萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.18-side story「陽はまた昇る」

2017-03-15 23:29:12 | 陽はまた昇るside story
Repair me now, 補填に今、
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.18-side story「陽はまた昇る」

同じ朝食の席につく、その日常あと1時間。

「なーんか、国村さんがスーツって変な感じですね?」

同僚がごちる声、味噌汁の湯気ごし肯ける。
出汁ゆたかな香いつもどおり、けれど「変な感じ」にテノールが笑った。

「変なカンジって高田、俺ソンナにスーツ似合わないかね?」
「すっごい似合いますよ?だから変なカンジなんです、」

皿のトマト箸先ついて、ジャージ姿が首かしげる。
このひとも週休だったな?隊服の脚つい組んだ前、同僚で先輩が言った。

「この宮田さんみたいなカッコ、下は隊服で上はカットソーとか国村さんっぽいワケですよ?どっか山の気分があるっていうか、」

いきなり事例にされたな?
だしぬけな指摘と箸うごかす隣、スーツ姿の山ヤが笑った。

「山の気分ねえ、ソウイエバ宮田のクセに昨夜のカッコのままだね?」

宮田のクセに、ってなんだよ?
可笑しくて吹きだしかけて、ぬか漬けごくり呑みこんだ。

「ふっ…俺のクセにって国村さん?なんですかそれ、」
「だっておまえ、いつも洒落モノしてるだろ?山から戻って風呂シテナイとか宮田らしくないね、」

底抜けに明るい眼からり笑う。
言ってくれる言葉と肉野菜炒め箸つけて、甘辛い香ばしさ微笑んだ。

「最後の警察飯つきあえ言ったの国村さんですよ?おかげで着替える暇もなしです、」
「あれま、ホントに青梅署で風呂してこなかったんだ?へえ?」

闊達なトーン笑いだす、黒目あざやかな瞳にやり細まる。
弓型きれいな眼ざし普段通りで、変わらない朝にすこし笑った。

「風呂の時間も節約したんですよ、藤岡と話したかったから、」
「そりゃ有意義な時間だったね、ちっと成長したんならイイけどさ?」

唇の片端あげて聡い眼が笑う。
いつもと変わらない揶揄ってくれる朝、けれど違う姿に微笑んだ。

「ほんと変なカンジだな?高田さんの気持ちわかります、」

いつもどおり笑っている、だからスーツ姿は「変だ」と想ってしまう。
どうして隊服姿じゃないのだろう?あたりまえだった日常の食卓、かたん、トレイふたつ置かれた。

「おはようございます、変って何がですか?」

あ、なんか頭痛い?

「俺のスーツ姿が変らしいね、浦部はどう?」
「かっこいいと思いますよ?小隊長は顔だち上品だし、」

落ち着いた声さらり笑う、その台詞ごと脳が疼く。
なんだか二日酔い戻ってきた?

―ほんと俺、浦部アレルギーだよな?

目の前さらっと白皙が座る、明るい穏やかな笑顔は人好きだろう。
誰からも好かれる篤い人望、誠実冷静なくせ明るい愉快、そんな男は自分と真逆だ。

「ほら浦部、イマサラ俺を褒めたってナンもならないよ?」
「あははっ、じゃあ8年後の貯蓄にしてください、」
「それって浦部、未来の警察医先生と今からってことか?」
「うん、高田さんも今日でサヨナラとか甘いですよ?健康診断とか検案とか世話になるんだろうし、」
「おやまあ、浦部は計算高いね?やっぱ副隊長に推薦して正解かね、」
「あ、期待してくれます?黒木さんのサポートがんばりますね、」
「浦部と黒木さんかあ、なんかハマりますよね国村さん?」
「だね、俺のセレクトいいだろ高田?」

三人会話おおらかに明るい、この明るさ「山」だろうか?
自分とは違う経歴たちの隣、頭痛と味噌汁すすって呼ばれた。

「宮田、さんは大丈夫ですか?」

朴訥な声が呼ぶ。
呼ばれて意外で、顔あげてつい言った。

「谷口さん?いつから座ってました?」

真正面、雪焼あざやかな寡黙が座る。
この男が同席するなんて意外だ?その大きな目しずかに自分を見て、ふっと笑った。

「浦部さんとさっき…下向きすぎだ、」

澄んだ朴訥ちいさく笑う、その言葉すこし変わった。
敬語から近づいた物言いに笑いかけた。

「俺でも下向きな日はあるんですよ、ちょっと二日酔い気味ですしね?」

それでも昨夜すこし元気になれた。
あの同期が一緒に笑ってくれなければ今、もっと酷い顔だったかもしれない?

―藤岡が吐き出させてくれたおかげだよな?

奥多摩で共に過ごした同期、あの時間ごと昨夜は温かい。
近づきすぎることはなく、遠すぎることもなく、会えば一緒に泣いて笑ってくれる。
あんな時間また過ごせたらいい、想い箸うごかす食卓に静かな低い声が言った。

「…啓次郎はひどいらしい、」

けいじろう?

