萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第9章 Aither 天上の光 act.21-Aesculapius 杜嶺の医神

2017-06-02 22:45:06 | Aesculapius 杜嶺の医神
In the primal sympathy 共鳴の萌芽
雅樹28歳・光一13歳9月


第9章 Aither 天上の光 act.21-Aesculapius 杜嶺の医神

左手すこし痛む、でも無事だ。

「は…、」

息ひとつ左手、水流にゆっくり握って開く。
左腕橈骨筋かすかな引き攣れ、でも動きに支障はない。
手術中は感じなかった痛み、けれど終えた今ひそやかに左を貫く。

―この時間でも痛むな、細かい処置だったから、

もっと長時間の手術なんてザラ、今回は短時間だ。
けれど細かすぎる処置は指先に負担で、その軋み左腕を奔る。
気のせいみたいな微かな痛み、それでも疼く不安と蛇口を閉じた。

「…、」

声そっと呑む、かすかな痛覚ゆっくり潜む。
いつもながら疼く左腕を眺めて、赤く焼けた肌に微笑んだ。

「そっか…山のせいだ?」

そうだ、登山の影響もあるだろう?

―あたりまえかもしれない、登山の疲労が山の傷痕に痛むんだ、

あれから5年、後遺症この程度なら幸運だろう?
忘れかけた原因に微笑んで、ぱたん、水滴一音に呼ばれた。

「吉村先生、おつかれさま、」
「はい?」

応えながら声に聞きなれない。
ふりむいた視界、初老の術衣姿が微笑んだ。

「手早くて驚いたよ、たいした集中力だ、」

目もと皺ためる顔、かすかにマスクの痕きざむ。
その眼ざし見覚えに笑いかけた。

「先生のサポートが素晴らしかったからです、勉強させて頂きました、」

頭下げて、そういえば名前を聞いていない?

―着いてすぐ手術だったから、しかたないけど困ったな?

初対面いきなり助手を勤めてくれた、その素顔あらためて年長だ。
マスク外した顔は五十代、息子ほど年少相手に彼は何を見たろう?

『よし、吉村が右膝を執刀しろ、』

あの老医師が命じた瞬間、あのとき彼はどんな貌だった?
それでも終えた術後の洗面場、医師はロマンスグレーかきあげ微笑んだ。

「まいったな…嫌味の一つでも言ってやろうと思ってたんだが?逆に手技で嫌味を言われた気分だ、」

落ち着いた声は笑っている。
こういう言葉もう何度めだろう?いくらかの慣れと笑った。

「僕が先生の立場なら言ってますよ?ヨソ者がいきなり執刀など非常識です、」

それくらい自分は未熟で、それくらい異常事態だ。

―葛城先生もスタンドプレーすぎる、でも、鍛えようとしてくれるご厚意には甘えたい、

まだ28歳、医師免許取得4年目。
誇るほどもない年限、だからこそ「非常識」にも乗った。
そういう自分だと老医師も解っている、けれどこの医師にとっては「嫌味」だ。

「非常識か、それでも解ってきたんだろう?」
「はい、申し訳ありません、」

謝罪と笑いかけタオルとって、つい考える。
そういえば自分の年数は、この医師の何分の一だろう?
つい計算しながら腕ぬぐう前、皺やわらな目もとが笑った。

「吉村先生は精神力も卓越か、院長に気に入られるのわかるよ、」

尺度やっぱりそこなんだ?
ここの空気が見えるまま尋ねた。

「ここの方はみなさん、葛城先生を院長と呼びますよね?今は他の方が院長と伺ったのですが、」

あの老医師は一線を退いて、けれど先刻も「院長」と呼ばれている。
それなら現職はどうなるのだろう?そんな町立病院の片隅で言われた。

「この町みんなが院長と呼んでるよ、永世院長ってとこだな?」

その呼び方、なんだか似合うな?
鉄灰色の髭つい思いだして、笑い呑みこんで呼ばれた。

「おう、吉村ちょっと来い、」

噂をすれば、ってやつだ?
肚響く呼び声にふりむいて、髭も厳つい老医師に頭下げた。

「おつかれさまでした葛城先生、ありがとうございました、」
「礼はあとだ、光ちゃんが待っとるぞ?」

間髪なく言われて思いだす、その名前に足早、廊下へ出た。

「光ちゃんと登山の帰りらしいな?先に言わんか、かわいそうだろうが、」

言う暇もなかったのは、誰のせい?

―有無を言わさず電話切ったのは、葛城先生なのにな?

あの電話かなり一方的だった、いつも通りだけど?
つい笑いたくなって、歩きながらも唇すこし上がった。

「すみません、もしかして光一に手術を見せましたか?」
「手配したのは俺じゃないがな、」

肚響く声かすかに不機嫌におう。
もしかして「俺じゃない」ことが原因だろうか?
それなら誰なのか?めぐらす考え着いたロビー、つい笑った。

「ああ、なるほど?」

(to be continued)

【参考文献:中村聡ほか『多発性貫通銃創骨折の1例』仙台市立病院医誌】
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

※豊科日赤=豊科赤十字病院、現・安曇野赤十字病院(名称変更2006年)/医科歯科=東京医科歯科大学の略称

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