萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

Vol.11 Wisdom 叡智の標 act.2-Savant

2017-07-27 00:23:38 | Savant
shadows and a feeling of peacefulness
馨二十歳、紀之十九歳の四月


Vol.11 Wisdom 叡智の標 act.2-Savant

静かだ、別人の貌。

「…」

無言の横顔、鉛筆が奔る。
やわらかな真直ぐ駆ける音、ページ繰る音、綴られる筆跡グレーに光る。
窓やわらかな陽の鉛筆はじく、なめらかな、でも鋭い独特に馨は見つめた。

―楷書だけど速記みたいなもの、だね…紀之オリジナルの、

書斎の片隅つい呼吸ひそむ、だって乱したくない。
集中力それくらい発揮する横顔、だから不思議になる。

どうしてボーダーラインなんだろう、いつも?

「よしっ、できた!」

からん、鉛筆ころりデスク鳴る。
とんとん原稿用紙の揃う、その武骨な手に訊いた。

「あのね紀之、こんなに集中できるのに…どうして、いつもボーダーラインぎりぎりなの?」

ほんとうに不思議だ、いつもどうして?
この一年ずっと見てきた謎に、鳶色の瞳が笑った。

「ラテン語が俺を嫌っちまうからだろな、馨はソンナ感覚まったくねえだろ?」

低い声からり徹って笑う。
その武骨な手くしゃり、かきまぜた髪の跳ねに言った。

「なんか紀之のその言い方、僕…ちょっとひっかかる、」

ほら、喉元なんだか詰まる。
こんな感覚あまり好きじゃない、けれど友達は笑った。

「ひっかかるって、何がどうなんだよ?」
「ん…嫌われるってこと、」

声にして古い紙が香る。
しんと静まる書斎の匂い、そっと呑みこんで続けた。

「僕だって、なんにもしないで理解できるわけじゃない…苦手でも諦めないだけ、理解できるまで諦めないだけで、」

今が初めてじゃない、言われたのは。
そのたび抱えこんだ本音に鳶色の眼が笑った。

「なあんだ馨、ちゃんと言えるじゃねえか?」

暮れるデスクの陰翳、明眸が笑ってくれる。
窓の陽おだやかな輪郭シャープで、そのくせ朗らかに笑った。

「そーゆー本音がな、ちゃーんと人間らくてイイ。なんか俺すげー安心した、あはははっ、」

薄闇の書棚、笑い声が透る。
こんなふう笑ってくれるなんて?予想外で首かしげこんだ。

「人間らしい、って…紀之は僕のこと、なんだと思ってたの?」
「いつも言ってるだろ、悔しいけどな?」

低いくせ朗らかな声が応える、この声もう馴染んでしまった。
そんな二度目の春の夕、黄昏の窓くしゃり赤い髪。

「悔しいのは…僕こそだよ、紀之?」

赤い髪に呼びかける、ほら、もう君の眼が笑う。
鳶色くるり明るい眼、その深い明眸が僕を映す。

「へえ?ソコントコちゃーんと話しちまえよ、明後日のテッペンで、」

明後日、その前に明日がくる。
明日を超えたら話せるだろうか、想いただ微笑んだ。

「そうだね…あさって、てっぺんでなら、」

もう24時間ない朝の訪れ、そんな黄昏に鳶色の瞳まぶしい。

(to be continued)

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