萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.4-another,side story「陽はまた昇る」

2016-11-03 23:30:22 | 陽はまた昇るanother,side story
君の残像 
harushizume―周太24歳3下旬



第85話 春鎮 act.4-another,side story「陽はまた昇る」

庁舎の窓、12月の初め、その時そこで「何」を?

―どうしていまさら、

なぜ、今どうして伊達は訊くのだろう?
なぜ「今」なのだろう、自分が眠っている間に何か起きた?

「プリンターの傍で湯原、窓の外に何が見えるか訊いたな?俺は銀杏と桜だって答えた、」

鼓動ひそやかに動きだす、敲きだす。
音なんてない、けれど心臓ひっぱたく鮮烈な記憶。

“伊達さんはそこに見えるのなんだと思いますか?”

そう訊いてしまったのは自分、そして見たのは「誰」?
低く落ちついた低い声が紡ぐ12月、その記憶どうしたって憶えている。
でも、いまさら何故どうして「伊達が」訊くのだろう「今」このとき今さらどうして?

「湯原、あのとき何を窓の外に見たんだ?」

問われる、その沈毅な眼ざし見抜かれる。
真直ぐな瞳は偽れない、そして嘘もない、それにこの部屋はちいさくて。

―ごまかしなんて効かない、伊達さんには、

随一の狙撃手、それだけじゃない男。
その有能この六ヵ月ずっと見ていた、どんな言い逃れも逃がしてくれない。

「湯原?」

呼ばれる、まっすぐな沈毅な瞳。
黒い深い瞳が自分を映す、その優しい沈黙ただ切ない。

―うそつけない、もうこのひとには、

嘘吐けない、このひとにはもう。
それだけ優しさも温もりも知ってしまった相手、この眼ざしを裏切れない。
だってほら、今だって黒い瞳は責めることなく詰るでもなく、ただ真直ぐ見つめて包む。

「…伊達さん、ぼくは…」

唇ひらいて告げかけて、でも途切れる。
ためらってしまう、それでも真直ぐな沈毅は言った。

「宮田は、鷲田英二は湯原の父親と似ているな、」

心臓が、止まる。

とく、ん、鼓動おかしい何だろう?
息つまる、呼吸タイミングおかしい、だって今なんて?

「…わしたえいじ?」

だれ、誰?

しらない、そんな名前なんて知らない、誰のこと?
わからない、こんなの知らない教えられていない。

“わした 英二”

わからない英二、あなたは誰?

「その顔、やっぱり知らなかったんだな湯原?」

落ちついた低い声が訊く、ほら、同情の色だ。
こんな同情される自分は「知らない」なにも。

「…どうして、」

どうしてかな、探して追いかけた僕なのに?
どうして何も知らない、こんなふう他人に教えられるまで何も。

「湯原?」

呼んでくれる低い声が優しい。
ただ優しくて温かで、無条件の温もりに微笑んだ。

「伊達さん、僕は…ほんとうに警察官にむいてないですね、」

唯ひとつ捜した謎、それすら掴めない自分。
それでも自分で掴みたかった、だって父のことなのに?

「伊達さんは半年で知ったんですね、でも僕は…ずっとです、十四年ずっと、」

どうしてだろう、このひとも、あのひとも知っている。
それなのに自分は捜せなくて、けれど深い瞳すこし笑った。

「俺だって湯原がいなければ知らないままだ、この傷もな?」

大きな手が袖めくる、ニットの袖口しなやかな肌のぞく。
浅黒い腕は逞しくて、けれど手首ひとすじ抉られた一閃。

「あれから一度も切ってない、」

低い穏やかな声が告げる、すこし笑っている。
大きな手とってくれる自分の手、そして指そっと傷の肌ふれた。

「…ぁ、」

隆起する、その一閃だけ肌が違う。

深い深い抉られた痕、そう指さき感覚が告げてくる。
ただ一筋だけのリストカット痕、けれど一度だけじゃない。
もう何度も何度も刻まれて、それでも今なめらかな傷痕が言った。

「おまえが救ったんだ、」

鼓動が敲かれる、でもやさしい。

「…僕でも、役にたちましたか?」

想い唇こぼれる、すがるような願い。
こんな自分でも意味があったなら?願いに深い瞳が笑った。

「あたりまえだろ?」

あたりまえ、そう笑ってくれる。

「生きたいから切るんだろって湯原が泣いてくれた、あれが忘れられないから切れない、」

自分が泣いた、それが役にっている?

「…僕が泣いたからですか?」
「うん、あれがフラッシュバックしてな、」

応えてくれる低い声、すこし笑っている。
すこし右あげた唇、照れたような誇らしいような時のクセだ。
こんなクセもわかるほど濃やかな時間だった、その共有者に笑いかけた。

「僕のなきむしも役にたったんですね…よかった、」

よかった、だって命ひとつ笑ってくれる。

自分が泣いた、だから生きていると笑ってくれる人がいる。
これだけでも報われる、こんな自分が警察官として生きた意味はあった。

「泣虫だからインパクトでかいな?こんなヤツでも堪えてるのに俺なにやってんだってな、」

笑ってくれる瞳が深い、そして温かい。
この眼ざしに半年間を支えられて、その果の瞬間を微笑んだ。

「それに湯原、湯原がいなければ俺は岩田を撃ってた、」

雪の夜、凍えた駐車場で起きたこと。
あのとき制帽の翳に見えなかった瞳が、ただそっと笑った。

「だから俺は湯原の味方だ、何があっても、」

何があっても、ああ、そうかもしれない。

「…伊達さんは嘘、つくの上手いですか?」

訊いてみる、でも答とっくに知っている。
もう時間それだけ共有した、それだけこの六ヶ月は凝縮の時間。
だって十四年かけて追いついた父の時間で、どんな歳月より濃く激しく深い。

「黙っていることは上手いかな、」

答えてくれる、穏やかな低い声。
沈毅なくせ温かな瞳が自分を映す、この眼はたぶん信じていい。
それだけの六ヶ月を見つめあった相手はちいさな部屋、あまい紅茶の湯気に訊かれた。

「でも湯原が聴きたいなら俺は話す、鷲田英二についても、」

ことん、心臓ひそやかに撃って。


(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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