萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.31-side story「陽はまた昇る」

2017-08-05 23:10:00 | 陽はまた昇るside story
for He put it in my breast.
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.31-side story「陽はまた昇る」

歌姫に、ほんとうに寄り添えるのは誰?

聴きたかった声が問う、問いに白銀が舞う。
雪ゆるやかに籠める森、ただ君の声が響く。

「ね、英二…もしファントムが天使みたいに美しいひとだったら、それでもラウルを選んだかな?」

ひとりの歌姫、ふたりの真逆の男。
その物語に仮定を君が問う。

「歌姫はファントムのこと、音楽の天使って呼んで憧れてたのに素顔を見て変わるよね…でも、もしファントムの素顔が綺麗だったら?」

醜い、けれど才能あふれた男。
醜い、それ以外すべて備えているのに選ばれない。
その疑念まっすぐ澄んだ瞳が自分を映して、白銀の森ふところ問いかける。

「もしファントムの貌が天使だったら、歌姫はどちらを選ぶかな?」

問いかける、君が、あの物語でこの場所で。

“Le Fantome de l'Opera”

遠い異国に生まれた物語、けれど今もう遠くない。
だって何度あのページ想ったろう、あのベンチの時間なぞったろう?
この想い君も同じだろうか、それとも違うだろうか、雪ふる呼吸そっと笑った。

「そうだな…ようするに周太が言いたいのはさ、歌姫は内面じゃなくて顔で選んだってこと?」

声にして白く凍える、そうして記憶が疼く。
だってこんなのまるで自分自身だ、ほら、記憶が喋りだす。

『だから俺の外見だけ目的の人間が多くてさ、俺の中身には用が無いって人が多かった、』

山と酒、山ヤ仲間、焚火の光と音、匂い。
そうして吐きだせた本音の泥、奥多摩で見つめた傷と時間。
あのとき口にした等身大そのまま君が見つめて、穏やかな声で問う。

「そう、だから…もし見た目が同じくらいだったらって…そういうの英二はわかるよね?」

黒目がちの瞳まっすぐ見つめてくれる、この眼ざしに自分は救われた。
それは今も救いなのだろうか?想いただ微笑んだ。

「きれいな人形って言われてる俺なら、ってことだろ周太?」

きれいなお人形さん、そんな自分を救ったのは君だ。

ただ外見だけ玩び満足する、そういう女どれだけ見てきたろう?
それは女だけじゃない、人間はそんなものだと自分も知っている。
だから「利用」している自覚の真中、澄んだ瞳に見つめられた。

「そう…だから美代さんは歌姫に怒るんだ、」

ああ、その話を今はしていたんだった。
思いだして可笑しくなる、だってなぜ?

「は、なんだそれ?」

嗤って唇が冷たい、でも動く。

「怒る?あの女も俺のこと顔だったくせによく言えるな、」

つい嗤ってしまう、あの女どの口で?

