萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

弥生八日、辛夷―from Recollections

2017-03-08 01:55:10 | 創作短篇:日花物語
頭上、森の蓮
3月8日の誕生花



弥生八日、辛夷―from Recollections

最期の一握、埋めて終わる。

「うん…」

微笑んで小瓶、さらさら零れる。
さらさら薄紅あわい白、かすかな色さえ土にとける。
細やかな粒子きらきら木洩陽まぶして、大樹の根もと君が還る。

―…あの森へ、僕を…

聞こえる、君の最期の声。
こぼれる白きらきら瞬く声、もう聴けない大好きな声。
あの声ずっとずっと聴いていたかった、そう約束していたのに?

「嘘つきだな…ひどいよ?」

声そっと笑って、ほら、終わる。
白い粒子きらり一滴、もう零れないガラスの底。
それでも名残るまま愛しくて、棄てられない小瓶そっと横たえる。
土の底きらり陽を弾いて、ガラスと白い薄赤い粒子たちに微笑んだ。

「ゆっくり眠れよ?いつか樹になるまで、」

大樹の根元、いつか粒子たち吸われて育つ。
そうして芽吹き葉をひろげて、木洩陽きらめく命を謳う。

―…お願い、僕をあの樹に、

君が願う、木洩陽に君の粒子きらめく。
かすかに赤い白い粒子、その光に一握そっと土をふる。

「よくがんばったもんな…よく眠れよ、ゆっくり、」

語りかけて、土ほろ苦い香たつ。
掌の肌ふれる冷たさ森の粒、握りしめて温めて、ふりかける。
指のすきま黒く深くこぼれてふる、さらさら君のかけら埋めゆく。
薄紅あわい白に土が散る、ふかい深い黒に蓋われて、融けて、そうして君の最期が埋まる。

「よくねむれよ…いつか樹になるまで、な?」

語りかけて一滴、土が濡れる。
一滴ふわり雫こぼれる、こぼれて土に消えてゆく。
黒い土ゆるやかに黒深くなる、この涙は君に融けるだろうか?

「いま笑ってる?…大好きだった樹に、なれるんだもんな?」

笑いかけて視界ゆらぐ。
滲んだ一滴あふれゆく、頬ゆるやかに熱が伝う。
やわらかな熱しずかに零れて落ちて、そうして最期の君に降る。

「涙で芽吹くのかな…いつか、」

微笑んで睫が重たい、濡れた視界ゆるんで零れる。
あふれて零れて止まない涙、もう我慢しなくていい誰も見ていない。
ずっと葬儀では泣かなかった、堪えていた、そうして森の底ようやく君を濡らせる。

「嘘つきだな…俺のこと置いてくなんて、ずっと一緒って言ってたろ…?」

想い零れる、涙こぼれる。
訴えたい伝えたい心あふれて熱い、この熱すべて君を濡らせばいい。
もう大樹に抱かれてしまう君、君が呼んだ場所で、君の時間つむいだ梢に君が融ける。

「名前で呼んでよ?俺のこと…呼んで?」

呼びかける、あの日のまま。
初めて名前を呼んでくれた、あの日の君が木洩陽にいる。

―…名前で?

そうだよ、俺の名前で呼んで?
苗字じゃなくて名前で呼んで、俺だけを君の声で。

「呼んでよ…俺を、」

どうか呼んでほしい、あの日のまま君が。
どうか君の声で呼んで、今すぐ自分を呼んでほしい。

「呼んで…?」

唯ひとつ願って見つめて、ため息そっと樹にもたれこむ。
登山ジャケット透かす木肌しずかで、どこか温かい。
背中ふれる温もり優しくて、ほっと仰いだ。

「お…花?」

仰いだ視界、白ほころぶ。
もたれこんだ大樹の梢、その交わす細い枝に白。
ほころぶ純白まばゆく浮かぶ、あの花の名を君に訊きたい。

「なんて花だっけ…教えてよ?」

どうか教えて、君の声で。
君に花の名を教えてほしい、去年の春のまま。
一昨年の春も君が教えてくれた、だから今もこの先もずっと。

「…だから呼んでよ?」

そうして隣にいたい、君の隣ずっと永遠に。


辛夷:コブシ、学名 Magnolia kobus、花言葉「自然の愛、友情・友愛、信頼、乙女のはにかみ」

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2 コメント

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Unknown (dam)
2017-03-08 15:14:20
今朝ラジオで八日の花が「こぶし」で花言葉も知りました。
そして今ブログみてびっくり。  嬉しい。
悲しいお話だけど、私の思いにしっくりして、こういう描き方もあるのだと、少しうるうるしながら読みました。
智さんの頭のなかには話のタネがぎっしりと詰まって
いるんだろうなあ、と羨ましくて妬ましいです。
danさんへ (智)
2017-03-09 00:52:49
喜んでもらえて嬉しいです、笑

物語の種はたぶん、経験なんだと思います。
自分に蓄積されている五感と感情の記憶が、物語も文章表現も生むんだろうなあと。
ある意味で・自身の記憶に素直であることじゃないでしょうか、
だからdanさんの随筆は素敵なんだと思いますよ?笑

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