桂木嶺(Ryo Katsuragi)の、音楽とおだやかな暮らし

On Paavo Järvi blogi fänn. パーヴォ・ヤルヴィさん、吉右衛門さんなどについて語ります。

ツイッターでこういう話題が♪ 私の憲法改正の私案をのべておきますね(^^)

2017-05-11 04:09:29 | 日記

たまたま、ツイッターでこの話題が出たのですが、

わたしがなぜ自身のツイッターで、現在の憲法の第1条を変え、

大統領制に移行するべきだとおもったかをお話します。

またなぜ第9条は守られるべきかということもお話します。

つたない意見ですが、どうぞよろしくご一読くださいませ。

まず、なぜ私が大学時代、外交官試験を受験せず、映画会社に就職したのか、ということも問うひとが多いのでお答えします。学生時代に外交官試験の受験サークルに入ったのですが、外交官試験(現在は廃止され、国家公務員試験で収斂されています)に合格する人は、もちろん優秀な人材もたくさんいます。が、実はかなり親から代々外交官であったり、元政治家や高官、元華族などの縁戚にあたる人であったりするケースが多々あることを知ったからです。

自分の家を鑑みるに、それはとても無理である、と感じたこともあります。私の父は20年以上タクシーの運転手を勤めあげ、母は小さい会社の事務をしておりました。彼らは私を大学にやるために大変によくがんばり、働いてくれ、育ててくれたので感謝しています。しかし、現実にはこうした外交官試験の「エリート志向」が当時は根強く残っていたために、断念せざるを得なかったのは事実です。

外交官は宮内庁に出向することも多く、最後は天皇陛下にお仕えすることになるのですね。私は、現実的な選択として、自分のやはりやりたいことに忠実にあろうと思い、映画と芝居の道に入ることにしたのです。

また、会社に入ってから体験した、NHK大河ドラマ「篤姫」の経験がかなり影響しています。大河ドラマは綿密な時代考証が求められますが、とりわけ「篤姫」は時代考証が大変でした。篤姫は、島津家の養女にして、のちに近衛家の養女となり、徳川家の正室として迎えられることになりますが、この島津家・徳川家・近衛家から、始終時代考証についてこまかい介入があり、大変苦労した経緯があります。また、大河ドラマには宮内庁が時代考証等に介入するケースが多いです。平安時代より以前の古代の日本がなかなか取り上げられないひとつの大きな要因でもあります。

  歴史に忠実なのは大切だが、大河ドラマは本来誰のために作っているか、ということが大切だと私は思います。つまりは、広義の視聴者(国民、正確には受信料を払う視聴者のみなさん)のためであって、宮内庁や徳川家・近衛家・島津家のために作っているわけではない、ということを痛切に私は感じたのです。

同様のことが、ほかの映画・芝居・ドラマ・音楽・芸術全般に言えると思います。確かに人間国宝になったり、文化勲章を受章したりすることは大変な栄誉です。しかし問題は、それが結局天皇陛下のためだけに作っているものになってしまってはいけないだろうと思うのです。

やはり国民、そしてこの国に住んでいる人に等しく芸術・娯楽を享受する環境をつくるべきではないかと、私はつよく思うのです。

そして、真の意味での「国民主権」が日本において、成就されるべきだと私は考えます。

 

  また天皇制の功罪は、こうした政治形態や文化のありかただけでなく、教育(学歴、学閥の問題)にもあり、より強靭な精神をもった国民の意識形成に影響をあたえてしまうのではないかと私は思っています。

そのためには、大統領制が必要であろう、と私は思っています。フランス式がいいのではないかと、漠然と思っています。

天皇制では、現在の国際情勢を鑑みても、いろいろな意味で限界があると考えます。大統領制であれば、国民主権も達成でき、また、「元首」が誰なのか、ということを明文化する意味でも有効だと考えます。

たとえば、天皇は現行憲法では「象徴」ですが、「元首」ではありません。しかし、たとえば国際外交の場では、「元首」の存在が重要視されます。特に国連の場では、「元首」がたとえばその会議上で登壇し、決議案などを提案することが何よりも大きく重要視されます。首相は現行憲法では「元首」ではないので、たとえば、安保理決議案や核拡散防止条約など、さまざまな日本の平和外交を展開したくても、「元首」不在のままでは説得力を持つことができません。

しかし、大統領制をしき、「元首=大統領」ということにすれば、これらのこうした一連の平和外交を、積極的に日本が推進しやすい環境が生まれます。また国民主権を明確に打ち出すことで、世界各国の協力も得やすく、民主国家としての信頼も勝ち得ることができるでしょう。そしてゆくゆく悲願の「安保理常任国入り」と「敵国条項をはずすこと」ができるようになるのではないかと私は思っています。

私は、いわゆる右派でも左派でも共産党でもありません。しいていうなら、キリスト教を信じる(洗礼はうけていませんが)一人の人間です。天皇陛下には敬意を表しますが、かれも皇室の方々も、わたしからすれば、神さまのこどものひとりである、と考えています。もっとかれらには自由に人生を享受してほしいですし、人並みの幸せもしってもらいたいです。


以上の理由から、私が憲法第1条を変えるべきだと考えるのと、

憲法9条を変えるべきではない、という意見を出してみました。

いろいろ、これには意見もあろうかと思います。

しかし、政府の一方的な具申に押し切られることなく、

もっと建設的に、この改憲問題が語られるようになることを祈念しています。

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