かもしれません。
次の世代のために。
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観光案内所

2010年03月24日 | Weblog
駅前に出来た我が町の案内所、正式なオープンはまだですが、今からポスターを貼ったり大忙し。備品をそろえたり、当番を置いて、仮に開いているので、お客さんがぞくぞくやってきます。
徐々に体裁が整ってきて、皆のやる気もムンムン。
たまり場があると言うのはいいことで、数人寄れば活発なアイデアや論議で賑やかな場所になっています。
ガイドの依頼も入ってきて、忙しくなってきました。
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いよいよ観光案内所が始動

2010年03月19日 | Weblog
10日の開所式を控え、今日からポスターの準備と事務所の片付けなどを少しずつ始めます。
午後1時、寄付すべきボードを持参して事務所に到着。
ポスターをプリントアウトしてボードに数枚貼っているところへ観光協会の会長さんが来て、
「大きくしてあげよう」と言ってくれ、A3のポスターが出来上がりました。
ラミネートを施すと、より一層見栄えが良くなりました。うれしい!
作業をしていると「バスの時刻表はありますか?」と尋ねられ、心の準備もなく、
「あちらのバス停で時刻を見てください」と答えた後で、机の上に時刻表があることを教えられました。
山積みされた、種々のパンフレットに隠れていたのです。悪いことをしました。
今後はこのようなことのないように気をつけましょう(^_^.)

Kさんが応援に来てくれました。
まずはポスターのプリントアウトとパウチにとりかかります。ところが、不測の事態に。
ラミネート紙が巻き込み、作業を中断。Tさんに電話して、役場でポスターに認印をもらってきてくれる
ように頼み、その間に、機械を分解。たまった紙を取り出すと、その後快調に動き出し、仕事は完了。
会員に1枚ずつ渡せる分も用意しました。しおりも数枚作りました。押し花にする分は裏に短歌を書く
のはどうだろうかという案も出ています。豊能町の史跡名を一つずつ入れるのです。明日はその
見本を作ってみます。仲間が寄ると、アイデアのるつぼ。仕事をしていて楽しかったです。

4時過ぎ会長が到着。観光協会の会長を交えて、今後の課題を話し合いました。
10日までにはフォトコンテストの写真が出来上がるそうです。今は殺風景な事務所がきっと楽しい
空間になることでしょう。
ボランティアガイドの会として鍵の管理と当番などを決めました。
シャッターは“かめたに”で開閉してもらいますが、ガラス扉の鍵はボランティアガイドで管理します。
(Kさんに預かってもらい、当番の人が取りに行き、返す)
貴重品の置き場所などを考えないと無用心なので、会長が策を練ってくれそうです。
当番表はAが作成。早速明日から開始。メールのない人への当番の連絡はKさんが電話することに。
午前はU会長に代わり、Aが、午後はK副会長です。
通りかかったIさんが、ポスターを1枚持ち帰り、Tさんが数枚持ち帰ってくれました。
我々もそれぞれ1枚ずつ持ち帰りました。各戸の前に掲示して宣伝しましょう(*^_^*)
“かめたに”にも2枚渡しました。能勢電沿線の駅に貼ってはどうだろうかという案もでました。
当日多くのお客さんが来られたら、うれしい悲鳴でしょうね。
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ガイド

2010年03月17日 | Weblog
いよいよ観光案内所が設置されることになった。
4月10が開所式。
会長が町長や町の著名な方々に声掛けをしているようで、当日の準備に余念がない…はずなのだが。
今日は高代寺参道の町石や六地蔵などを見に出かけ、その後副会長が20年前に作った能勢街道探訪のビデオ鑑賞。
それはそれで役立つのだが、そんなことをしている場合ではない気がする。
目先の準備しなくてはならないことが多々あるのに・・・と気が気ではない。

予定の時刻を過ぎて、やっと開所式の手はずを話し合う。
が、立派な案内所があるにもかかわらず、そこで聞かれるだろう事を想定したマニュアルもなく・・・。
妙見山のケーブルが20日まで動いていないことも初めて知った。
これで開所式を迎えるのかと思うと、不安がいっぱい。

準備不足で慌てることのないように、細部まで話し合いたいが、未だ手探り状態!
動くのが我がボランティアガイドの会ばかりで、母体である観光協会の役割は何?と不満も出る。
この会が、協会の下請けみたいに動くことに疑問もある。

決まったことといえば
・開所式を宣伝するポスターの作成。
・ポスターを町内の掲示板に張ることが決まる。
・当日の流れと役割分担(ガイド、接待係、事務所番、その他)
・当日まで毎週水曜日に集まること。

これだけ決めて散会したのは5時。
帰宅して、食事もそこそこにポスター作りに精を出し、完成したのは8時。
次はこれを事務所でプリントアウトして役場で認印をもらい、パウチをして各地区の掲示板に貼る。

ガイドの内容充実を目指す役割分担まで、話を詰めることが出来なかったのが悔やまれる。

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観光ガイドの会

2010年03月13日 | Weblog
ガイドの会の人たちと下見の山歩き。
6人もの男性を乗せて私がアッシー。
この構図ちょっと変ですね。
好奇心旺盛の私が、ついていくと言い出したことから、仕方がない流れではありましたが。
7人乗りの車を持っていると、つい
「出しましょうか?」
と口をついて出てくるのは、私の貧乏性癖。

