生命の言葉

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後2-35. なぜ罪となったのか

2017-02-25 00:24:37 | 原理講論 後編2 モーセとイエス

35. なぜ罪となったのか

我々はここで、磐石(岩)を一度だけ打たなければならなかった理由と

また、二度打ったのがなぜ罪となったのであるか、ということについて調べてみることにしよう

黙示録二章17節では、イエスを白い石で象徴しており

また、コリントⅠ一〇章4節を見れば、岩(磐石)はすなわちキリストであると記してあるのを発見できる

ところで、堕落論で明らかにしたように、キリストは生命の木として来られた方であるから
(黙二二・14)

磐石は、すなわち生命の木ともなるのである

また、創世記二章9節の生命の木は、エデンの園において、将来、完成するはずのアダムを象徴したのであって

この生命の木もまた、磐石を意味するものでなければならないから、磐石は完成したアダムを象徴することにもなるのである

ところで、サタンはエデンの園で、将来磐石となるはずであったアダムを打って堕落させた

そこでアダムは、生命の木となることができなかったので
(創三・24)

彼はまた、神から流れている命の水を永遠にその子孫たちに飲ませ得る磐石(岩)ともなれなかったのである

それゆえに、モーセが杖をもって打つ以前の、水を出し得なかった磐石は、堕落したアダムを象徴するものであった

サタンは、将来、命の水を出し得る磐石となるべく成長してきたアダムを、一度打って堕落させることにより

彼を「水を出せない磐石」としてのアダムに変えてしまったので

神はこの水を出せないアダムの表示体である磐石を一度打って水を出すようにし

それによって、「水を出し得る磐石」として、このアダムを蕩減復帰することができる条件を立てようとされたのである

ゆえに、モーセが一度打って命の水を出すようになった磐石は、とりもなおさず生命の木として来られて

堕落した人間に命の水を下さるはずのイエスを象徴したのであった

それゆえに、イエスは

「わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」
(ヨハネ四・14)

と言われたのである

したがって、モーセが磐石を一度打つということは、堕落した第一アダムを、完成した第二アダム、すなわち、イエスに蕩減復帰することができる条件として許されたのであった

ところが、モーセが天の側から一度打って水を出すようになっている磐石を、もう一度打ったという行動は

将来復帰した石として来られ、万民に命の水を飲ませてくださるはずのイエスを打つことができるという表示的な行動となったのである

このように、イスラエル民族の不信と、それを目撃したモーセが血気をもって石を二度打った行動は

将来イエスが来られるときにも、イスラエル民族が不信に陥るならば

磐石(岩)の実体となられるイエスの前に、サタンが直接、出現し得るという条件を、成立させたことになるので、それが罪となったのである

原理講論 後編2 モーセとイエスを中心とする復帰摂理-35





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❶ あなたは わたしのほかに 何ものをも神としてはならない
❷ あなたは 自分のために 刻んだ像を造ってはならない
❸ あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない
❹ 安息日を守ってこれを聖とせよ
❺ あなたの父と母とを敬え
❻ あなたは殺してはならない
❼ あなたは姦淫してはならない
❽ あなたは盗んではならない
❾ あなたは隣人について偽証してはならない
➓ あなたは隣人の妻を むさぼってはならない、またすべて隣人のものを ほしがってはならない

申命記5章より



イエス様の答え

「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」

イエスは言われた、

「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」

彼は言った、

「どのいましめですか」

イエスは言われた、

「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』

また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」

マタイによる福音書‬ ‭19章 より

よく言っておく

天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである

マタイによる福音書:5章より



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