ごろごろで 楽しく記憶☆ ~勉強は楽しまなくっちゃ♪~

語呂合わせで楽しく記憶して、勉強に役立てて欲しいな♡
ちょっとした日常のハッピーネタも書いちゃうかも。

岸朝子さんと料理の先生 ~その2~

2015-09-30 18:18:29 | かんたん料理
続きです。

大さじ小さじや計量カップって、外国から入ってきたのかと思ったら、違っていたんですね。
私は、慣れた料理は大さじ1ってこれくらいと、大体の勘でいっちゃうことも結構あるんですが、
新しい料理や、分量で味が微妙に変わりそうなお料理のときは、
計量カップや計量スプーンでしっかり測ります。

そういえば、私が母から教わった料理は・・・
魚を焼いて、菜っ葉をお醤油で炊くとか煮物とか、そういう簡単な料理がほとんどだった気がします。
母は仕事を持っていたので、料理本を見ながら料理しているところを見たことがありません。
勘で、お醤油こんくらい、お砂糖こんくらい。。。(笑)
それを見て覚えて、私も大体勘で作っていました。
私が料理に目覚めたのは、大学生の頃。
外で食べたビーフシチューがすごく美味しくて、家でも作りたいと
たくさん料理本を買ってきて作り、これだ!と思える味に出会えた時は感動でした。
それ以来、ルーから作るカレーや、美味しいザッハトルテが作りたくて雑誌や本をあれこれ買い、
中でもスポンジケーキは難しくて、ある雑誌のレシピでやっと膨らんだときは嬉しくて・・・

でもそれもこれも、大さじ小さじ・・・の表記があったからこそ出来たことなんですね。
初めて見る料理も、醤油や砂糖などの割合を見るとそれだけで大体の味の想像がつくので、そういう意味でも便利です。


さて、私の料理教室の先生は「郷里に帰って美味しくて健康になる食べ方を教えてください」
と香川昇三先生に言われて、女子栄養学園卒業後香川に戻り、
料理教室を何十年と続け、料理本を出され、NHKのローカル番組の料理コーナーにも出て、
家庭料理献立で厚生大臣賞も受賞された方です。
教室では、料理だけでなく、カロリー計算や栄養の講義もありました。
毎回本当に楽しみで、ひょっとして皆勤賞じゃないかと思うくらい熱心に通っていました。(〃'∇'〃)ゝ

以前、記事にも書いたことがありますが、
数年前までは、「まだまだ本にしたいレシピがあるのよ」とおっしゃていた先生。
91歳の現在もお元気ですが、
今はもう、「365日、1回も同じ料理が食卓に出ることないの」とおっしゃっていた
ご家庭の食事作りもお嫁さんに任されて、のんびりされているということです。
私が「毎日先生の本を開いて献立を考えるんです」というと微笑まれますが、
本当なんです。
主菜が決まっている日も、ちょっとしたスープなんにしよっかな~?と開きます。
30年近くほぼ毎日開いているので、もうぼろぼろ。(笑)
ガムテープで留めてもまた取れて、また留めて・・・
でも私の宝物です。・・・新品もあるんですが、もったいないから使えるだけ使っちゃおうと。(^^ゞ
私の料理の基礎を作ってくれた、大事な大事な本。
家庭でグラタンから中華の一品、いろんなスープまで、何でもできるって教えてもらいました。

「おそうざい」というタイトルですが、郷土料理から和・洋・中・デザートと料理のジャンルは幅広く、
しかも手近にある材料と調味料で、簡単に誰でも出来るのが凄いところ
でも普通に本屋さんで売っていないのが残念なところです。

ということで、”かんたん料理”のコーナーで、
先生のレシピも紹介していけたらと思います。
その中には、香川綾学長や岸朝子さん達と作ったお料理も含まれているんじゃないかなと思います。

実は私、市販のシチューの素で作ったクリームシチューや、外食のグラタンは苦手なんですが、
先生のレシピだと、自然な味でたべられるんです。(*^^)v
今日も手作りマヨネーズを作りましたが、まろやかで美味し~い
また紹介しますね。(^_-)-☆

そういえば、先日紹介したスープのレシピもそうです。
私が少しアレンジしているのもありますが、基本は先生のレシピです。
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岸朝子さんと料理の先生

