公伯日記〜私の遁甲観〜

奇門遁甲愛好倶楽部の管理人公伯が、奇門遁甲や占いの話題や、日常感じたことなどをうだうだ述べていきます。

諸葛孔明は名軍師にあらず

2010年02月22日 23時23分04秒 | 奇門遁甲
公伯です。

私が奇門遁甲を研究するきっかけともなった人物が
諸葛孔明大先生なんだが、あれです、
この数年、正史三国志が多くの人に見直され、
われわれの知る物語三国志である三国志演義と大きくかけ離れているということが
分かってきたんだが、三国志演義に書かれてあることは
その大半がフィクション、作り話なんだけれど、
実際の諸葛孔明が実は名軍師では無いというのがもっぱらで、
でも、私のイメージでは名軍師なわけです(笑)

まあ、なら三国志でほんとの名軍師は誰だと言われると
色々な説があるんだが、
伏龍、鳳趨で謳われた孔明と龐統なんだが、
軍事面では龐統の方が勝っていたとされており、
名軍師というなれば龐統だという説があるわけです。

孔明はもっぱら政治家タイプで、軍事においてはあまりいい評価を受けてません。

もちろん、孔明が赤壁で風を起こしたなんてのもフィクションだし、
あれです、死ぬ間際に五丈原で灯明をたいて
北斗七星に七日間祈祷をし、十二年の延命を得ようとしたなんて話は
作り話中の作り話ですね。

孔明が何でも見通す能力があったとすれば、
それが失敗するのも分かってただろうに、
それに延命を乞うならそこまで体力が落ちるのを待たずとも
成都にいる間にやればいいだけのことで
わざわざ五丈原なんぞでやる必要はないわけです。
だって天文で人の寿命なんか見通すのなら
なおさらその秘術をやるタイミングを分かってたはずだろうに。

第一次魏討伐を失敗した時点で孔明の命運は尽きてたんだが、
そこを読み切れなかったのは人間孔明を露呈してるんじゃないだろうか。

でも三国志演義なんぞは、孔明のありとあらゆる智略を
これでもかと言わんばかりに強調して演出してるんだが、
で、曹操が大極悪人かのように描かれて劉備との対照的な
存在として物語としてはやはり最高に面白いわけで。

水戸黄門が日本全国を行脚していなかったのと同じで
実際の孔明はもっと違うものというのがこれからの主流な見方のようでして。

ま、物語の方がそら面白いですね。
水戸黄門だって水戸なんかで大日本史編纂してる水戸光圀をドラマ化するより、
全国行脚して印籠翳す方が面白いわけで。

私のイメージとしてはいかに諸葛孔明が臆病な政治家であったとしても
三国志演義の孔明が孔明のイメージ像です(笑)
これ定説です(笑)

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三国演義 「孔明出山」


ジャンル:
政治
キーワード
三国志演義 正史三国志
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