生命の言葉

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後2-36. 失敗を復帰できない理由

2017-02-25 12:31:08 | 原理講論 後編2 モーセとイエス

36. 失敗を復帰できない理由

モーセが、石板を一度壊したことは復帰することができた

しかし、磐石を二度打つという失敗は復帰することができなかった

それではその理由はいったいどこにあったのであろうか

復帰摂理から見て、石板と磐石とは、外的なものと内的なものとの関係をもっている

十戒が記録されている石板は、モーセの律法の中心であるので、結局、旧約聖書の中心となるのである

旧約時代のイスラエル民族は、この石板理想を信ずることによって、その時代の救いの圏内に入ることができた

このような意味から、石板は将来来られるイエスに対する、外的な表示体であったということを知ることができるのである

ところが、コリントⅠ一〇章4節に、磐石(岩)はすなわち、キリストであると言われたみ言のとおり

磐石はイエスを象徴すると同時に、石板の根となるので

それは、石板の実体であられるイエスの根、すなわち、神をも象徴するのである

それゆえに、石板を外的なものであるとすれば、磐石は内的なものとなる

また、石板を体に例えるならば、磐石は心に該当するのであり

石板を聖所であるとするならば、磐石は至聖所となるのである

そしてまた、石板を地に例えるならば、磐石は天に該当する

ゆえに、磐石は石板よりももっと大きな価値をもっているイエスに対する内的な表示体なのである

このように、石板はイエスに対する外的な表示体であったので、それはまた神を象徴するモーセの前で
(出エ四・16、同七・1)

イエスの外的な表示体として立てられていたアロンを象徴したのであった

ところが、イスラエル民族がアロンに金の子牛をつくらせたので
(出エ三二・4)

アロンの信仰が壊れるや、石板もまた、壊れてしまったのである

ところがアロンがレピデムで、磐石の水を飲んだ基台の上で
(出エ一七・6)

悔い改めることにより蘇生することができたので、アロンを象徴する石板も、磐石の水の内的な基台の上で、再び、蕩減条件を立てることにより、復帰することができたのである

しかし、石板の根である磐石は、キリストとその根である神を象徴するものであるから

これを打った行動は挽回することができなかったのである

原理講論 後編2 モーセとイエスを中心とする復帰摂理-36





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❶ あなたは わたしのほかに 何ものをも神としてはならない
❷ あなたは 自分のために 刻んだ像を造ってはならない
❸ あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない
❹ 安息日を守ってこれを聖とせよ
❺ あなたの父と母とを敬え
❻ あなたは殺してはならない
❼ あなたは姦淫してはならない
❽ あなたは盗んではならない
❾ あなたは隣人について偽証してはならない
➓ あなたは隣人の妻を むさぼってはならない、またすべて隣人のものを ほしがってはならない

申命記5章より



イエス様の答え

「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」

イエスは言われた、

「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」

彼は言った、

「どのいましめですか」

イエスは言われた、

「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』

また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」

マタイによる福音書‬ ‭19章 より

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後2-35. なぜ罪となったのか

2017-02-25 00:24:37 | 原理講論 後編2 モーセとイエス

35. なぜ罪となったのか

我々はここで、磐石(岩)を一度だけ打たなければならなかった理由と

また、二度打ったのがなぜ罪となったのであるか、ということについて調べてみることにしよう

黙示録二章17節では、イエスを白い石で象徴しており

また、コリントⅠ一〇章4節を見れば、岩(磐石)はすなわちキリストであると記してあるのを発見できる

ところで、堕落論で明らかにしたように、キリストは生命の木として来られた方であるから
(黙二二・14)

磐石は、すなわち生命の木ともなるのである

また、創世記二章9節の生命の木は、エデンの園において、将来、完成するはずのアダムを象徴したのであって

この生命の木もまた、磐石を意味するものでなければならないから、磐石は完成したアダムを象徴することにもなるのである

ところで、サタンはエデンの園で、将来磐石となるはずであったアダムを打って堕落させた

そこでアダムは、生命の木となることができなかったので
(創三・24)

