萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

長月十九日、女郎花―autumn ephemeral

2016-09-19 23:48:05 | 創作短篇:日花物語
君の横顔に、
9月19日の誕生花



長月十九日、女郎花―autumn ephemeral

雨がふる、夏の暮。

「…あれ?」

革鞄の底ふれる、やっぱりない。
教科書もノートも膝に出して覗きこむ、スカートゆれてペンケース落ちる。
かたん、簀子板の音たからかに下駄箱を響いて筆箱ひとつ転がって、それでも見つからない。

―あ、おとといの雨だ?

そうだった、一昨日も帰りは雨。
そうして使った折りたたみ傘はたぶん、乾してたたんでそのままだ。

「しまったなあ…、」

ため息そっと昇降口の外を見る。
もう暗くなりだす放課後の空、細やかな水滴しずかに絶え間ない。
どうしたものだろう?困りながら教科書たち鞄に戻すと立ち上がった。

―走って帰るしかないよね、でも制服…、

雨に濡れるのは嫌いじゃない、でも制服が新しい。
今夏おろしたばかりの夏の制服、まだ3ヶ月しか着ていないのに?

―濡らしちゃって痛ませたくないなあ、もっと卑屈になりそうだもん、

紺色のベストにボックスプリーツのスカート、半袖ブラウス、それだけ。
飾り気なにもない制服は「可愛げがない」それが卑屈になるのは彼のせいだ?

でも、その本人が「いい」と言ったから濡らしたくない。

『いいんじゃね?そのスカートなんかカワイイし、』

あんなこと言われたから濡らしたくない、だってプリーツが乱れてしまう。

「…でも止みそうにないなあ、」

ローファーかたり鳴らして一歩、昇降口の空を仰ぐ。
半袖の腕そっと風の冷たく透って、けぶる雨やわらかな水が匂う。

「秋霖、だね…」

墨色やわらかな空を雫ふる、薄暮もう垂れ込めて校庭は人少ない。
こんな雨では部活も早あがりだ?遅くなってしまった自覚に黄色が映った。

「あれ?」

ちいさな花壇に黄色がゆれる。
華奢な茎すっくり戴く小花の冠、その姿につい微笑んだ。

「おみなえし咲くんだ…校庭なのに?」

学校に咲くなんて珍しい、でも自分には懐かしい花。
嬉しくて、踏みだしかけて呼ばれた。

「濡れるよ、傘は?」

引留めるような声、誰だったろう?
どこか聞いたような声ふり向いて、ジャージ姿に思いだし笑いかけた。

「あ、植野くん?おつかれ、」

たしかこの名前だったろう?
教室で見憶えある顔に笑って、また訊かれた。

「おつかれ、吹奏楽部こんなに遅いんだ?」

部活まで知ってくれてるんだ?
意外で、首かしげながらも笑いかけた。

「部活は1時間前に終わったの、図書室に寄ったら遅くなっちゃって、」
「そっか、やっぱ努力家なんだな、」

笑って返す声やわらかに響く。
雨ふる昇降口、ジャージ姿の同級生は言ってくれた。

「傘、一緒に入ってく?」

提案に見上げた真中、瞳やわらかに笑ってくれる。
黒髪まっすぐな笑顔は優しげで、この親切に甘えたくなる。

―傘に入れてもらえたらプリーツ崩れないよね?

このスカートを「なんかカワイイ」と言ってくれた、だから崩したくない。
ありふれた制服、ふつうのボックスプリーツ、でも特別で守りたくて頷いた。

「ありがとう、じゃあ…?」

頷きかけて止まる、だって茶色が見えた。

「どうしたの?」

やわらかな声が訊いてくれる、でも視線つい向こうに。
だって見慣れた茶色がやってくる、白いワイシャツ袖めくった制服姿。
あの身長は見慣れている、そして見慣れた傘をさしている、あの青い傘きっとそう。

ほら、こっち見た。

「…!」

声まだ届かない、でも呼ばれた。
響いてしまう聲にローファーが動く、ほら踏みだす。

「あ、濡れるよ?」

踏みだしかけて引留められる。
やわらかな声に見あげて、ただ帰りたくて笑った。

「大丈夫、来てくれたから、」
「来てくれた?」

やわらかな瞳いぶかしがる。
その眼差しに校門への道を指さした。

「あそこ歩いてくるの幼馴染なんだ、一緒に帰るから大丈夫よ?」

笑ってローファーまた踏みだす、けれど話しかけられた。

「幼馴染って、この学校のヤツ?」
「違うよ?むこうは遠距離通学なの、」

答えて見あげて、でもローファーの爪先とっくに向こう。
早くあの傘に入りたくて、けれど同級生はまた訊いた。

「じゃあ駅から彼、わざわざ迎えに来たんだ?」

わざわざ、って、なんでワザワザ訊くの?

