萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

邂逅の花、正月―Lettre de la memoire,another

2017-01-03 23:50:36 | side K2,Aesculapius
ふるさとに咲く
光一9歳、雅樹24歳の正月三日



邂逅の花、正月―Lettre de la memoire,another

雪がふった、今年最初の雪。

「いい朝だねっ、」

からり、扉を開いて白銀まばゆい。
踏みだして一歩さくり雪が匂う、ほろ苦い瑞々しい氷の香。
すこし細めた視界に裏山の銀嶺、翳と光、その濃やかな緑と白に呼ばれた。

「待ちな光一、雅樹んトコはダメだぞ?」

低い声が笑ってダウンジャケットのフード、ぐいっ、引き戻される。
有無を言わせないくせ優しい力に光一は振り向いた。

「なんだねオヤジ、ナンで雅樹さんトコ行っちゃダメなワケ?」

ダメ、だなんて初めて言われたな?

こんなこと父が言うなんて珍しい、なぜだろう?
不信と白い息くゆらせ見あげた庭先、涼やかな瞳が笑った。

「雅樹の邪魔しちゃダメだからさ、医者になる試験が近いからね?」

朗らかな低い声のんびり笑う、けれどフードの手は緩まない。
そんな父の貌なんだか悔しくて、まっすぐ見上げて唇とんがらせた。

「ジャマなんて俺は違うねっ、雅樹さんとアサイチオハヨウの約束してるもんっ、」

それが約束だ、大好きな人がくれた約束。
ただ叶えたい願いに紫深いウィンドブレーカーが首傾げた。

「ふん?アサイチオハヨウの約束って光一、どういう意味だね?」

雪焼けシャープな貌が首傾げる、その瞳が朗らかに涼しい。
いつもながら飄々とした父に雪の庭、登山靴の先くるり向けた。

「朝一番にオハヨウを言いっこするね、シケンベンキョウでベッキョでもオハヨウは変えない約束だもん、お社の朝した約束だから絶対だねっ、」

約束、それに今朝は絶対きっと待っている。
だってこんなに冷えこんだ朝だ?確信くゆる真っ白な息に父が言った。

「雅樹が言いたきゃ言いに来るだろ?男の人生懸けた試験のジャマするなんざ無粋モンだよ、おまえはウチでオトナシく朝飯しな、」

見あげる頭上、涼やかな瞳は朗らかに笑って、でも譲らない。
フードつかんだ手も有無を言わせない、こんな父は初めてだ?

「ねえオヤジ、ズイブンとコウアツテキだねえ?」

声つい低くなる、だってこんなの理不尽だ。
納得できない想いに長身の眼ざしが笑った。

「へえ?高圧的か、ウチのガキンチョサマは難しい言葉を憶えたねえ?小3ってソンナ言葉も教わるっけか、」

ほら、こんな言い方するから肚も立つ。

―また俺をガキ扱いするね、大人だからってさ?