「なあ周太?俺とあの女をデートさせたこと、憶えてるだろ?あのとき言われたよ俺、」

嗤った唇が動きだす、苛立つ。

「光ちゃんよりも宮田くんの方がどきどきしますってさ?アレって顔だけ見てたってことだろ、同類だから怒ってんのか?」

君の代わりに会って映画を見た、それだけだ。
それだけの記憶にも苛立つ唇に雪ふれる、心地いい。

「そういえば言われたよ?俺のこと憧れで好きだけど今は湯原くんが一番大切なの、ってさ?あの頃から狙ってんたんだろ、貌だけの俺より周太をさ?」

雪に唇が凍える、いっそ心地いい。

「思うんだけどさ、ラウルは顔がイイだけじゃなくて優しいだろ?ファントムと比べられない能無しだけどさ、優しい男は女を幸せにできるだろ?」

冷たい吐息に声が出る、そして君が見つめる。
この瞳ずっと逢いたかった、ずっと傍にいたい、でも声が出る。

「周太も優しい男だよ、あの女が周太を選ぶのは当然だろ?周太は能無しじゃないし見た目も中身もきれいだよ、でも俺はそうじゃないだろ?」

声が凍える、なめらかに喋りながら。

「周太にも前に言われたよな、俺は綺麗な人形の仮面を被ってるってさ?たしかに俺は顔いつも褒められるし無能でもないよ、でも素顔は醜いよな?」

声ひとつ凍る、白く森へ消えてゆく。
凍える自分の声、それでもいい。

「でもあの女は周太とお似合いだよ、二人とも子どもっぽいけど賢くて大人びてるとこ似てる、一緒にいて楽しいだろ?」

もっと酷いことを君に言う、凍えて当然だ。

「だから周太、もういいだろ?早く行けよ、」

そうすることが君に幸せだ、もう解りきっている。
でも冷たい、喉が。

「ふつうに幸せになれるよ周太は、だからごめんな?男同士で恋愛とかさ、巻きこんで悪かったな?」

一言、一言、喉が冷たい。

「だから周太もうあの女のとこ行けよ?このまま俺に嫌なこと言わせるなよ、」

冷たくて凍える、鼓動も。

「巻きこんで悪かった、ごめん、もう行けよ嫌なこと言わせるなよ?それとも、もっと俺を悪役にしたい?ファントムみたいに、」

凍える言葉、声、自分の声だ。

「もうとっくに悪役だよな俺、ファントムは歌姫を閉じこめてラウルを殺そうとしたけどさ、俺も同じこと周太にしたもんな?」

冷たい自分の声、自分の声が鼓動を刺す。

「周太も憶えてるだろ?初任総合の夜、俺、周太の首を絞めたよな?」

ごめん、君。

「忘れてないよな周太、離したくないからって自分勝手に殺そうとするような俺だよ?ファントムと同じだろ、だからもう行けよ?」

ごめん君、あんなことして傷つけて。
そうして今も傷つけている、そうして離れてほしい。
だって君は幸せになれる、こんな自分からもう離れ放たれて、どうか君だけは。

「もう周太は警察を辞めるんだ、もう俺に守られる必要もないだろ?俺の傍にいる必要はないんだ、もう行けよ周太?」

お願いだから君、いますぐ離れてほしい。
そうしないと離れられなくなる、自分は。

「同性愛なんかに巻きこんで悪かった、ごめん、もう行けよ嫌なこと言わせるなよ?もう俺の汚いとこ曝させるなよ?」

冷たい声、もう終わる。

「ごめん周太、もう行けよ?」

冷たい声、でも微笑んでいる自分。
せめて最期は笑っていたい、願いに黒目がちの瞳ゆっくり瞬いた。

「…だから怒ったんだよ、」

ちいさな唇こぼれる、君の声だ。
こぼれて白くゆらせて、澄んだ瞳まっすぐ自分を見た。

「だから美代さんは怒ったんだよ?美代さんはファントムが好きなんだ、」

無垢ふる銀色、黒目がちの瞳に自分が映る。
何を言うのだろう?見つめるまんなか唇がひらいた。

「ファントムは酷いめに遭っても自分を諦めなかったんだ、醜い貌もバネにして成功して、そういう強さが美代さんは好きなんだ、だから、」

言葉が自分を見つめる、君の声で。
この声に自分はどう映るのだろう?

「だから歌姫に怒るんだよ、歌姫は醜い顔を言訳にファントムを棄てたでしょう?天使って呼んで愛したくせに、だから、」

穏やかな深い響き、その奥から君が見る。
こんなふうに他の誰かの話をする、それでも見つめてくれる瞳は言った。

「だから僕にも怒ったんだ、だいすきだから歌姫にならないでって、」

なぜ、それは、
なぜ?

「なに言いたいのか分からない、俺、」

微笑んで拒絶する、けれど君の瞳が逃げない。
逸らしてくれない瞳まっすぐに君が言った。

「ファントムで天使なんだよ英二は、僕にも美代さんにも、だから美代さん怒るんだよわかって英二!」

わかって、

そう叫んで君の声が肩を掴む、掴まれる。
黒目がちの瞳が近くなる、至近距離まっすぐ君が見つめた。

「どんな貌でも逃げないことが愛することなんだよ英二!だから僕はここにいるんだっ、」

肩を掴む手は小さい、でも勁い。
掴んでくれる掌すこし震えて、それでも君は言った。

「そうだよ英二は最低だよっ、他のひとにせっくすしちゃうしお父さんの日記も勝手に隠すし、いつも身勝手で独り決めでほんとおせっかい困るよ!でも、」

白い息ならべる自分の仕業、その全てから君が見つめる。
白銀やわらかな大樹のふところ、ちいさな手に肩ゆすぶられた。

「でも最低なバカだから愛してるくせにって怒られたんだっ、醜くても生きるひとが大好きなくせにって!」

最低、バカ、醜い、こんなの悪口だ?
それなのに優しい温もり鼓動つかんで、声こぼれた。

「そんなこと言ったのか、あの女が?」

いつも笑っている、そんな印象しかない女。
きっと苦悩なんて知らない、それなのに?

