萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第9章 Aither 天上の光 act.19-Aesculapius 杜嶺の医神

2017-04-21 22:00:06 | Aesculapius 杜嶺の医神
From God, who is our home 故郷の懸崖
雅樹28歳・光一13歳9月


第9章 Aither 天上の光 act.19-Aesculapius 杜嶺の医神

鞄つかむ、運転席ドア開けてサイレンが近い。

「ごめんね光一、待合室にいられると思うから、」

ばたん、

閉じた扉やたら響く。
四駆ロックして澄んだテノール応えた。

「俺のことイイから行って雅樹さん、ジイサン先生が待ってるねっ、」
「ありがとう、」

微笑んで腕そっと伸ばして、ふわり少年の頭ふれる。
黒髪さらり掌ながれて、見あげてくれる眼ざし澄んだ。

「焦らないでね雅樹さん、いってらっしゃい、」
「うん、いってきます、」

うなずいて踵かえして、駆けだす。
コンバースの靴底やわらかに走って、町立病院の扉を開けた。

「医科歯科大の吉村です、葛城先生に呼ばれてまいりました、」
「吉村雅樹先生ですね、こちらへ、」

通用窓口すぐ応えてくれる。
もう話はついている、そんな廊下すぐロッカー通された。

「こちらをお使いください、術衣一式あります、」

がたん、扉を開けて鍵すぐ渡してくれる。
いくらか古びたロッカー、けれど真新しい術衣に微笑んだ。

「ありがとうございます、手術室へ向かえばいいですね?」
「はい、院長さんがお待ちです、」

ベテラン、そんな笑顔が肯いてくれる。
会釈して廊下を出て、ぱたり閉じた扉にすぐシャツ脱いだ。

―院長さんって今も呼んでるんだな、ここでは?

もう定年で退任したはず、だから警察医と診療所を兼務できる。
けれど今だに呼ばれるだけの歳月と親愛なのだろう。

『今すぐ来い吉村っ、銃創の処置を教えてやる!』

呼び出された20分前、町立病院は老医師の指揮下だったろう。
それだけ国内の症例は少ない急患、その緊迫感にマスクつけた。

「よし、」

がたん、がちり、

施錠して廊下、見覚えたどって手洗い場に入る。
ここで使うのは初めて、それでも対して違いはない。

―でも蛇口だな、まだ?

大学病院ではセンサー式、それでも遣り方は知っている。
腕をたて両肘で挟んで蛇口、開栓ざばり迸った。

―銃創の処置、まず盲管か貫通か?銃とブレッドにもよる、

頭脳めぐらせ手もと動かす。
ブラシ細かく慌ただしく爪先こする、イソジンほろ甘く苦くマスク徹る。

―有害動物駆除だから大型獣用、散弾銃なら1オンスの単体弾だろうな、被弾場所はどこだろう?

内臓や筋肉によって弾力性と結合性が異なる、また骨に当たっても変わる。
そのため着弾箇所によって瞬間空洞の規模は違う、それが生死をも分ける。

―肝臓だと破壊が大きくなる、そのぶんだけ雑菌が、

命中した瞬間、被弾した傷から空洞現象が起こる。
人体に着弾して1/1000秒間に空洞は発生、弾丸の直径何倍にも膨れて急速に収束し元に戻る。
そのとき傷口から体内に外気を吸引し、吸いこまれた外気のゴミや着衣の繊維は雑菌の繁殖コロニーを成す。

―傷の保護を正確にできてればいい、でも葛城先生の声の感じはたぶん、

雑菌のコロニーが生じれば、高確率でガス壊疽が起きる。
それが四肢であれば切断処置、胴体部なら内臓が破壊されてしまう。
内臓が壊死すればどうなるか?だからこそ危急に手洗いを終え、手術室へ入った。

「来たな吉村、」

肚響く声ずしり呼ぶ。
もうガウン着たマスク姿に頭下げた。

「葛城先生、ご教示よろしくお願いいたします、」

日本では数少ない症例、その現場に立ち合わせてもらう。
まだ未知の扉の前、老医師の眼にやり笑った。

「吉村、おまえさんも執刀してもらうぞ?」

言われて視界が止まる。
何を言われたのか?反芻して鋭い瞳また笑った。

「おまえさんは猟銃持ちの医者だ、ナンも出来んとは言わせんぞ?」

煽ってくれる、こんなふう精神力を駆るのは老医師の癖だ。
それだけの難問にガウンとった前、声また煽った。

「さっさと支度せんか、患者が着くぞ?」

清潔手袋はめながら老医師の眼が笑う。
余裕がある、そんな声に眼ざしに覚悟ひとつ呑みくだす。

(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

※豊科日赤=豊科赤十字病院、現・安曇野赤十字病院(名称変更2006年)/医科歯科=東京医科歯科大学の略称

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