萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.19-side story「陽はまた昇る」

2017-03-19 20:35:11 | 陽はまた昇るside story
By Thy leave I can look,
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.19-side story「陽はまた昇る」

寮の窓、せまい机にページ繰る。

「最後のオシゴトが部下の器物損壊、ねえ?」

からかうテノール呼んで、左手じわり痛覚にじむ。
刺激臭ほろ甘い苦い消毒薬、金属音はピンセット、そんな全て広げた本に眺める。

「さて、いくよ宮田?」

陽気なテノールに左掌、冷たく硬く金属ふれる。
それでもページ眺めたまま、ちりっ、痛み一点に奔った。

「抜けたよ?よくまあイッコで済んだよねえ、日ごろザイル握ってるオカゲだね?」

からかうような呆れたような、いつもの声が笑ってくれる。
いつもなら笑いかえす、けれど鈍い声こぼれた。

「…ごめん光一、」
「なに?手の皮だけじゃなくツラも厚いお詫び?」

からりテノール笑って消毒薬つんと匂う。
刺すような刺激ほろ甘い、じくり薬指から痛み昇る。
こまやかな消毒すばやく優しい、けれど今は顔合わせずページめくった。

「そうかもな、」

たしかに面の皮が厚いだろう、今の自分は。
自覚と眺める救急法テキスト、いなくなる上司が笑った。

「まったくねえ、退職してたら手間賃もらいたいトコだよ?ほら、」

とん、

掌ぴたり圧ふれる、貼られる。
ほろ渋く消毒かすめて、ふっと声でた。

「手間賃やっても知りたいよ、俺だって…」

知りたい、今どうしてる?
想い零れた声に言われた。

「訊くならアト10分だよ?俺も出たいからね、」

あと10分、それでここから消えてゆく。
そんな現実に右手ばさり、テキスト伏せた。

「午前中に周太を捉まえろって言ったよな?さっきのニュースと、東大と関係あるのか?」

ニュースに醤油瓶ひとつ砕いた。
その想い左掌じくり軋んで、滲む痛みに言われた。

「さっきも言ったろ?ソレくらい自分で確かめな、」

朗らかな声、けれど鋭い。
底抜けに明るい瞳は笑って、その言葉まっすぐ刺した。

「ちゃんと見てやんなよ?おまえの理想や夢で煮詰めるんじゃない、そのまんまをキッチリ見て聴くんだよ?」

理想や夢で煮詰めて、

ようするに「思い込み」だと言われている?
その指摘ぐさり鼓動を止めて、痛み口開いた。

「光一も俺の隣から消えるんだろ?周太もあの女の隣だ、俺がどうなっても関係ないだろ?」

唇が動く、鼓動ぐらり沸く。
肚底ゆらいで映像また重なる、さっき見たニュース。

「さっきのニュース、周太と一緒にいた女はおまえの親戚だよな?周太のこと好きだろあの女、あの女に泣きつかれたんだろ光一?」

声が奔る、感情が突く。
あのニュースに見た感情ゆらいで喉を突く。

「光一も警察やっと辞められるんだろ、もう俺は用済みだろ?俺はおまえの大好きな雅樹さんじゃないもんな、あの女の邪魔者なだけだ、」

噎せかえる感情、破られる喉、脈うつ鼓動が沸く。

「光一も俺の隣から消えるんだろ?周太もあの女の隣だ、俺がどうなっても関係ないだろ?俺もどうでもいい、」

どうでもいい、もう全て。
もう世界が崩れる、その声が低く這う。

「ちゃんと見ろってさ…どうでもいいだろ?あと10分でおまえも無関係になるんだ、俺がどうなっても関係ないだろ?」

無関係はたぶん、存在が消えること。
あと10分でそんな存在になる、きっと君も今そうだ?

『彼氏彼女で合格っていいね、今日から東大カップルだね?』

さっきテレビが喋ったこと、あれが現実なのだろう。
そんな現実に自分は「存在が消える」だけ、そんな納得に言われた。

「悲劇のヒーローぶってんの?ブッサイクだねえ、」

テノール低く笑って、その瞳しずかに細まる。
まっすぐ澄んで深い、鋭い視線が言った。

「醤油瓶ぶっ壊して後始末させといてねえ?ソンナ俺に八つ当たりしてさ、ソンナに悲劇のヒーローしたいならボロクズになっちまえよ?」

低くテノール響いて笑う。
からかうようなトーン逆撫でされる、ただ苛立ち返した。

「俺は最初からボロクズだよ、前に言ったろ?使い捨ての人形だ、」

言って、脳深く貫かれる。

“使い捨ての人形”

きれいな人形でいないといけない、だから汚れたら使い捨て。
都合悪くなっても棄てられる、そんな諦めがまた覆いだす。

「あの女もだ、俺のこと好きだとか言ってたよな?でも周太の隣を奪いやがった、俺は恋愛ごっこの人形にされただけだ、」

なぜだろう、自分は?

「光一、なんで俺はいつも使い捨てられるんだろな?」

なぜ使い捨てられるのだろう?
なぜ誰も自分を選ばない、そんな現実の選択肢に笑った。

「どうせ使い捨て人形ならさ、権力くらい拾って釣り合うだろ?」

鼓動そっと硬くなる、自分の声に潰される。
潰れて圧されて硬く、固く閉じてゆく感覚に訊かれた。

「ふうん?おまえ本格的に祖父さんの跡継ぐってワケ、司法修習ヤっちゃうとか?」
「たぶん来年だ、」

答えて昨日までの時間くすぶる。
あんなふう過ごした目的は何のため、誰のため?

―でも周太にはもういらないんだ、周太には俺は、

唯ひとり、君を守るため自分はいる。
そう思っていた、けれど見せられた現実そうじゃない。

「ふうん…おまえ検察庁にイっちゃうワケ?」

低めた声たずねてくる。
この声もっと近いと思っていた、そんな過去へ微笑んだ。

「それが誰にも都合いいだろ?」

ここから自分も去る、そして「都合いい」場所に生きる。
そんな選択肢に眺める左手、貼られた絆創膏に微笑んだ。

「醤油瓶を潰したのはわざとじゃない、でも手に怪我したのはさ?もう救助隊から去れって意味かもしれないよな、」

微笑んで左掌しずかに疼く、痛み浸みて指にも昇る。
けれど右手は小指一点、何も感じない。

―あれから感覚がない、小指だけ…もう戻らないのか?

左掌にじむ痛覚、拇指から順ぐり痛み響く。
もう右手は雪崩の怪我も治った、今は無傷で、それなのに動かない指は代償だろうか。
ただ指ひとつ、その記憶に言われた。

「それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?」

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

第85話 暮春act.18
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