明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1375)この世は絶望するには面白すぎる!(くらしとせいじカフェ用原稿)

2017年04月29日 13時00分00秒 | 明日に向けて(130...

守田です(20170429 13:00) 

本日(29日)午後4時から米原市JR柏原駅そばの渡部建具店で「くらしとせいじカフェ@米原&おいしい作戦会議」が開かれます。前々回の「明日に向けて」でもご紹介しましたが、このカフェは米原、彦根、長浜の方の持ち回りで2月に1回行われているもので、僕も毎回参加して、民進党国会議員の田島一成さんとともに発話をさせていただいています。

だいたい原発のことを中心に、朝鮮半島情勢など、時事的なこともおり交えて発話してきているのですが、今回、実に面白いテーマを与えられました。いわく「市民運動に関わってきて学んだこと、伝え方、大切にしていること」です。

一読して「わあ、これならいろんなことを話せるな」と嬉しく思ったのですが、実際に前日になって考えてみると、話したいことが多すぎる!持ち時間は30分でその中にトルコ訪問のことも納める予定なのでとても余裕がない。それで事前に原稿を作っておくことにしました。

 

タイトルを何にしようかと瞑想に入ってすぐに浮かんで来たのが「この世は絶望するには面白すぎる」でした。

僕が市民運動、というより社会運動に関わり出したのは高校3年生の春、17歳の時でした。1977年のこと。もう40年も前なのだなあ。

生まれて初めて参加した集会とデモは成田(三里塚)空港反対闘争でした。東京の日比谷公園で行われました。確か6月のことだったと思います。以来、怒濤のように集会やデモ、そして成田(三里塚)の大地を駆け巡る日々が始まり、三ヶ月後の9月にはデモで友だちを殴ったおまわりさんに腹を立て、隙を狙ってポカリとやり返したところ「逮捕!」と叫ばれて捕まってしまいました。東京の丸の内署に留置され、その後に練馬の少年鑑別所に移送されました。今思えばぜんぜん隙でもなんでもなかったわけです(笑)。18歳になったばかりのことでした。

以来、本当にたくさんのことに関わってきました。中でも一番、一生懸命に通ったのは成田(三里塚)闘争でしたが、その頃、成田(三里塚)は日本住民運動の総本山とも言われていて、日本中からいろんな団体がかけつけていました。それぞれでチラシを出すので、会場の入り口を通過するときに手の上に山のような束ができました。最初のころは集会発言に耳を傾けつつ、それらを一つ一つ丁寧に読んでいました。鮮烈な印象を持って覚えているのは障害者解放運動で、かなりきつい主張をしていた「青い芝」というグループのビラでした。「健常者」が知らないうちにもっている差別意識を知らされてガーンと来ました。あるいは目をつむると浮かんでくるのは水俣からかけつけてきていた人たちの姿。水俣病についても、この病との社会的格闘についてもこの場で知りました。沖縄のことや各地の労働争議、あるいは各国の反戦、反空港運動、そしてまた日本各地で取り組まれていた原発反対運動もこの場を介して知り、だんだんにその一つ一つの現場にも足を運ぶようになりました。

その詳細をここで書くことはとてもできませんが、いまその全ての場を振り返って思うことが「この世は絶望するには面白すぎる」ということなのです。

 

社会問題が起こっているところ、闘争のあるところにはまずは悲劇があります。政府や巨大企業から痛めつけられ、踏みにじられ、人々が涙を流した歴史があります。だからそこに入って行く時には、身を切られるような悲しみを通過しなくてはなりませんでした。そんなことが起こっていることを知らなかったことがいたたまれなくなるような思いを何度も味わいました。

しかしこの壁を乗り越えて、さらに一歩、中に踏み込んでみると、そこには必ず当該の問題と奮闘しているもの凄い人々がいました。その多くがなんとも魅力的でした。悲劇の中で燦然と輝く炎に見えました。何度も感動し、身体が震えました。といっても絵に描いたような善人ばかりだったわけではありません。一癖も二癖もありそうな人々もゴロゴロしていました。それがもう本当に面白かった。僕もその仲間になりたかった。端っこでもいいから一員に加わっていたいと思いました。