2015-09-29 21:34:25 | かんたん料理
「おいしゅうございました」のひと言で親しまれた食生活ジャーナリストの岸朝子さんが
91歳で亡くなられたというニュースを見ました。

「料理の鉄人」の審査員として活躍されていて、
とっても上品な食べ方と綺麗な言葉遣いをされていたことが印象に残っています。
美味しい時は「おいしゅうございます」と、そうでない時も必ずいいところを褒めてあげる優しい方で、
岸さんに褒められると、料理人さんは皆さん励みになっていたそうです。


東京都生まれ。女子栄養学園(現・女子栄養大学)卒で・・・
と新聞で読んで・・・あ!と気が付きました。

私が20年くらい前に4~5年間通った料理教室の先生も、同じ女子栄養学園の卒業生。
そして大正12年生まれ。・・・なんと同じ年、同級生だったんですね。
一緒に学び、一緒にお料理を作られたんじゃないかと思うと、感慨深いものがあります。

私の通った料理教室の先生の料理本には、
女子栄養学園の創始者で恩師の香川昇三さん(香川県出身)と
奥様で学長の綾さんご夫妻の事が詳しく紹介されています。


昔脚気で亡くなる人が多すぎて、国が亡びるんじゃないかと恐れられた時代、
白米が原因(ビタミンB1不足)であることを突き止め、食生活が原因の病気が他にもあると気づき、
「医者の本当の仕事は病人を見るんじゃなく、病人を作らないとこだ」
と、病院を作るのをやめて女子栄養学園を始められたそうです。


料理教室で先生が「私が教わった香川綾先生が、大さじ小さじを考え出されたのよ」とおっしゃっていましたが、
それを広められたのが岸朝子さんだったみたいです。(朝のTV番組で言っていました。)
女子栄養学園の受講生に配る料理のテキストを毎回作るのは大変なので、
活版印刷の雑誌を作ろうということになってできた『栄養と料理』。
料理雑誌が珍しかった時代に、女子栄養学園の出版部でそれを担当したのが岸朝子さんだったそうです。

今ではレシピ本には必ず計量カップや計量スプーンを使った調味料の分量を書いてあるので、
初心者でもだれでも、プロの方と同じ味付けにできますが、
それがなかった時代・・・
プロの料理人は、勘で調味料を入れていくので、
美味しい新しい料理を家で作るのって、至難の業だったと思います。
それまでの「ほどほどに加え、味見しておいしいお味に」・・・という表現では無理ですよね。
香川綾先生は、プロの料理人を呼んで、多目の調味料を用意して残った量から使った分量を計算し、
調理時間も測って、レシピを作っていったそうです。
グラムと匁(もんめ)のどちらも使われていた時代、単位もグラムに統一したそうです。

香川綾先生のことは、詳しくここにも載っています。ちょっと長いですが、よかったらどうぞ~。
http://www.eiyo.ac.jp/yume/aya/e_book/


(つづく)
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世界の歴史 ~年表16~

2015-09-28 20:04:10 | 世界の歴史
お久しぶりになってしまいましたが、今日は世界の歴史の16回目、
第二次世界大戦の終わった直後あたりをごろごろ記憶にしたいと思います。



 1948年 イスラエル独立を宣言 第一次中東戦争

 イスラエル 独立の余波(48)で 中東戦争


※イスラエルの独立宣言を受け、それを承認しない周辺のアラブ諸国と戦争になりました。
この戦争はパレスチナにおけるユダヤ人とアラブ人の対立から起こった民族紛争で、パレスチナ戦争と言われ、アラブとイスラエルは、4次にわたり中東戦争を展開していくこととなります。

≪第1次中東戦争の結果≫
イスラエルは国連分割案よりも広い土地を占領したまま、独立を確保しました。(現在まで国際的に認知されているイスラエルの領土です。)
一方では、国連分割案ではパレスチナ人地区とされたヨルダン川西岸はヨルダン、ガザ地区はエジプトが獲得し、パレスチナ人の国家は実現しませんでした。

※この戦争で戦場となったパレスチナの地から多数のパレスチナ人住民がパレスチナ難民としてヨルダン、レバノンなど周辺地域に流出し、この後の大きな問題となります。
また、パレスチナ戦争のアラブ側の敗北はアラブ諸国に深刻な影響を及ぼし、1952年にエジプト革命が勃発します。 



大きな世界大戦が終わった直後も、戦争は起こってしまうんですね。
戦争でお互い傷つくことを学ばなかったんでしょうか?
国の存亡をかけて起こる戦争を、止めることは出来なかったんでしょうか?

