萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

神無月十七日、葡萄― Bacchus

2016-10-17 23:55:33 | 創作短篇:日花物語
指先の想い
10月17日の誕生花



神無月十七日、葡萄― Bacchus

ホンモノじゃないよ、知ってる?

そんなふう君が言ったから、だから忘れられない。
それなのに君は今とっくに忘れているだろう、今。

「ほら!あそこにいるよ、渡してきなよ?」

ぽん、友達の手が背中を敲く。
制服のブラウスたわんで熱ふれる、肌じわり鼓動が敲きだす。
今なら駆けよれるのだろうか?想いに一歩、踏みだした廊下は文化祭。

「めいろー迷路だよー、面白いよ!」
「お好み焼き今なら100円でー、30分限定!」
「3―Bでおしばい始まりまーすっ、」

賑やかな声、華やかな看板、楽しげな笑顔たち。
フェイスペイントの人もいる、髪もいろんな色彩それぞれ個性。
今日はお祭り文化祭、そんな廊下いつもと違って、違う空気にペットボトル握りしめた。

「おつかれっさま!」

なんとか声でた、でも、ふりむくかな?
見つめた廊下の端っこ真中、茶髪やわらかな長身ふりむいた。

「あ?おつかれ、」

低めのバリトン応えてくれる、ほら向きあった。
いつもと同じすこし眠たそうな眼、いつもどおり茶色い髪。
この髪は染めたのではないと知っている、でも、いつも違うベストスーツにエプロンどうしよう?

―やだ似合いすぎギャルソンかっこいい、

黒い長いギャルソンエプロンやたらはまる、それにベストとネクタイ。
いつもの制服ズボンとワイシャツ、だけどベストにネクタイそれからエプロンが非日常だ。

って見惚れている場合じゃないでしょう私?ほら怪訝な眼がこっち見る。

「あのね、これ差入だってクラスみんなにセンセ、イから、」

今うわずったかもしれない私の声だいじょうぶ?

「お?ファンタじゃん、なつかしー、」

よかった普通に答えてくれるだいじょうぶ。
いつもどおり笑ってくれる、心裡ほっとして笑顔すっと出た。

「なつかしーよね。オレンジかグレープだけなんだけど、どっちがいい?」

ペットボトルふたつ差しだす、この「ふたつ」が重要だ。
どちら選んでくれても重要は変わらない、そして鼓動また敲きだす。

「どっちでもいいよ俺、おまえドッチがいいわけ?」

訊いてくれるんだ私の好み。

―こういうとこ優しいんだよね、だから、

だから、こんなふう鼓動そっと敲いてくる。
さっきより柔らかなノックに笑顔こぼれた。

「私どっちも好きだから先に選んでいいよ、その格好も無理やりさせちゃったし、」

ほんとうは嫌だったろう、彼の性格だと?
この半年ずっと見てきた長身はネクタイゆるめた。

「うん、窮屈だよなあコレ。女の子ってこーゆーカッコ好きなワケ?」

素直に「うん」なんて肯定してしまう。
この率直さ半年ずっと見て知っている、そんな笑顔につい笑った。

「好きだよね、カッコいいもん、」

ちょっとまって私ふらいんぐでしょうその台詞?

―やだスキ言っちゃったカッコいいとか待ってまって私、

どうしようまだ言うところじゃない、心の準備そこじゃない。
途惑って首すじ熱くなりだして、けれど茶髪は普通に笑った。

「そんなもんかね?じゃあ俺、グレープもらうな、」

ワイシャツ袖まくりした腕すっと伸ばされる。
差しだされた手が大きい、その指先に気づいてしまった。

「なんか爪が紫っぽいよ、大丈夫?」

怪我でもしたのだろうか、こういうの鬱血だっけ?
心配と見あげた真中、ペットボトル片手の笑顔こぼれた。

「これ?気にしなくてイイよ、ブドウの皮だから、」
「ぶどうのかわ?」

どういう意味だろう、ああそうか?
すぐ気づいた先、大きな手ペットボトルの蓋ひねる。

「爪そんなになるまで食べたんだね、巨峰?あれ紫になるよね指、」

話しかけながら手を見てしまう、ペットボトル持つ大きな手。
こちらの手にもオレンジ一本持っている、その蓋そっと開けて言われた。

「アタリ、俺だけ食ったワケじゃないけどさ、」

俺だけ、じゃない?

「あ…だれかのために剥いてあげたんだ皮?弟さんとかいるんだっけ、」

妹や弟のため指先を染めてしまう、そういうのいいな?

