ブログ・ヤコブの梯子

天と地の仲介者、素盞鳴、イエスは、ヤコブの梯子。
相反するものを和合する、すべてに当てはまるプロセス。

魂の位階、人間の位階

2017-08-09 11:38:27 | 思想哲学
8月からしばらくが大きな節目の時と言われていますが、個人的にも8月に入った途端に、どう言いましょうか「ポジティブネガティブ両極端が交互に」そんな感じを受けました。

それで政局も急に動き始め、注目しています。
いま肝心な時で具体的予想は書きませんが、光側闇側双方の人が表面化すると供にそれぞれが引き寄せられてくると思います。
光側、闇側、両方が集合してくることと思いますが、闇側は利害関係で分裂が予想されます。
と言うのが、利害の力関係が闇の本性で、その共通した「餌場」お人よしの国などがある時にだけ仲間意識が成り立つからです。

日本ファーストですが、名称はピンと来ないのですが、まずは野党として立ってその後自民のどこを突くかによってその本質が解ってくるでしょう。


〔魂の位階、人間の位階〕

魂の領域の位階と、人間社会での位階があります。
言葉が適切ではない、説明不足かもしれませんが、一応この論稿から読者なりに気づきと直観を降ろしてください。

人間の位階と言うか、一般的に価値観として考えますと、知能気力に優秀で、理性があり、社会的に成功している人を、いわゆる立派な価値ある人とするのが一般概念でしょう。

こうした常識に通じる、一般価値観を満たした人になることは、自分の努力次第と、誰でも信じています。
しかしそのほとんどは、「先天環境によって展開する人生」を意味します。

その個人は、「自分が死に物狂いで努力して成功した」と、信じて疑うことはしないでしょうが、それは自分の持つ先天能力を、100%出しきることができたことです。

もっと正確に言いますと、現世の人間は、先天能力とその幼児環境範囲以上のことは、不可能なのです。
しかし人間は、先天能力が20でも、40でも、70でも、その範囲内での人生しかありませんが、生まれてきた以上、それを100%出せる努力を怠ってはならないことです。

ですから、それを神は口を塞ぎます。
悪魔は、それを知っていて、試練を与えます。

〔参考図〕魂以外は身体機能で、これに幼児期の環境を合わせて「先天環境」とします。

逆に言えば、自由なのは魂だけで、後の身体機能は、与えられた先天能力の環境です。
その与えられた環境で紡がれる運命物語から、魂<理知意識>が何を悟ってゆくかが肝心な要素となります。
両手両足釘付けの、キリスト磔刑図参照。
※この理論は、これまでの時代の法則。

現世の社会的人間の位階と価値観は、この決定されている先天環境範囲のことを意味しますが、ほとんどの人は、そうは考えません。

そのように考えない、そうした先天環境に胡坐をかいて来た代表が、石〇慎〇郎さんタイプと考えています。
彼の文学に興味がまったく持てなかったので読んでなくていうのは良くないのですが、胡坐をかいて来た代表が石〇さんタイプとしますと、反対に押しつぶされたのが太宰治と言えるでしょうか。

そこからくる虚栄に気が付かずに、闇の性質に踊らされていた。
その心因は、本当に弱い人の立場や、精神的危うさが理解できないところにあるのです。
ですから、「社会の底辺と裏側で何が起きているか」さらに見えなかったのです。

〔魂の位階を考える時は、まず<現実的な能力と社会的立場とは直接関係は無く>なり、魂の自由性<意識感性の深さ広さ>に主点と価値が置かれます。
現世でどんな生まれ方をしても「自分の足で歩ける」魂、ヒト、霊止を意味します。〕

従って、一般常識範囲の人からすれば、まったく気が付かないか、よほど見本として生まれてきた人以外は認められないことです。

たとえ話として、孔雀やハト、小鳥たちの魂は天国にしか住めませんが、鴉は天国から地獄の底までの八界を飛び渡ることをするのです。

考え違いをしてはいけないのが、鴉が地獄に行ったからと言って、必ずしも暴君ネロのような力を持った人物になることでは無いのです。
どんな世界に行っても、先天環境がどんなに最低でも、潜在的に自分の本性を失っていないことと言えるのです。

どんなに歪曲した環境に生まれたとしても、霊的な真実を見つける嗅覚が、非常に優れている人です。

最近特に思うのが、ここでの善悪を超えた自律の理論と同じようなことを、ときたまメッセージで見受けるようになってきたことです。
譬えばここで言う五感世界の法則と順序、それと同じような意味合いのことが言われています。
だんだんシンクロ度が、近くなってきていることを感じています。

〔参考図版、ミクロ・コスモス人間〕
たとえば四段階の情動意識段階には、八次元の心の法則のような内容のメッセージ。
意識段階が低次元になるほど高次元の基礎法則的内容となり、神罰カルマのような鏡の法則が降りてきます。

ずっと読まれてきた方は、そこが魂の自主自律の肝心なところである、ことを考えておいてください。

おそらくメッセージも、これからそこを促す意味を持ってくることでしょう。

だんだん天の法則と地の働きが一致する段階に達するでしょうが、それを理解できて肯定できる人とそうでない人とに分かれるでしょう。
最終的に、そのように魂の領域でも分かれてきます。
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