萬文習作帖

法治ミステリーと対峙する警視庁山岳救助隊員+山に生きる青年医師の物語を綴る純文学小説×気楽に文学閑話

第69話 山塊act.6−side story「陽はまた昇る」

2013-10-01 22:42:41 | 陽はまた昇るside story
That all which we behold Is full of blessings.



第69話 山塊act.6−side story「陽はまた昇る」

無理心中じゃない、他殺だ。

そう声にした推定事実を、ゆっくりと山霧が消してゆく。
白紗に籠める静謐の底、ぱちり焚火は爆ぜて緋色の霧ゆらぎ金粉が飛ぶ。
ふたり並んで向き合う炎と霧のなか、ほっと溜息こぼれて透明な瞳が微笑んだ。

「世界的な学者で人格者、ソンナ男が母校の教授席に拘り続けた挙句の逆恨み心中ってコト、一部じゃ有名だってサッキ言ったけどさ?
ソレって『心中』に納得出来ないモンだから理由探しの推測ってヤツなんだって思うよ?ソンナ拘り人間が心中で名誉を捨てるなんて、変だ、」

ぱちっ、がらり。

また火の粉きらめいて薪を燃え崩れさす。
その音は霧の底に響いて冷気を温める、そんな緋色に英二は微笑んだ。

「光一が言う通りだ、デュラン博士みたいなタイプが心中なんて違和感がある。彼の論文とかWEBで読んだけど、確かにプライドが高い印象なんだ、
それでも文学に対する愛情は深いなって感じたよ、だから教鞭を執りたい意識も高いし出世欲も当然あって当たり前だと思う、だからこそ操りやすい、」

操りやすい、そう断言した前で透明な瞳が真直ぐ見つめてくる。
この眼差しに知られているまま英二は素直に笑いかけた。

「光一に惚れちゃった俺の同期、内山っているだろ?あいつもプライドが高いし出世欲が高いから、色々と拘り易いとこあるんだよ。
あいつをサンプルに考えるとさ、晉さんへのライバル意識を煽られたらデュラン博士がパリ第3大の教授職に拘るのも当然だろうって解るよ、」

話しながら薪をくべ直す手許、火影ゆらり熱を掠める。
その熱さも炭郁らす煙も馴染んでしまった、そんな年月を想いながら言葉を続けた。

「あいつが周太によく話しかけるって俺、いつも嫉妬してたろ?あれはさ、周太が同期の首席で特別扱いも多いから内山も気にしてたんだ。
だから初任総合の時には内山、しょっちゅう俺に話しかけてきたよ、俺がクライマー枠で正式任官した事で幹部候補生だって認識したからだ。
7月の遠征訓練の前に俺、内山と呑みに行ったろ?あの時あいつ自身が言ったよ、キャリアと出世競争するのは俺と自分だからって言ってきた、」

 地域部長の声掛かりって聴いて俺は正直なところ羨ましいよ。
 きっと宮田なら、昇進試験も順調に合格するだろうって思う。それは俺もやりたいことだ、
 俺はノンキャリアでも出世して見返したいって気持ちがある。だから宮田のことライバルだと思ってるよ?
 たぶん同期のなかでキャリア達と出世競争の土俵に立てるのは、俺と宮田だけになると思う。だから俺は宮田のこと信用したいんだ。

七月のあの夜、そんなふうにエリート指向の同期は笑って共同戦線を申し出てくれた。
あの言葉たちと笑顔はデュラン博士と晉の関係を知るサンプルになる、そう考えるままを言葉にした。

「あいつが俺をライバルって考えるのは俺の祖父を知ってる所為もあるんだ、光一も知ってるけど祖父は検察庁の次長検事だろ?
司法のトップにいた男の孫っていうのも内山がライバルとして認める理由なんだ、だから訊いてきたよ?なぜ東大受けなかったのかって、
そういう発想はさ、ライバルに認めるなら自分と同じ最高学府に相応しい男であるべき、っていうプライドの拘りがあるから出る訳だろ?」

 宮田は本当に宮田次長検事のお孫さんかもしれないって思ったんだよ、だから一度、サシ飲みで話してみたかった。

そう笑った内山の貌は「同レベル」への親近感があった。
ああいう感覚はエリート指向が高いほど強い、それは祖父や父の知人達の姿に知っている。
きっとデュラン博士も同じような貌をしていたろう、そんな過去を想う前からテノールが言ってくれた。

「東大クンが英二と同レベルでライバルしたいのと同じに、デュラン博士も周太の祖父サンと同じに母国最高の大学教授職を拘って当然だろね?
ソコントコ突つかれてプライド刺激されたらさ、周太の祖父サンを好きな分だけ焦って悩んで、変な思い込みにも操りやすいかもしれないね、」

相手を好きだからこそ並びたくて、焦って、煩悶してしまう。
そんな心理は自分も実体験から知っている、その想いに英二は笑いかけた。

「そういうの俺も解かるんだ、周太や光一に追いつきたくて俺も焦って悩んでたから訓練とか必死でさ、昇進も嬉しいなって思うよ?
自分もそうだから解かるんだよ、デュラン博士が操られた気持ちも、内山が光一に惚れた弱みまで遣って俺とライバルしたがるのも解かるよ、
内山のヤツ、光一の事で弱みと借りを作ったから俺は出世競争の敵には回せない、これは信用証書だって言うから一筆書いてもらったよ、ほら、」

