萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第9章 Aither 天上の光 act.8-Aesculapius 杜嶺の医神

2017-02-12 22:26:12 | Aesculapius 杜嶺の医神
Thou little Child, yet glorious in the might 少年の空 
雅樹28歳・光一13歳9月



第9章 Aither 天上の光 act.8-Aesculapius 杜嶺の医神

黄金ひるがえす、朱色茜色。
たなびく紫雲は記憶の色、あの背中。

―…ホント雅樹の笛はイイね、なんでもくれてやりたくなる、

声が響く、金色に透ける雲が紫染まる。
風はためく登山ジャケットも紫深い、あの声が好きな色。

―…なあ雅樹、夕陽と朝陽って似てると想うか?

深い低い、そのくせ徹る涼しい声。
高峰まばゆい黄昏の聲、嶺を駈ける紫色、朱色きらめく横顔。
あの背中が紫雲に駈ける、まぶしくて懐かしくて、鼓動ひらく喉ふるえる。

「…、」

声が消える、朱い風さらわれる。
黄金まばゆい光芒の稜線を紫駈ける、深い藤色ひらめいて揺らされる。
しずみゆく太陽に光彩まばゆい、そうして記憶の声が謳いだす。

Et voudrais bien que cette nuit encore
Durât toujours sans que jamais l'Aurore
Pour m'éveiller ne rallumât le jour.

それも今夜また認めてもだ
かつての暁は今もまだ続いて
僕を覚まそうと 陽の光また燃えないで

―…Pour m'éveiller ne rallumât le jour. いい夕焼けだな、

口ずさんだ聲、あなたの想いは誰にある?

そんな問いかけに稜線が燃える、高らかな岩峰そびえる紫が濃い。
あなたは登山ウェアにこの色を好んだ、この色なぜ選んでいた?

『オヤジの手伝いでいたとこにアキさんが吉村先生と現れたんだ、中学生で北鎌に登るって言うから驚いたよ、』

聴いたばかりの言葉なぞる、小屋主が教えてくれた古い時間。
自分が知らない時間のこと、それでも同じ風光に今たたずむ。
この夕空をあなたも見たのだろう?

「空の柱が燃えるね…雅樹さん、」

呼んでくれる澄んだ声、その温もりに戻される。
よりそう華奢な肩も黄金そめて、茜色まばゆい少年に微笑んだ。

「うん、光一も太陽の色になってるよ?」

ほんとうに「光一」だな?
名づけの由来そのまま輝いて、まぶしい瞳ぱっと笑った。

「雅樹さんこそ太陽色だねっ、別嬪神々しいばかりだよ?」

ほら、またこんなこと言ってくれる。
底抜けに明るい瞳に笑いかけた。

「そんなこと言われると恥ずかしいよ?僕なんて凡人なのに、」

ほんとうに自分はその程度だ?
本音と笑った懐に華奢な腕が抱きついた。

「俺には特別だもん雅樹さんっ、凡人がナニか知らないけどさ、ナンカそんな言い方って寂しいよ?」

青いウェアが抱きしめる、ふわり甘い香くるまれる。
唇かすめる嶺風に凍えそうで、けれど温かな懐を抱きしめた。

「ありがとう…僕にも光一は特別だよ?」

特別だ、だから五年前ここを独り歩いた。
そして抉られた傷は今も名残る、その伴侶が笑ってくれた。

「おたがい同じってイイねっ、空の柱でも一緒できるねっ、」

同じ、一緒、そう笑って黄昏きらめく。
澄んだ無垢まっすぐ見つめて、ただ愛しく笑いかけた。

「そうだね、このあとは夕ごはん一緒だよ?」

もう時間だろう?
そんな落陽まばゆい尾根、華奢なウェア姿が鳴った。

「だねっ、一緒したいって腹も返事したねっ、」

健やかな声が笑う、深く澄んで風に透ける。
父親とは違う声、けれど似ている空気が懐かしむ。

「雅樹さん、ここの夕飯って量たっぷりかね?」

ほら、健やかな質問が見あげてくれる。
あいかわらず元気な宝物に微笑んだ。

「うん、ご飯もおかわりができるよ、」
「やったね!俺ウンと腹すいちゃったもん、」

元気いっぱい笑顔まばゆい。
黄金あふれる道かろやかな脚、華奢な背中は登山ウェア青い。
まだ幼い少年、その敏捷しなやかな強靭に訊きたくなる。

“Pour m'éveiller ne rallumât le jour.”

黄昏に謳う声、もし君なら何て解く?
今、君は幸せ?

問う唇を嶺風かすめる。

(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」/Pierre de Ronsard「Les Amours de Cassandre」】


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