彼はまた、神から流れている命の水を永遠にその子孫たちに飲ませ得る磐石(岩)ともなれなかったのである

それゆえに、モーセが杖をもって打つ以前の、水を出し得なかった磐石は、堕落したアダムを象徴するものであった

サタンは、将来、命の水を出し得る磐石となるべく成長してきたアダムを、一度打って堕落させることにより

彼を「水を出せない磐石」としてのアダムに変えてしまったので

神はこの水を出せないアダムの表示体である磐石を一度打って水を出すようにし

それによって、「水を出し得る磐石」として、このアダムを蕩減復帰することができる条件を立てようとされたのである

ゆえに、モーセが一度打って命の水を出すようになった磐石は、とりもなおさず生命の木として来られて

堕落した人間に命の水を下さるはずのイエスを象徴したのであった

それゆえに、イエスは

「わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」
(ヨハネ四・14)

と言われたのである

したがって、モーセが磐石を一度打つということは、堕落した第一アダムを、完成した第二アダム、すなわち、イエスに蕩減復帰することができる条件として許されたのであった

ところが、モーセが天の側から一度打って水を出すようになっている磐石を、もう一度打ったという行動は

将来復帰した石として来られ、万民に命の水を飲ませてくださるはずのイエスを打つことができるという表示的な行動となったのである

このように、イスラエル民族の不信と、それを目撃したモーセが血気をもって石を二度打った行動は

将来イエスが来られるときにも、イスラエル民族が不信に陥るならば

磐石(岩)の実体となられるイエスの前に、サタンが直接、出現し得るという条件を、成立させたことになるので、それが罪となったのである

原理講論 後編2 モーセとイエスを中心とする復帰摂理-35





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後2-34. 磐石を中心とする摂理

2017-02-24 14:18:15 | 原理講論 後編2 モーセとイエス

34. 磐石を中心とする摂理

それでは、神は磐石を中心とする「出発のための摂理」をいかに完遂しようとされたのであろうか

荒野の四十年期間をみ意にかなうように立てることができず、再び不信に陥っていくイスラエルの民族を
(民数二〇・4、5)

救うために、神はモーセをしてイスラエルの会衆の前で、杖をもって岩(磐石)
を打ち、水を出させて、それを彼らに飲ませられたのであった
(民数二〇・8)

もしモーセが、杖で磐石を一度だけ打ち、水を出して飲ませることにより

イスラエル民族が神の権能に対して認識を新たにし、彼を中心として一つになったならば

彼らはモーセと共に「幕屋のための基台」の上に立ち、磐石を中心とする「出発のための摂理」を成就したはずであったのである

そして、そのときから、モーセを信じて彼に仕え、彼に従ってカナンの地に入ったならば

彼らは「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立てることになるから

第三次路程のモーセを中心とする「実体基台」を、そのときつくることができたはずであった

ところがモーセは、水がないといって不平を言い、つぶやいている民を見たとき

憤激のあまり、燃えあがる血気を抑えることができず、杖をもって磐石を二度打ったので、神は

「あなたがたはわたしを信じないで、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを現さなかったから、この会衆をわたしが彼らに与えた地に導き入れることができないであろう」
(民数二〇・12)

と言われたのである

モーセはこのように一度打つべきであった磐石を二度打ったので、磐石を中心とする「出発のための摂理」は、成就することができなくなり

結局は、約束されたカナンの福地を目の前に眺めながら、そこに入ることができなかったのである
(民数二〇・24、民数二七・12〜14)