実は、国際連合による最初の国際紛争調停の最初の事例だったんですが、調停案だったパレスチナ分割案はユダヤ人には受け入れられたものの(ユダヤ人に有利だったから)、アラブ側の反発を受け、ついに戦争となってしまったんですね。国際連合の調停・・・残念ながらうまくいきませんでした。

最初、イギリス・フランス・アメリカがイスラエル側、ロシアがアラブ側支援で、代理戦争の色もあったんですが、第3次以降は石油政策もあってイギリス・フランスはアラブ側に回りました。そして、中国・イランもアラブ側に入り込むなど、大国や周辺諸国の思惑の入り混じる戦争でもあったようです。

また双方の宗教の聖地であるエルサレム、ヘブロンなどの帰属問題の絡んだ宗教戦争の側面もあります。
(ウィキペディア等より)

うーーーん、戦争って、いろんな国が絡んできて、ややこしくなっちゃうんですね。
宗教問題も絡んでくるといよいよ問題が複雑になってきてしまいますね。
そして、戦争による難民問題・・・現在もEUを揺るがす大きな問題ですが、当時もパレスチナ難民問題は大きな問題だったようです。



中東戦争、なかなか内容が濃いので、今日は1つだけにして、続きは次回に~♪
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十五夜

2015-09-27 20:03:35 | 日記
今日は中秋の名月。
お天気が心配されましたが、
見事晴れて、綺麗な大きな満月を見ることが出来ました。

 ←私のガラケーから

肉眼だともっともっと大きく見えるんですけど、私のガラケーではここまでです。

息子が天体望遠鏡とスマホで撮った写真は・・・
   ←クリックしてみてください。クレーターまで見えます。

明日が今年一番満月が大きく見えるスーパームーンで、
今夜の月も大きく見えるんですね。
月は地球の周りを楕円形の軌道で回っているから、
一番小さい時に比べると直径が1.14倍、明るさも3割ほど明るく見えるとか。

嬉しいですね、中秋の名月が、
それだけでも綺麗なのに、より大きくて明るいなんて。(´ー`*)。・:*:・ポワァァン

十五夜のお月様と言えば・・・

はいお団子ですね。
作りました。
でも・・・ちょっと失敗。
耳たぶの硬さの予定が、水を入れすぎて軟らかすぎて・・・
何とかまあるくなったかな?という感じ。
うさぎに笑われそうですが、一応お供えしてみました。(〃'∇'〃)ゝエヘヘ

我々は、お彼岸のお供えにしていたわらび餅をたべ、
お団子は眺めることに・・・。

ところで・・・
Q.どうしてお月見にお団子をお供えするようになったんでしょうか?

ネットで調べてみました。
 お月見にお供えものをするのは、月が風雅の対象だけでなく、信仰の対象でもあったからです。

十五夜、十三夜、十日夜の3月見は収穫に感謝するお祭りなので、収穫物をお月様にお供えするようになりました。お馴染みの月見団子もお供えもののひとつです。

十五夜では、これからの収穫を祈り

十三夜では、その年の収穫に感謝して

お米の粉で作った団子を供えたのが

月見団子の始まりといわれています。
(十五夜ではまだ収穫前なので、お米はお供えできないので、長期保存できたお米の粉でお団子を作ったんですね。)

白くて丸い月見団子は
月が満ちる姿(満月)を模したもので
収穫への祈りや感謝だけでなく
ものごとの結実や健康、幸福をも表しています。

お月様と同じ様に丸い月見団子をお供えし
そのお団子を食べることで、
健康と幸せを得ることができると考えられています。

Q.どうしてススキをお供えするの?