決して裕福でもないのに、いつも後悔先に立たず(^_^.)
この日の走行距離は60キロ。
近所を一回りというものではなく、ガソリンだって安くはないし、全員車を持っています。
なのに、散会の時に「ありがとう」だけ・・・。
数日経った後には、もう皆さんそのことを忘れています。

これを教訓に、会で車を出すときは順番に・・・と心に決めた出来事でした。

ところで、道中面白い木を見つけました。
こんな形になることもあるんですね。



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ランタンプロジェクト

2010年03月11日 | Weblog
NHKの放送でインドの無電化村にランタンを普及させ、学業や仕事の支援をしようというプロジェクトの話を知る。
詳細を下記のサイトで調べたら、結局インドの事業を支援する話。
日本のソーラー開発の発展に役立つのかどうか、疑問。

日本は科学や産業の開発力はあるのに、それを経済的に発展させるのが下手だと思っていたら、インドはちゃっかりその良い手本を見せてくれた。
日本は地道な努力の果てに、おいしいところを世界に持っていかれているのではないか。
そんな気がしてならない。

こうした知的財産を、うまく日本の経済力の向上に寄与するような仕組みが必要ではないか。
安易にプロジェクトに協力する前に、日本人として考えなければならないことがあるような気がした。

ランタンプロジェクト
http://www.gaiainitiative.org/gaia_village/index.html
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茨木(椿の本陣)特別公開

2010年03月11日 | Weblog
期間限定の茨木市郡山宿本陣(通称椿の本陣)に行ってきた。
幼い頃近くに住んでいたのに、本陣の内部に入るのは初めて。
大阪ミュージアムのこともあり、探訪がてら・・・である。

御成門のそばに大きな椿の木があり、毎年五色の花を咲かせたことから椿の本陣と言われてきた。
今は建物も改装されて、屋根や壁などは新しくきれいになっているから、古さは感じさせないが、柱や梁には昔の名残があり、歴史を感じさせる。

見晴らしのよさそうな茶室もあったが、この日は雨で、カマヤと呼ばれる台所での茶席。
椿の生菓子もお茶もおいしかったが、雰囲気は茶室の方が絶対良いはず。
今度は晴れた日に行きたいが、お茶席のあるのは特別展のときだけとか。
こんどはいつあるのか、待ち遠しい。

蔵のほうではシアターもあり、本陣の他に西国街道の解説なども聞けた。
小さいスペースだが、展示室の中でも仕切られていたので、ビデオが聞きやすかった。
いい工夫だと思う。

江戸時代の宿泊名簿には有名な大名の名がいくつかあり、参勤交代の頃をほうふつとさせる。
関札も多く残っていて、それらを見ると、一気に時間を越えて、自分がその時代にいるような気になった。



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なぜ「ザ・コーヴ」?

2010年03月09日 | Weblog
アカデミー賞の話題の影に、食文化の違いを認めない、アメリカのドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」のことを知った。
和歌山のイルカ漁の残忍さを描いているらしいが、それをアカデミー賞に挙げるアメリカの行為は一連のトヨタ叩きに通じるものか。

世界には私たちの想像を超えた食文化があるが、それを違法だとか、残忍だとか言える権利が、果たしてあるだろうか。
牛を殺すのは正当で、鯨や他の海の生物を食べてはいけない道理が何故まかり通るのか。
それこそ、西欧人の勝ってな論理だ。
シーシェパードの行動など、日本人には過激なテロとしか思えない。

昔から人間は他の動物の猟で生きながらえてきた。
しかも、自然との調和を図りながら。
取り尽くさず、取らないと自然の調和が崩れる。
それは動物の世界と同じ。

なのに、日本人の食生活への過激な干渉には頭にくる。
外務省よ、もっと強く日本文化を発信せよ。
他国の文化への干渉は侮辱だ、遺憾だと声を大にして言わねば世界の人々には通じない。
おとなしく、従順な日本人だからこそ、勇気を出して発信することも、時には必要ではないか。

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炭焼き

2010年03月04日 | Weblog
一庫公園で通算2回、参加した炭焼き。
これだけの量が出来ました。

まだ暖かい窯の中に入って炭を外へ運び出す作業は、重労働。
それを一人の男性が最後までしてくださいました。
途中で交代すればいいのに・・・。
マスクをして、外で並べるだけの私の鼻の中も、黒いススが入っていました(^_^.)
現場では10センチくらいに切りそろえて箱に詰め、文化祭に売る分も用意。

今回は窯の温度が高過ぎたようで、崩れたものが多かったということです。
お手伝いした人たちは、お土産の炭を袋にたくさん入れて帰りました。

作業は、炭になる木を伐採、同じ寸法に切りそろえ、焚き火用の木々を用意、
窯に火をつけるまでの準備もかかるし、火をつけたら温度管理に数日気を抜けないし、
焼けた後の炭だし作業も大変な労力で、とても一人では出来ません。
多くの人の協力が必要ですが、自然と対話しながらの作業は、楽しいものでした。

炭の需要を増やして、池田炭の復活ができたらいいな。
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