「そんなこと言うよ美代さんは、そういう美代さんだから僕は好きなんだ、」

君の声まっすぐ見つめてくれる、逸らさない君の瞳。
こんなにも堂々と言えるんだ?その想い微笑んだ。

「好きなんだ、恋愛としてだろ?」

やっぱり君はそうだろう?
自分とは違う心に微笑んで、まっすぐ言われた。

「僕の大事な女性だよ、浮気じゃなくて本気です、悪い?」

黒目がちの瞳まっすぐ告げる、その温もり優しい。
どこも隠すことなんかない、そんな無垢に笑った。

「本気ならいいよ、なのになんで俺のとこに来たんだよ?」
「同じだから、」

君の声が応える、穏やかで深い、くぐもるようで響く声。

「同じって周太、俺とファントムが?」
「そう、でも英二だけじゃない、」

穏やかで深い籠る声、でも響く。
白銀やわらかな古木の根元、雪ふる瞳が見つめた。

「ファントムは醜いから売られて、でも勉強して成功して、だけど才能のために酷いめに遭ったよね?それでも生きたんだ…僕も同じでしょう?」

売られて、それでも生きて、そうだ君だ。

「周太…Fのファイル見たんだ?」

君をめぐる鎖、五十年の連鎖を知ってしまった?
そんな言葉に見つめる真中、澄んだ瞳すこし笑った。

「すこしだよ僕は、でも見当ついてるから、」
「そっか、」

うなずいて唇ほろ苦い、雪の匂いだろう。
しずかに冷たい結晶の香、黒目がちの瞳が自分を見た。

「英二は…才能があるからお母さんの実家を継ぐため鷲田さんになって、だから売られる人形みたいに感じて…それでも生きてきたんでしょう?」

売られて、それでも生きて、そうだ自分だ。

「そうだよ、祖母から聴いた?それとも菫さんかな、」
「ん…、」

ただ肯いてくれる髪、黒い波に白銀ふる。
銀色すべる黒髪の艶、しずかな声で笑ってくれた。

「売られて、酷いめに遭って、それでも生きてきた気持ちは同じだね…英二と僕と、」

肩ふれる温もり静かに勁い、大きくないけれど確かな温度。
そんな手が自分をつかむ。

「僕は、警察に売られたようなものでしょう?祖父を恨んでるひとのために…僕の父もそう、それで人生ごと殺されたんだ、」

人生ごと殺された、

こんな言いかたは哀しい、でも事実だ。
その現実に生きる瞳が自分を映して、すこし笑った。

「だから英二の気持ち、僕はわかるんだ…同じだから、」

見つめてくれる瞳が深い、温かい。
納得ゆすられる肩しずかに沁みる、その温度が呼んだ。

「だから愛せるんだぜんぶ、同じだから寄り添えるんだ…だから生きて英二、」

呼んでくれる、君の声。
見つめてくれる君の瞳、もう睫ふれそうだ。
肩つかんでくれる、抱きしめてくれる、冷たい唇に吐息が熱い。

「英二が生きたいように生きていいんだ、どんな英二でも僕はずっと、」

君の吐息が温かい、ふれそうな唇が熱い。
熱くて温かくて沁みる、響く、そして言葉が目を覚ます。

『英二も周太くんの道を肯定できるわ、愛しているなら、彼の自由も愛せる、』

静寂の雪の森、祖母の言った潮騒が響く。
今朝の海で見つめた孤独と感情、その涯は雪と君の熱。

『愛しているなら、彼の自由も愛せる、』

あの言葉そうだ、昔、あのベンチで君が読んだ物語だ。

『Le Fantôme de l'Opéra』

君のためなら怪物にもなれる「Fantom」あの物語みたいに。
愛した歌姫のために命も時間も捧げて、歌姫の恋に自分を消した怪人。
あんなふうに自分も愛すればいい?この温もり一つくれた君を肯いて。

「生きて英二…僕と、」

唇ふれる熱、もう凍えない。

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

第85話 暮春act.30
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