カウンセラーのコラム

山梨県甲府市でカウンセリングルームを開業している心理カウンセラーの雑文です。

変な夢

2007年07月18日 | 日記 ・ 雑文
昨晩、変な夢を見た。どんな意味があるかわからないが、印象的だったので書き記しておく。

場所はどこだかわからない一室。細長い部屋に長方形になるよう机とイスが並べられ、20人くらいの人たちがザワザワとおしゃべりしている。
知ってる顔もあれば、知らない顔もある。知ってる人の中には、学生時代の友人、以前務めていた会社の同僚、現在のカウンセリング仲間、それから芸能人(ワッキーとベッキー。“キー”つながりか?)も含まれていた。他はよく覚えてない。

どうやらこの場は“ミニカン”(ミニカウンセリングの略。10~15分程度の模擬面接。テープに録音して、その面接場面をグループで検討する。逐語記録を作成する場合もある)の講座のようだ。僕はこのクラスの世話人らしい。

いつまでたってもおしゃべりが続き、いっこうに“学習が始まる”気配がないので、僕は我慢できずに声を荒げた。「みなさんはここに、学習しに来たのではないですか!」と。
一瞬その場はシ~ンとなった。続いて小太りの中年男(誰だかわからない)が動き出した。その男は両手に抱えるくらいの水槽に半分くらい水を張り、サッカーボール大の地球儀をその水上に浮かべながら、クルクルと回した。そしてなにか演説のようなことを始めた。「アフリカがどうのこうの」と。内容は覚えてないが、“非常に危険な思想”だったような気がした。
参加者はみんな、黙ってその男の話を聞いている。その男の目つきが鋭く、あまりにも恐ろしいので、誰も何も言えないのだろうと感じた。僕自身もその男が恐ろしくて動けなかった。

男が話し終えると参加者の一人が僕に質問した。カウンセリングに関係する質問だ。「助かった!」と思い、僕は自分の経験や考えなどをとうとうと述べた。話し終えると同時に質問者の方に目をやった。そこにはベッキーが座っていた。僕は瞬間固まって、しばらくの間ベッキーと見つめ合った。
「テレビで見たときはあまり好感が持てなかったが、よく見るとなかなかカワイイじゃないか……」と心の中でつぶやいた。スケベオヤジ丸出しである。
ハッとして辺りを見回した。質問者を捜したが見つからない。「質問者はどこへ行ったのだ?」と僕。「さあ、知りませ~ん」とベッキー。

再び沈黙が訪れた。何の動きもない。僕は座っていられなくなり、参加者たちの背後を練り歩きながら言った。「あんたたちはここで何をしてるのだ? 学習するために来たのではないのか?」と。
誰かが口を開いた。「だって前回、○○さんが“読書するのはダメだ!”と言ったから……」。「アレ? ここは読書会の講座だったのか?」。そしてもうひとつ気づいたのは、「どうやら僕は前回の講座を休んでいたらしい」ということだった。そのせいもあってか、どうもこのクラスの“流れ”がつかめない。焦燥感ばかりがつのる。

突然カラオケが流れ出し、参加者の一人がマイクを持って歌い出した。それにつられて全員が合唱するかのように歌い出した。
「あーうるさい! 歌いたいやつはカラオケに行ってくれ!」。音楽が止み、半分ほどの人数が無言で部屋を出て行った。

ほっとしたのもつかの間、再びカラオケが始まった。フト気がつくと、ここは居酒屋の2階だった。僕は店長らしき人物を捕まえて「学習の邪魔になるからカラオケを止めてくれ!」と詰め寄った。店長はジロリと僕を睨んで、無言で音楽を止めた。

席に戻る途中、僕は急に恥ずかしくなってきた。「ここは居酒屋なんだから、我々のほうが出て行くべきだった」と気がついた。

席に戻って参加者に「場所を変えよう」と提案した。異論はなく、みんな帰り支度を始めた。と、僕の対面に座っていたワッキー(ペナルティの片方)が茶封筒を僕に差し出し、「××くんから“このレポートを先生に手渡してくれ”と頼まれたので……」と言う。「レポート? 何のことだ? 何も聞いてないぞ。××くんにそれを返し、“直接僕に手渡すように”と伝えてくれ」と応じると、ワッキーの顔がみるみる曇った。「でも、××くんはビルから飛び降りて……、自殺してしまったんです」。
僕は言葉を失った。脳裏には高層ビルの屋上から飛び降りた××くんの姿が浮かんだ。ひどいショックと動揺に襲われた。

そこで目が覚めた。心臓がバクバクと高鳴っている。横には息子が寝ていた。「ガガガガッ、スゥ~ピィ~……………………。ガガガガッ、スゥ~ピィ~……………………」。大きないびきをかいている。
夢の中で「あーうるさい!」と感じた音の正体は、このいびきだったのだ。

と、オチがついたのはいいのだが、「僕は精神的に疲れているのだろうか?」と心配になってきた。確かに昨日は3人と面談している(内2人は電話相談)。それに最近「mixi疲れ」というものも自覚されてきた。
どんな形にせよ、「人とコミュニケーションする」ということは、相応の精神力を消費するものなのだろう、とあらためて思った。
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