「ハズレ、」

低いバリトン答えてくれる、その口すぐペットボトル煽りこむ。
プラスチック透ける紫に泡きらめいて、こくり、のどぼとけ揺れる。

―男の人なんだなあ、きれいな顔してるけど、

きらめく紫色にくちつける、その横顔は端正やさしい。
中庭からの陽ざしに茶髪きらめく、きっと髪やわらかいのだろう。
ほら外ちらり見た長い睫きらめく、この瞳に見つめられたくて質問した。

「じゃあ妹さん?」
「ハズレ、近いけど違う、」

応えてくれる低い透る声、その眼が笑っている。
悪戯っ子みたい明るい眼、この眼つい見てしまう。

「ファンタってさ、なんで無果汁なのか知ってる?」

いきなり質問だ?
その言葉ちょっと反芻して驚いた。

「え?ファンタって果汁なんにも入ってないの?」
「そうだよ、無果汁って書いてあるだろ?」

言われて自分の手のなかペットボトル見る。
ラベルの表示たしかに「無」で、予想外の事実にタメ息でた。

「うそー、くだもの沢山いっぱい入ってる思ってたーしょっくー、」

ああ好きだったのにこの果実感。
それなのに違った現実に低いバリトン笑った。

「あははっ、そこまでショック受けるかよ?」
「だって好きだったんだよーファンタのこの果実感、」

ため息こぼれて、でも鼓動やわらかに弾んでくる。
だって会話ちゃんとできている、ただ嬉しくて、けれど言われた。

「それホンモノじゃないよ、知ってる?その理由、」

ほんものじゃない、ショックだそれ。
それなのに嬉しい会話が続く。

「知らないよー教えてよ?」
「ホンモノの果汁が使えなかったんだよ、使えなかったヒントは原産国、」
「げんさんこく?ってファンタの原産国ってこと?日本じゃないの?」

訊きながらペットボトルに口つける、ひとくち飲みこむ。
オレンジの香ふわり甘い、ホンモノじゃないけれど甘く広がる。

「違うよ、ドイツ、」
「ドイツだったんだ?それがホンモノ果汁じゃない理由になるの?」
「そういうこと、なんでだと思う?」

質問また投げて笑ってくれる、悪戯っ子なくせ睫きれいな眼。
この眼もっと自分に笑ってほしい、見つめてほしい、だからペットボトルふたつ持ってきた。
同じジュースだけど違う味、そこに言える願い唇ひらいて、

「あ、ゴメン俺ちょっと外す、」

唇ひらいて、でも、あれ?

「え?」
「俺いまから1時間の休憩な、青木に言っといて?」

長い睫の瞳が笑う、すごく機嫌よさそう。
茶色やわらかな髪ひるがえし制服の脚が駆けだす、黒い革靴はずんで鳴る。
窓ふわり飛び越える長い脚、中庭まっすぐ駆けて、細いくせ広やかな黒いベストの背中。

「あ…」

あっというまだ、瞬間なんて。

ひとり残されたオレンジ色のペットボトル、掌そっと冷やしてくれる。
そんな廊下の窓のむこう明るい中庭、彼が立ち止まる。

「あ、」

あの女の子、見たことある。

「遅かったじゃん、おまえまた迷子になったんだろ?」

見つめていたかった声が彼女に笑う、ほらあの長い髪。
あの白い横顔やっぱりそう、入学式あの日もそうだった。

『あ、ゴメン俺もう行くな?』

入学式あの日、あの帰り道も君は笑って行ってしまった、今みたいに。

「2時間とか大冒険だったなあ、がんばったエライえらい、」

低いバリトンが風に透る、ここでも届く、でも遠い背中。
ただ見つめるだけの距離、ギャルソン姿がワンピースに笑う。

「あははっ、ソンナむくれたって遅刻したのオマエだろが?」
「…っ、…んなさい、…ね、」

喧騒かすかに届く声、ソプラノやわらかに澄んでいる。
長い髪さらさら風ゆらす、あの横顔に君は駆けていった、入学式あの帰り道も。

「やった、おまえナニ食いたい?」
「ん…その……ね?」
「おまえもソレ言うんだ、そんなにイイもんか?」

ふたり笑いあう、遠いけど解かる。
ただ楽しそうな笑顔ふたつ、そして横顔はペットボトル差しだした。

「あ、」

ワンピースの笑顔、ぶどう味のペットボトルにくちつける。

ためらわなかった、またたき一つも。
ごくふだんどおり、いつもどおり、そんな横顔ふたつ。
そして香る、ぶどうが香る、ホンモノじゃないはずなのに葡萄は香る。

「たまには美味いだろ?おまえブドウ好きだし、」
「ん…、きの……ありがとう、」

ちいさな横顔ふわり笑う、長い黒髪やわらかに風が梳く。
白い頬やわらかな薄紅色、その瞳に長い睫の眼きっと笑っている。

きっと、私の知らない優しい瞳で。


葡萄:ブドウ、花言葉「好意、陶酔、信頼、思いやり、慈善、酔いと狂気」

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