父は大人だ、約束の人よりも。
それが自分の今どれだけ幼く見えるのか、解っているけれど、でも、

「ソンナ難しい言葉も憶えられるんならね光一、医師国家試験って言葉も憶えな?難しい試験だけど雅樹は満点合格しようって頑張ってるね、」

低く徹る声が笑いかける、その言葉に「大人」が匂う。
難しい言葉、難しい現実、そんな声の父が言った。

「雅樹は医者に人生懸けたい男だよ、その試験勉強なら一秒も惜しいモンだね。難関試験満点をナメンナよ、ガキンチョサマ?」

あのひとが人生懸けたい、それくらい知っている。
知っているからこそ父の言い方に刺されて声が出た。

「俺より雅樹さんのコト知ってる口ぶりだねえ、オヤジ?」
「知ってるに決まってんだろ、俺は雅樹が生まれた時から知ってるからねえ?」

さらり低い声が笑う、その言葉ひとつずつ事実だ。
それでも譲れない想いに長身まっすぐ見あげた。

「俺は雅樹さんのイチバン知ってるもんねっ、ひっこんでなバカオヤジ!」

怒鳴って蹴りあげる、登山靴が雪の幹を蹴る。
蹴られて常緑樹の梢ざわり揺れて、白銀きらめき雪飛沫とんだ。

「うわっ、」

低い声に白銀きらめく、舞いあがる雪飛沫が長身を呑む。
朝陽ゆらす常緑こぼれる白に薄紅ゆれる、雪も花も散る山茶花にフードの手はずれた。

さ、走れ。

「ばいばいオヤジっいってくるねっ、」

笑って登山靴が駆ける、雪を蹴って門をくぐる。
真っ白きらめく朝の道、その先に白いダッフルコート翻った。

ほら、あの人が、

「雅樹さんっ、」

笑って真っ新な道を駆ける、登山靴さくさく雪飛沫。
まばゆい白銀きらめく朝陽、白いダッフルコートの懐とびこんだ。

「おはよう雅樹さんっ、一晩ぶりだねっ、」

笑って抱きついて、ふわり頬あまく深く香る。
山桜よく似た香なつかしい、この大好きな懐の長身が笑った。

「おはよう光一、昨夜はちゃんと眠れた?」

深い声おだやかに透る、この声に逢いたかった。
逢いたかった想い見あげて、白皙やさしい笑顔に腕のばした。

「うんっ、雅樹さんのコト考えながら寝たからねっ、雅樹さんはテツヤベンキョウしたのかね?」

徹夜勉強する、だから一緒には過ごせない。
そう言い含めてくれた優しい腕に抱きあげられた。

「したよ、光一と約束したおかげで頑張れたよ?」

ダッフルコートの腕に視界ぐんと上がる、香あまく頬ふれる。
山桜の香り雪匂う、その見つめてくれる切長い瞳に笑った。

「ねっ、雅樹さんには俺と約束がヒツヨウだよねっ?」
「うん、すごく必要で大事だよ?」

澄んだ瞳が肯いてくれる、ほら、やっぱりそうだ。

「だよねっ、やっぱりオヤジはナンも解ってないねっ?ふふふんっ、」

うれしくて笑ってしまう、勝ち誇りたくなる。
あの父に今の言葉まるごと聞かせてやりたい、可笑しくて嬉しい温もりに訊かれた。

「うん?明広さんに何か言われたのかな、光一?」

深い穏やかな声が訊いてくれる。
ほら、ちゃんと気づいてくれる人に笑いかけた。

「タイシタコトじゃないねっ、ソレよりね雅樹さん、きっとアレ咲いてるよねっ?」

父の発言より大事なことがある。
今この季節この時間だけのことに大好きな瞳も笑った。

「僕もそう思うな、昨夜からずっと冷えこんでるから。でも雪が積もってたら見られないよ?」
「あの斜面ならダイジョウブだねっ、雪がよけるポイントだもんっ、」

笑いかけて抱きついて、白皙の頬そっと唇ふれる。
なめらかな温もり桜香って、その肌やわらかに薄紅が咲いた。

「あ…光一、いま、」
「うんっ、おはようのキスだよっ、大好き雅樹さんっ、」

嬉しくて笑って、ほら長い睫がはにかんでくれる。
困ったような眉毛、けれど透けるよう明るい瞳が微笑んだ。

「こういうの照れるよ?でも、ありがとう、」

ありがとう、そう笑った唇きれいに明るい。
この唇がくれる言葉も温もりも幸せで、ただ優しい雪の道に笑った。

「大好き雅樹さん、だから氷の花も毎年ずっと一緒に見てね?」

氷の花、この時期この時間だけに見られる特別の花。

限られた条件にしか咲けない花、それでも永遠の約束に結んでほしい。
それくらい時間いくつも重ねたい瞳は自分を映して、そして笑ってくれた。

「ずっと一緒に見たいな、僕も…大好きだよ?」



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