「危ない人」にもたくさん会いました。どう「危ない」のかはご想像にお任せします。それでここには書けないたくさんの「危ない」話も聞きました。聞かされた場合も多かった。どんな映画よりも凄かったです。時に壮絶だった。悲しい話も多かった。でも勇気を与えてくれるものも多かった。ロマンとサスペンス、笑いと涙に溢れていて、時には僕もそのほんの一部を体験することもありました。

それで僕は一つの「法則」をつかみました。「悲劇の周りには必ずその悲劇と奮闘している素晴しい人がいる!」ということです。それで僕はいつしか悲劇により関わるようになりました。悲劇が好きなのではありません。その周りに必ずいる誰かと出会いたかったのです。そうなるとどんどん僕のレーダーが研ぎすまされて行く。もともと騙されやすい性格なのですが、それでもホンモノと偽物を峻別することができるようにもなっていった。

それでもなあ、僕が学生だったころですが「パレスチナ解放闘争を担うPLOの日本人メンバー」と名乗りつつ、なんのことはない、集会に参加してくる若い女の子をナンパしようと目論んで接近してきたとんでもないおじさんに騙されたこともありました(笑)。あ、寸でのところで気がついて、仲間の女性たちを守ることができましたが‥。

 

奇麗な話、美しい話ばかりでなく、そんな怪しい話、ずっこけた話も含めて、僕は僕のこれまでの体験から「この世は絶望するには面白すぎる」と思うのです。もちろん「入り口」には十分、絶望するに値する事実が転がっています。例えば今だってシリアなどはめちゃくちゃな状態で、たった今もゴムボートでトルコの海岸からギリシャの島を目指してエーゲ海を渡っている人々がいるのですよね。そのボートがひっくりかえって、この瞬間に赤ちゃんが海に沈んでいってしまっているかもしれない。こんな悲劇があるのに世界は、そして私たちはこの惨状を止められないでいるわけです。

こうしたことを話し出したらそれこそ一晩中、話す事ができます。世界は悲劇で溢れている。悲しみには事欠かない。そうです。世界は今、十分に絶望しうる要素で溢れているのです。でも僕は絶望したくないのですね。そうなのです。僕自身が希望が欲しいのです。だから僕のレーダーはいつもくるくる周り、悲劇の中にいる凄い人物を見つけ出し続けているのです。

その意味で僕の世界の見方は主観的です。僕は主観的に、良いもの、希望を持てるもの、感動するものを拾い集めて生きています。でもこの世界に対して客観的な見方などあるのですかね。絶望をしたら客観的なのでしょうか。いやそもそも主観を介しない認識などあるのでしょうか。ないと僕は思うのです。だとしたら僕は常に希望を拾い集めたい。そしてそれを世界に再発信して「みんなで元気を出して未来をめざそうよ」と言いたい。だから僕が社会運動から学んだのは「この世は絶望するには面白すぎる」ことだということをみなさんにお伝えしたいのです。ぜひ一緒に「この超絶な面白さを知る旅に出ようよ」とお誘いしたいですね。あ、ちょっと、危ないですけど(笑)

 

さて続いて「伝え方」「大切にしていること」についてお話しします。僕にとって伝えたいのは常に悲劇とその周りにある希望です。伝える時に大事にしているのはけして上から目線にならないこと。伝える相手にそれを感受する能力が備わっていることを信じて話すということで、これで一度も外れた経験はないので、たぶん正しい方法なのだと思います。まあ、自分の一番言いたいことを、包み隠さずストレートに話す方が、説得力が出ますね。

