萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第9章 Aither 天上の光 act.15-Aesculapius 杜嶺の医神

2017-03-21 22:49:00 | Aesculapius 杜嶺の医神
Broods like the Day, 日が覆う、
雅樹28歳・光一13歳9月



第9章 Aither 天上の光 act.15-Aesculapius 杜嶺の医神

ホバリングの風が圧す、プロペラ回転する機影に砂塵が轟く。

「豊科日赤に搬送しますっ、先生へ直接ご連絡してよろしいですか?」
「はい!こちらに処置と連絡先を書いてありますっ、」

砂埃あおられる会話、救急隊員にカードを渡す。
受けとって一読、ヘルメットから笑顔こぼれた。

「たすかります!ありがとうございますっ、」

会釈ひとつ日焼まぶしい眼ざし空へ上がる。
ピックアップあざやかな尾根上空、送りだす声叫んだ。

「がんばれよおっ、」

小屋主が手を振る、野太い指さき陽を弾く。
ならんで仰ぐ陽ざし雲流れる、真青な風どんと肩も圧す。
轟くプロペラ回転すべての音を圧して、重低音かろやかな機影が動く。

―気圧で急変しませんように、どうか、

祈りに風が跳ぶ、額なぶる髪ひるがえる梳かれる。
頬かすめる風が重い、吹きおろす大気ぶつかり流れゆく。
高度三千はるか超える空、風に轟音に呼ばれた。

「まさきさんっ、」

澄んだ声が叫んで捕まる。
登山グローブ華奢な手しがみつく、捕まれた腕のウェア温まる。
やさしい体温ふれる腕、爆音はるかヘリコプターを青空へ見送った。

「ねえっ…助かるかね雅樹さんっ?」

遠ざかる機影の空、澄んだテノール見あげてくれる。
黒目あざやかな瞳きれいで、まっすぐな無垢に笑いかけた。

「きっと助かるよ、ありがとう光一?」

きっと彼は大丈夫だ?
そう想える「お蔭」に訊いてみた。

「さっき光一、あの姿勢よく指示できたね?寄りかからせる感じにって、」

あのとき自分は診断まだ言っていない、それなのに少年は判断できた。
そんな13歳の瞳が笑った。

「雅樹さんのテキストに書いてあったからねっ、キョウシンショウ発作の条件バッカリだったでしょ?」

条件バッカリ、って憶えているんだ?

「そうだけど光一、いつのまに憶えたの?」

稜線の小屋の前、不思議で少年の瞳のぞきこむ。
まだ中学一年生、まだ13歳、そんな幼さ無邪気な眼は言った。

「留守番しながら読んでるね、オベンキョ時間ばっちりだよ?」

底抜けに明るい無垢が笑う。
その瞳まっすぐ映される自分に、こつん、鼓動が叩かれる。

「そっか、光一は努力家だね?かっこいいよ、」

笑いかけて、でも心臓しずかに疼く。
この少年を独り留守番させている、その責任が哀しい。

―毎日いつも独りなんだ、僕が帰ってくるまで…まだ13歳なのに、

自分が13歳の時、いつも兄がいた。
その兄も社交的で部活や何かで留守がち、それでも共に留守番する相手がいた。
けれどこの少年は誰もいない、もう両親も亡くして、だから自分が家族に迎えたはずなのに?

「雅樹さんに褒められると嬉しいねっ、もっとウンと勉強するからねっ、」

ほら笑ってくれる明るい瞳、心の芯から笑ってくれる。
笑ってくれるからこそ不安が疼く、これは本音だろうか、それとも気を遣わせている?
そんな逡巡と仰ぐ雲に日が覆う、秋はじまる稜線に影が射す。

それでも少年は健やかな瞳きれいで、虚空はるかな青を映し輝く。

(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
※豊科日赤=豊科赤十字病院、現・安曇野赤十字病院(名称変更2006年)

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