―あ、佐伯啓次郎のことか?

言われた名前に昨日が戻る。
生粋の山男、そんな貌した不遜で誠実で清々しい眼。

『僕に営業しても無意味だ、そんなやつザイルの信頼できないだろ?』

静かな凛冽、まっすぐ自分を射抜いた。
あの男は誤魔化しも計算も役立たない、肚底まで晒される。

それなのに今「ひどいらしい」?予想外の言葉に訊いた。

「ひどいって谷口さん?佐伯さんが二日酔いだってことですか?」

あの山男が?
意外すぎて笑いたくなる、そんな事実を肯かれた。

「ああ…週休で良かった、」

浅黒い頬ふっと和ます。
物静かな笑いかた印象が変わる、初対面と違う山ヤに微笑んだ。

「谷口さんは物静かですよね、山と印象が変わります、」

初めて顔合わせた奥多摩山中、静かだけれど激しかった。
今は話し方から違っている、そんな大きな瞳ふっと和ませた。

「山だと回転速くなる…いい緊張感で、」

朴訥な語り口は穏やかに深い。
年次は七年上でも高卒だから年の差一歳だけ、この近しい先輩に尋ねた。

「谷口さんは佐伯さんと親しいんですよね、同じ芦峅寺ご出身だと伺いましたが、」
「ああ…親戚だ、」

答えて肉野菜炒め箸つけて、丼飯と口はこぶ。
静かだけれど大らかな作法どこか爽やかで、燻る嫉妬ゆっくり宥められる。

―親戚か、だったら佐伯にも思えるかな?

この谷口も最初、自分は嫉妬していた。
芦峅寺出身、憧れの地に生まれた現実が羨ましくて妬ましい。
そんな本音は今も燻る、けれど向きあい飯を食うごと変わってゆく。

こんな感覚が「山」はいい?なんだか愉快で笑いかけた。

「谷口さん、お大事にって伝言は佐伯さんを怒らせますか?」

冗談、でもプライド障る?
それでも笑いかけた食卓、納豆まぜる朴訥が応えた。

「啓次郎なら笑うかな…で、吞み潰しにくる、」
「吞み潰し?佐伯さんまた俺と呑んでくれるんですか?」

返答くりかえして可笑しくなる。
あの男と「呑み」またあるだろうか?つい笑った隣から言われた。

「呑む呑み潰すってね、浮気の相談かね?み・や・た、」

テノール愉しげに揶揄ってくれる。
なんでそうなるんだろう?相変わらずのザイルパートナーに笑った。

「酒飲むだけで浮気になるんですか?昨夜も国村さん発案だったのに、」
「オマエの酔いつぶれた貌を見物したかったからね、ヨソで勝手は…あ?」

陽気なテノールが途切れて止まる。
その視線たどった先、テレビからニュースが話す。

「昨日は国公立大学の二次試験合格発表でした、東大キャンパスは午後0時半、合格番号の掲示が…」

ああ、そんな季節だったな?
流れるニュースかたわら生卵に醤油さして、置きかけ言われた。

「あれ?これ湯原くんじゃないか?」

え?

「どうだろねえ?他人の空似かもよ、」

からりテノールが笑う、その声どこか愉快に響く。
そういえばそうだ、さっきも?

『いいかい英二、つかまえたいんなら今日だよ?』

あれは「他人の空似」と関係ある?
気づいて上げた視線、テレビ画面が喋った。

「彼氏彼女で合格っていいね、今日から東大カップルだね?」

マイク向けられる質問、その中心は途惑う黒目がちの瞳。

「え…?」

鼓動が止まる、呼吸が止まる。
止まった世界、ずっと逢いたい唇が開く。

「あの…これニュースになるんですか?」

聴きたかった、この声。

―周太だ、

人混みの中心、逢いたかった瞳が途惑う。
昨日この場所に君がいた、それは夢への意志だろうか?

『樹木医になりたいんだ…僕、』

穏やかな声そっと告げる、あの夢に君は研究生になった。
そして学びなおす決意したのだろうか?警察よりずっと似合う世界で。

―それならいいんだ…幸せでいてよ周太?

君が大学にいる、その映像に世界が止まる。
あいかわらず恥ずかしがりな困った顔、その隣にテロップ映った。

“東大に合格も恋も咲く”

え?

「やっぱり湯原くんかな?可愛い女の子と一緒だけど、警察辞めて東大行くんだ?」

誰かが指摘する、その言葉に視界が瞬く。
一緒に誰がいるのだろう?見つめて、認識が跳んだ。

がきっ、

「うあっ、宮田さんおいっ!?」

がきり、

掌なにか砕ける、濡れる、なんだろう?
固い濡れた感覚に戻した視線、テーブルは醤油の海だった。

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

第85話 暮春act.17
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