ただ僕自身がそうなのですが、延々と悲劇だけを聞くのは辛いのですね。心が疲れきってしまう。だから伝え方で重視しているのは、悲劇を伝える時に、必ずその周りにある希望、人間の可能性を一緒に伝えることです。悲劇と希望が一つのセットになったとき、人は悲劇を受け入れてくれるように思えます。

もちろん中にはもっと凄い人、強者もいて、僕なんかよりずっと精神的にタフで、ちょっとやそっとじゃ悲劇に動じない‥なんて人にも何度も出会いましたが、この場合は僕は、伝える側ではなくて「伝えてもらう側」にするっとまわってしまいますね。もう格好の取材対象です。そのときに感動したこと、面白いと思ったことを、できるだけ克明に記録して、伝える時は「そっくりそのままそれを再現する!」ようにしています。これも伝え方のコツの一つかもしれません。

 

「大切にしていること」は何よりも人へのリスペクトです。人を尊重し、尊敬すること、そのためにその人の良いものを探し、それを相手に伝え、共感の土台を作って行くことかな。

これは人を批判する時にも大事なポイントだと思っています。リスペクトを欠かさない。あるいは批判する相手の人間性を落とし込めるようなことは決して言わない。気を使うのは呼称の仕方ですね。例えば僕は当然にも折に触れて安倍首相を批判していますが、そのときにけして「安倍!死ね!」みたいな言い方はしません。まあ、そう叫びたい人、叫んでいる人の気持ちも分かりますから、それを悪く言うつもりもないのですが、あくまでも僕はどんな相手でも尊重した上で「あなたの行いは人間としてあやまっています」というスタンスを崩さないようにしています。

実はこれ、自己防衛のためでもあるのです。時にこうしたバランスが崩れて、相手の人格そのものを否定するような言辞に近づいてしまうこともあったのですが、そうすると必ずといっていいほど、なんとも邪悪な反応が返ってくるのです。これに対して相手を人間としては尊重した上でなら、どんなにきつい批判をしても、少なくともこうした邪悪な反応は返って来ない。ここは大切なポイントだと思います。

 

拷問を例にとると分かりやすいでしょうか。私たちはどんなにひどい悪漢であっても、拷問にかけるのはとんでもないことだと思っていますよね。いやまあ中には違う感情を持っている方もいるかもですが、しかし私たちは誰であろうと拷問を受けている人が叫び声をあげているのを聞いたら、やはり顔を背けたくなると思うのです。

それは私たちがその人がどんな人であろうと、その人の中に誰しも共通に持つ「人権」があることを感じているからです。その人権が落とし込められるのをみていることができないわけです。

だから僕は他者批判を行うときにも、この人権感覚を大切にしなくてはと思うのです。「そうでないと邪悪なものを引きつける」と書きましたが、要するにこちらが人権を守らなければ、人権を落とし込めるような反応がかえってくるのです。その点で、けして怒りに身を任せてしまわずに、どんなときにも相手をリスペクトすること、同じ人権を持った同じ人間であることを自分に言い聞かせて、対応していくことが大事だと思います。

唐突かもしれませんが「茶の湯」などはまさにこの精神で成り立っているのではないですかね。戦国末期、殺戮に染まった荒ぶる戦国武士たちの心を一服の茶で鎮めていったその所作の中に、僕は限りない人間への尊重を感じます。といってもお茶を立てることなどとてもできないのですが(笑)

 

以上が、僕が社会運動から学んで来たこと、伝え方で留意していること、大切にしていることになります。これで質問者の意図に応えられたかどうか分かりませんが、最後に述べたいのは、やはりそうはいってもこの世から悲劇そのものを無くしたいということです。そこで奮闘しなければならない人がいなくなり、もっと他の領域で人々が輝く社会を実現したい。そのためにみなさんと一緒に歩んでいきたいです。私たちの手で本当の平和への道を切り拓き、戦争や闘争にまみれた野蛮な人類前史から、友愛に溢れた人類後史への橋渡しをしていきましょう。僕は「必ずこの道を切拓くことができる」と確信しているのです。

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