種々

世界の片隅でキラへの愛をこっそりと囁くブログ

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

フリーダムとシン

2007-07-19 19:22:57 | SEED DESTINY
フリーダムというのは、その名称「自由」とは裏腹に、作中ではまったく別のイメージを担っていたのではないかな・・・と・・・
それは「力」
圧倒的な力、恐怖と混乱の力
その端的な証明が、ステラ(32話)とシン(最終話)が、
フリーダムの姿を見ただけで錯乱状態に陥ったこと。
シンに至っては、直接のフリーダムではなく、インパルスに重ね合わせて、という
間接的なイメージだけで、よりにもよって大切なルナマリアを害しそうになるほど・・・
あらゆることの、シンにとって負の感情、思い出の、あらゆることの負の象徴が
フリーダムだったのではないか、
スタッフがキラ可愛さに逃げた、といわれてる、
フリーダムがシンの家族を殺した、といわれてる設定も、
無意識のうちに、記憶の隅に覚えていて、
漠然とした奪う力の象徴になっていたと考えれば、意外と最終話の伏線だったのかも・・

一度は倒して、克服したとおもっていたものが、
再度現れた。
そして、自らの陣営でオ-ブが討たれるかどうかという極限状態。
視聴者はパイロットがキラだということをしっているけど、
シンは勿論知らなくて、パイロットがどういう人物かなんて関係ない。
ただ、強い、許しがたい、奪ってゆく、混乱の象徴たる機体・・・
一気にきたのかな、フリーダムへの敵意と恐怖が・・・

キラファンとして残酷だと思うのは、キラは犠牲は最小限にとおもって行動しているのに、
誰かにとってのそれだけの恐怖になってしまっているということ。
そして、キラがそれをしるイベントがほとんどないこと。
キラはもう、ほんと新キャラとほとんど絡まないし、
フリーダム絡みがおこったイベントが、キラサイドの経験値としてろくに還元していかない。

だけど、視聴者は知っているわけで、
キラとシンの両方を・・・
そして、それぞれに評価を下してくわけで、
作品としての作りがキツいよなぁ、と思う。キャラ達に対して。


ファイナルプラスの、ラストの慰霊碑のシーン
アスランの「彼がキラだ。フリーダムのパイロットだ」というのは、
たんなる紹介じゃなくて、
シンにとってはひとつの「力の解体」になっていたんじゃないかな・・・
視聴者が思う以上に、そのアスランの言葉というのは大きかったんじゃないかな・・・
と思うわけです。
フリーダムという恐怖が解体されたという意味では・・・

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« どちらが傲慢なのか | トップ | 完全に病気だ・・・ »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL