Silenceのほとりで散歩 by ともすけ

山アリ谷アリのアフガニスタン赴任を終え2014からモーリタニアにて毎日こつこつ脳内改革作業中…

◇タイ~プミポン国王崩御にココロ揺れる◇

2016年10月18日 | タイとタイ語と私

遂にこの日が来てしまった!!!!

それが13日、名君として世界的に有名だったタイのプミポン国王崩御のニュースを目にし、まず心をよぎった言葉でした。そして、涙がポロっと出たかと思うと、タイの将来について大きな不安が胸の奥にどーんとのしかかりました…。

そしてメールを覚えた母からも「プミポン国王がとうとう亡くなりましたね。今後どうなっていくのでしょう。」との心配メールが届いていました。

国王の偉大さとタイ式民主主義の抱えるもろもろのことについては、これらの記事などが簡潔に説明してくれていると思います…。

カリスマ的人気で絶対権威=国民生活向上に尽力―民主化では限界も・プミポン国王(時事通信)

タイ政情安定の要 プミポン国王、絶対的権威(産経)

1946年から70年間、行動をもって国民の絶対的支持を得てと権威を維持し、数々の分裂の危機を調停してきた、「安定の要」超カリスマが消えてしまいました。多くの国民の皆さんは本当に深い悲しみと、よりどころを失った不安に襲われていることだと思います…。

国王のカリスマへ性が素晴らしければあるほど、亡くなられた時にこの国はどうなってしまうのか…。そう初めて感じたのは、多くの記事で触れられている1992年5月の民主派VS軍事政権の対立沈静化の調停の席で両陣営が国王に膝まづき叱られる有名な場面でした。

当時私は高校の時タイの「スラムの天使」プラティープ・ウンソンタムさんに感銘を受けて…タイ語科で学ぶ大学3年生でした。

社会人になってからも目にした、ある勢力(軍学校同期生等…)への力の集中→リセット(クーデター)→国王の調停・承認→勢力交代・調整は70年代からのパターン…。

国王の体調が優れなくなられたこともあったかと思いますが…近年、王の調停は行われていません。

1997年の民主憲法公布後、いろいろ噂がありつつも選挙で選ばれたタクシン首相派VS反タクシン(旧軍閥勢力など)派の対立が脈々と続いていますが、タイ社会全体も成熟し、きっとタイ式民主主義の乗り越えるべき問題も国内で研究、指摘され、解っているリーダーも育っていると思います。

2014年のクーデターが最後となり2017年の民政移行後、その次の政治勢力交代は、民主的に行われうること、パターンは破られうることをタイが示してくれることを祈っています。

カリスマ(灯台の光)亡き不安と哀しみの中、次のカリスマ(別の光)に頼りすぎることなく、偉大な国王が守られてきた国の連帯を安定した形で維持するには、次の国王、国政のトップ、一般国民の皆さん、皆が「安定の要、基盤」になり、さらに力強く、微笑みの国を輝かせていけるといいのだけれど…とホント物凄く遠くからですが願っています。

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