本来、月の神様の依り代は稲穂です。

お月見の時期に稲穂が無かったため
稲穂に似たススキを供えるようになった
といわれています。

また、古くから
ススキには魔除けの力があると信じられていました。

ということです。

へ~~、そうなんですね。
収穫の祈りを込めてお供えしていたんですね。
うさぎやかぐや姫にお供えしていたんではないんですね。(笑)

昔の人にとっては、太陽も月も信仰の対象だったということですね。


しばらくお供えしたあとは、お団子も家族みんなでいただきました。
久しぶりにたべるお団子は、見た目はともかく、(でも、きな粉をかけると大丈夫
自然な味で、とっても美味しかったです。
日本人でよかった~と思う瞬間でした。(*^.^*)

もう一度、お月様を拝みに行くと・・・
不思議なことに、さっきより更に輝きが増していて
空が昼間のように明るく感じられます。
雲もくっきり 
そして、晴れているのに、あまりにも月が明るいので星が全く見えません。
さすが中秋の名月ですね。

もうひとつ不思議なことに・・・
今夜は月が宇宙船のようにぐんぐん進んでいくように見えます。
雲が動いているはずが、なぜかそうは見えない。。。不思議な夜です。

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ラッキー☆ そして感謝

2015-09-24 20:57:45 | 日記
昨日、ショッピングセンターのセルフ式カフェでお財布を落としてしまいました。
その時は気が付かず、その後に行った店でお金を払おうとして気が付いて・・・
ひ~~~お財布・・・ない
え?え?そんな馬鹿な・・・
でもない。
冷や汗タラタラ・・・(・_・;)

数分後だったので、そのお店に行き、店員さんに聞くと
ありました~~
なんというラッキー
お金を払ったカウンターの下に落ちていたそうです。

普通お財布というと、
免許証やらクレジットカードやら落とすといろいろ大変なものが入っていると思いますが、
私の場合は現金だけ。(〃'∇'〃)ゝエヘヘ
しかも丁度減らした直後だったので被害はそれほど大きくはないんですが、
それでも・・・本当に良かったです

普通出てこないですよね。お財布は。
たぶん、テーブルを拭きに来てた店員さんがいらっしゃったので
その方が見つけてくださったんだと思いますが、
オレンジの財布・・・結構目立つので拾われる確率高いかも~
どなたかが、拾って届けてくださったのかもしれないです。
本当に感謝です。<(_ _*)> アリガトォゴザイマス

実は私、お財布落としたの、二度目なんです。
前回も出てきたんです。
交番に届けていてくださって、丁度その方いらっしゃって、お礼も出来ました。
4~50歳代の男性の方でした。

その時は、予備に千円別の所に入れていて、帰りの電車賃を残して探すために
片道はタクシー、帰りは歩いて探し回って・・・
最終的に行った交番で見つかりました。
結構たくさん入っていて、しかも父のお土産のお気に入りの財布だったので
そっちも出てきてすごく嬉しかった記憶があります。

もうホント、拾ってくださった方有難うございます
神様ありがとうございます。 でした。

今までに時計とかいくつ落としたことか・・・
主人とペアで買ったのに落として、もう一回買ったのにまた落として、
主人の方は時計がたまって・・・。(^^ゞ
いろんなものを落としたり無くしたりするんですが、お財布は出てくるの不思議です。

私は昔から結構お金を拾うんですが、ひょっとしてその都度届けていたからかな~?
小学生の頃、初めて10円を拾って警察に届けたら、
お巡りさんがポケットから10円出して、「これはご褒美だよ」ってくれたのは今でも覚えています。(^^ゞ
現金のむき出しを拾うことがなぜか多くて
・・・ぶらんこの下の土から小銭たくさんとか道路でお札たくさんまで・・・
近所の方が通った直後に拾った時は「あ、丁度探していたとこだった!」って喜ばれて・・・。(*^^)v

でも、これからは気を付けないといけないですね。(〃'∇'〃)ゝエヘヘ
たまたま直前に手渡された試供品を片手に持ってて、
カバンにお財布を入れたはずが入れ損ねたんだと思います。
ちゃんと入れたことを確認しないと・・・
いつもと違うことをしてる時こそ注意ですね。

あと、余計に持たない、
別の所にもお金を入れとく・・・最近してなかったのでまた実践しなくちゃ
危機管理大事ですね~
皆様もどうぞお気を付け下さい。m( _ _ )m
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