原理講論 後編2 モーセとイエスを中心とする復帰摂理-34





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後2-33. モーセを中心とする実体基台

2017-02-24 07:48:40 | 原理講論 後編2 モーセとイエス

33. モーセを中心とする実体基台

(イ)モーセを中心とする実体基台

石板と幕屋と契約の箱は、イスラエル民族が荒野で不信に陥ったために受けるようになったということについては、既に論じたはずである

すなわちイスラエル民族が、彼らの第二次民族的カナン復帰路程において

神がその「出発のための摂理」として行われた三大奇跡を、信じない立場に立っていたので、それを蕩減復帰なさるために

神は彼らに四十日の試練期間を経させたのち、石板と幕屋と契約の箱という三大恩賜を下し給うたのであった

そしてまた、ヤコブがハランでカナンに復帰しようとしたとき、ラバンがヤコブを十回も欺いたのを
(創三一・7)

蕩減復帰するために、十災禍を下されたのであるが、イスラエルがまたもこれを信じない立場に立ってしまったので

それを再び蕩減復帰するため、十戒のみ言を下さったのである

ゆえに、イスラエル民族が石板と幕屋と契約の箱とを信奉することにより、三大恩賜と十戒を守るならば

彼らは第二次路程において、三大奇跡と十災禍をもってエジプトを出発したときのその立場に戻るようになるのであった

したがって、イスラエル民族が、信仰と従順とをもってモーセに従い、荒野四十年の蕩減期間を終えてカデシバルネアに戻ったのち

モーセと共に「幕屋のための基台」の上で石板と幕屋と契約の箱を信奉したならば

彼らは、第二次路程で三大奇跡と十災禍をもってエジプトを打つことにより、「出発のための摂理」の目的を完遂した立場に、再び立つようになっていたのであった

ところで、石板は契約の箱の縮小体であり、契約の箱は幕屋の縮小体であるので、結局、石板は幕屋の縮小体ともなるのである

それゆえに、契約の箱と幕屋は、石板、あるいは、その根である磐石(岩)をもって表示することができるのである

したがって、第三次民族的カナン復帰路程は

磐石を中心とした「出発のための摂理」により、カデシバルネアを出発することによって始まる

そして、イスラエル民族が、信仰と忠誠をもって幕屋を信奉し、モーセに従ってカナンに入れば

そのとき第三次民族的カナン復帰路程における「堕落性を脱ぐための蕩減条件」が立てられ

モーセを中心とする「実体基台」がつくられるようになっていたのであった

原理講論 後編2 モーセとイエスを中心とする復帰摂理-33





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彼は言った、

「どのいましめですか」

イエスは言われた、

「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』

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後2-32. 第三次民族的路程の実体基台

2017-02-24 00:47:10 | 原理講論 後編2 モーセとイエス

32. 第三次民族的路程の実体基台

② 実 体 基 台

イスラエル民族が、偵察四十日路程を、信仰と従順とをもって立てることができず、不信と反逆をもって失敗したために

「幕屋のための基台」は、依然としてサタンの侵入を受けたものとなっていたから

第二次路程のための「実体基台」は造成されなかったのである

しかし、幕屋を忠誠をもって信奉した、モーセの幕屋のための「信仰基台」は、そのまま残っていたので

この基台の上でイスラエル民族が、荒野流浪の四十年期間を

変わらぬ信仰をもって幕屋を信奉しているモーセに、従順に屈伏することにより、偵察四十日に侵入したサタンを分立する基台を立てるならば、そのときに

幕屋のための「実体基台」が造成されると同時に、「幕屋のための基台」もつくられるようになるのである

そしてこの基台の上にイスラエル民族が、信仰と従順とをもって、幕屋を中心としてモーセに仕え、カナンに入るならば、そのときに

第三次民族的カナン復帰路程における「実体基台」がつくられるようになっていたのであった

したがって、荒野の四十年流浪期間は、モーセにおいては、第三次路程における「信仰基台」を立てるための期間であったのであり

またイスラエル民族においては、「幕屋のための基台」を立てたのち

第二次路程で彼らがモーセに仕えて幕屋を建設した立場に戻ることによって

第三次路程の「出発のための摂理」をつくるための期間であったのである

原理講論 後編2 モーセとイエスを中心とする復帰-32





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