こんなふう言われると不安になる、まるで否定されるみたいで。
こんな言い方の目的はなんだろう?解からないまま問いかけた。

「何を言いたいのかな植野くん、どういう意味?」
「どうって、遠回りなのに来るのかって…さ?」

やわらかな声が答えてくれる、でもすこし硬い?
なにか澱むようなトーン見つめて、ぽんっ、肩を敲かれた。

「話し中ごめん、帰るぞ?」

ほら、やっぱり来てくれた。

「うんっ、傘ないってよく解かったね?」

振りむいて笑いかけて、ほら茶色の髪そこにいる。
いつもの涼しい瞳は笑って傘さしかけてくれた。

「おばさんから電話きたんだよ、おまえが傘忘れてったからお願いってさ?」

お母さんナイス判断です。

―ほんとお母さんにはバレバレだよね?

母は気づいている、だから彼に電話してくれた。
あのワンピースもそうだ?いつもながら面映ゆく笑いかけた。

「そっか、遠回りさせちゃってごめんね?」
「別にいいよ、腹へったし早く帰ろ?」

涼しい瞳からり笑ってくれる。
この笑顔ただ嬉しくて素直に傘とびこんだ。

「おなか空いたなら寄り道しよ?お迎えのお礼におごるよ、」

せっかくの相合傘、もっと寄り道していたい。
願い見あげた真中で涼しい瞳ぱっと笑った。

「じゃあミスド行くか?均一やってるだろ、」
「いいよ、またオールドファッションとチョコレートでしょ?」

笑って「いつもの」答えて、ほら鼓動が弾む。
とくとく弾んで温まる、いつもの温もりに幼馴染が笑った。

「だな、で?植野くんだっけ、」

笑いかける声が低いくせ透る。
傘の影、日焼あわい笑顔は昇降口に向きなおった。

「話し中に邪魔してごめんな、植野くん?」

あれ、名前なぜ知っているんだろう?
話す声が聞えていたのだろうか、疑問の前で同級生が応えた。

「別に?明日また話すから、」

やわらかな声が答えて歩きだす。
ビニール傘に透ける曇り空、黒髪まっすぐな横顔が言った。

「じゃ、また明日、」
「またあしたね?ばいばい植野くん、」

すこし手を振った先、同級生が少し笑ってくれる。
ジャージの背くるり歩きだして、白く浮んだ部活名に隣が言った。

「へえ?あいつ剣道部なんだ、」
「あ、ほんとだ?」

今まで気づかなかったな?
なにげない感想かたわら隣がつぶやいた。

「そっか…そうだ?」
「ん?なにがそうだなの?」

なにげなく返してスカートのプリーツそっと直す。
飾り気ない制服、それでも大切にしたい願いに幼馴染が笑った。

「さあな?」

あ、また秘密にするつもりだ?

なんて言い返そうとして問い詰めようとして、でも言葉そっと消える。
だって長い睫の翳なんだか深い、涼やかな瞳も深く澄んで、そして綺麗だ。


女郎花:オミナエシ、秋に七草の一つ。花言葉「美人」「はかない恋」「親切」

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Unknown (dan)
2016-09-28 08:51:19
私の好きな「幼馴染シリーズ」
つい微笑んでしまう。今日のはちょっと複雑?
高校時代ってこんなだったかなあ。と考えました。
私の親友はいつも男子に追いかけられていて
私は男の子に関心がなかった。

十一月に最後の同期会があります。もう高校卒業して六十余年とほほ。
danさんへ (智)
2016-09-28 21:50:25
ちょっと複雑?とは??
自分は高校時代、異性の友達はいてもツキアウ興味はなかったです、彼氏彼女関係は縛られるようにも感じていたので。
それでも唯ひとりが誰かは解かっていたような、笑

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