笑って手許の手帳をページ繰り、隣へと差し出し見せる。
そこに書かれた文書を眺めて光一は瞳ひとつ瞬かせ、大笑いした。

「あははっ、コレをあの東大クンが書いたんだね?シッカリ拇印まで押しちゃって立派な証書だな、」

“ 2012年7月X日 私、内山由隆は宮田英二殿に対して国村警部補への恋慕で泣いた秘密の借りがあります。[拇印] ”

日付と名前、あとは俺には泣いた秘密の借りがありますって書いたら?
そんなふう呑んだ夜に自分は内山へ言って、この手帳に一筆残してもらった。
その几帳面な達筆は言われた通りのまま明確に綴ってある、そんな文面に英二は微笑んだ。

「こんなの書くほど真面目でプライド高い男なんだよ、だから思いつめやすいし頭良い分だけ考えこむからマインドコントロールされやすいんだ。
こういうのデュラン博士も同じだったと思うよ、それを『あの男』なら気づいて利用するのは簡単なんだ、そういうの晉さんも気づいていたんだよ?
友人って顔して近づいてくる男が何を考えているのか気づいたから、絶対に馨さんは近づけないよう気を付けていたんだ、田嶋教授が言うように、」

“ その人が来る時はいつも馨さんが居ない時ばかりだったんだ。で、私が代りに茶汲みしてたんだよ ”
“ デュラン博士と先生と3人だけの時はまだ良いんだけどさ、警官サンが来る度にナンカしら私は失敗したよ ”

さっきレコーダーから聴いたばかりの証言たちが、ひとつの意志を30年から超えさせる。
東京大学フランス語フランス文学研究室、そこで廻らされた二人の攻防と堕ちた友情とプライドのリンク。
その全てを晉は独り負わされたまま最期、最も信頼したかった親友でライバルと諸共に「殺された」道程を英二は言葉にした。

「デュラン博士が東大に来るたび『あの男』も来れたのは、有名な学者だから警護があるって建前でスケジュールを把握したんだと思う。
マインドコントロールはいわゆる聞き上手を遣ったと思うよ、相手から惹きだした話から相手の求める事を応えるフリして吹き込む遣り方だ、
たぶん博士の研究成果を褒めたと思う、発表のタイミングが晉さんが一歩速くてデュラン博士と似ている論題のものを調べて、それを褒める。
それからパリ第3大の教授職を思い出させるんだ、そうすると教授職を認められないのは晉さんが似た論文を出す所為だって考えたくなるだろ?」

晉とデュランは同じ分野を専攻する学者同士だった。
専門が同じなら当然のこと研究テーマも類似するだろう、それを偶然とするか作為と考えるか?
それを利用したマインドコントロールを解く向かい、怜悧な瞳は真直ぐ見つめながら教えてくれた。

「二人ともメインは韻文の研究なんだよね、作詩の背景とか調べてさ、作者の意志に忠実な翻訳や解釈をするっていうので有名だったワケ。
で、湯原博士は和訳と英訳の両方で天才だったからオックスフォードにも招かれたし、仏文の和訳で名文って少ないから実績がデカいらしいね、」

どこの言語を母語とするのか?

それは文学者にとっては素質であり天与の運かもしれない。
こうした替え難い要素にすらデュランは苦しんだ、その痕跡に英二は問いかけた。

「デュラン博士は亡くなる前日の日記で晉さんのこと『私の愛するサムライ』って書いてる、この『侍』は日本の立派な男って意味だろ?
あまりに友を見つめ愛しすぎた、心を重ねすぎて学問までも重なった、もう晉は自分だ…そんなふうに書いたのは生まれた国ごと羨んでるかな?」

生まれ落ちた国、母語にした言葉、その国境で晉とデュランは何を想うのか?
異郷に生まれて出逢った学者たちの想いと最期に思案する隣、山っ子が微笑んだ。

「だね、デュラン博士からすると不運って思ったんだろね、日本人に生まれていたら実績を作り易くって教授になれたのにって恨み節。
だけど周太を見てると解かるよね?和訳と英訳の両方で名文を創れるのがキッカケで、周太は東大の研究生にタダでなれたちゃったんだろ?
その才能ってジイさんからオヤジさんに流れて周太も受継いでる、3代続けて翻訳の天才って余程のモンだからね、運の問題だけじゃない、」

運の問題だけじゃない、それは事実だろう。
そう想えてしまう裏づけに祝福と哀切の二つから英二は微笑んだ。

「前に光一、湯原の家は砲術方だって調べてくれたけどさ、最新の技術を知るため西洋の本も読んだよな?だったら翻訳はお家芸ってことなんだ、」
「だね、」

短く応えて光一は薪ひとつ炎へとくべた。
からり軽やかな音から火の粉きらめいて黄金が舞う、その光が温かい。
また山の大気は冷えこんでゆく、そんな天候変化に深呼吸ひとつで任務の意識へ替えた。

「いま寒冷前線が通ってるな?霧で見えないけれど上空は、積乱雲が発達しているかもしれない、」

観天望気に見あげた頭上、濃やかな白に視界は遮らす。
この不分明に瞳細めた向かい、光一も空を仰いで直ぐ無線機を取出し告げた。

「界雷と降雹の危険アナウンスやるよ?第2小隊全員と奥多摩交番、奥多摩の山小屋全部だ、」







(to be continued)

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