私の国内旅行より

私がこれまでに行った国内旅行の模様を写真とともに紹介しております。

私の文章表現力

 | 随想

 以下は、35年前、N社在職中に管理者研修の一環として、「私の文章表現力」という課題を与えられた際に書いた私の原稿です。

 古書類を整理していた時に見つかったもので、ここに披露する次第です。

 毎朝、朝日新聞23面の連載漫画「フジ三太郎」(サトウサンペイ作)を読むたびにつくづく感心させられる。それは、たった4コマの素朴な絵の羅列でありながら、その中にたゆまざるユーモアと社会風刺が滲み出てるからである。いつもながらその発想の奇抜さと表現力はどこら来ているのであろうか? それは、絵の巧みさもさることながら、やはり「起承転結」の展開をしっかりと守っているからではなかろうか。すなわち、1番目のコマが「起」にあたり、以下、2番目が「承」、3番目が「転」という具合に、ちょうど4コマを見事に割り当てている。

 この「起承転結」は、漫画に限らず、文章においても最も重要なことではないだろうか。もとより世に完全な文章というものは、観念的には考えられても、万人が完全と認めるものは作り得ないであろう。けだし文章は、自然科学と異なり、主観性を拭い得ないからである。しかし、いくら完全な文章を書くことが不可能だからといって、読む人をして何を言いたいのかわからないというのでは、もはやそれは文章ではない。文章が、文章として成り立つためには、読む相手に訴えたい事柄を的確に表現したものでなければならない。おのずと客観性が求められる所以である。その客観性の一つの尺度が「起承転結」の展開であろうと思う。

 このほか、表現はできるだけ視覚に訴える方が読む人をしてより理解を深めるのにつながるように思う。文章を書くにあたって視覚に訴えるというのはちょっと矛盾しているようであるが、訴えたいことを一つのまとまりとして示す―ーつまり「箇条書」にすることに他ならない。

 このように私は、常に「起承転結」を念頭に置きつつ、要点は箇条書きにするよう心掛け、又いたずらに長文に堕することなく、できるだけ平易簡明に文章を書くことに努めているつもりであるが、如何なものであろうか?

                            以上

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