萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.23-another,side story「陽はまた昇る」

2017-03-29 23:43:18 | 陽はまた昇るanother,side story
the darling buds of May
harushizume―周太24歳3月下旬



第85話 春鎮 act.23-another,side story「陽はまた昇る」

救いを求めて、ここに来たのかもしれない。

「どうぞ?温まってね、」

ことん、

ガラスのティーカップ馥郁あまい。
花ゆたかなガラスの部屋、明るいテーブルに一杯が香る。
豊穣やわらかな香おだやかで、ひとくち周太は微笑んだ。

「いいかおり…ありがとうございます、由希さん、」
「気に入ってもらえたのね、よかった、」

涼やかな瞳が笑ってくれる。
穏やかで深い眼ざし優しくて、どこか懐かしい。

―由希さんって似てる、ね…でも誰と?

なつかしい、

それは「似ている」から、でも誰と似ているのだろう?
ダークブラウン艶やかな長い髪たおやかで、でも、こんな髪のひと他に知らない。
臈たけた色白やさしい輪郭、深い涼しい優しい瞳、薄紅いろの唇は静かに明るい。

―きれいなひと…きっと花の女神さまってこんなかんじで、

想いガラスのカップごし見つめてしまう、綺麗で。
こんなふう女性を見つめたことはない、こんなふう鼓動ふくらむのも。

「男のひとはハーブティー苦手って多いでしょう?もし気を遣ってるなら正直に言ってね、次から困るから、」

澄んだ深いアルト笑いかける、この声も綺麗だ。
ただ美しい優しいひと見惚れながら、その言葉に尋ねた。

「あの…次から?」

次から、って次もあるの?
とくん、ふくらむ鼓動に花屋の主は微笑んだ。

「周太くんが嫌じゃなければよ?ひとりよりずっと美味しいもの、」

独り、いつも彼女は過ごしている?

―さびしいよね、花の中でも…いつもは、

自分もそうだった、父が消えた日常は。
仕事でいない母を待つ、その数時間だけでも寂しかった。
それでも待てば帰ってくる、帰ってくれば二人になれる、でも彼女は?

「またお茶に来ていいですか?…僕でよかったら、」

このひとを独りにしたくない。
想い零れた言葉に、涼やかな瞳が笑ってくれた。

「うれしいわ、いつでも来てね?待ってるわ、」

透ける頬ふわり薔薇色あかるむ。
笑顔いつもどおり優しくて、だから哀しい。

―ひとりに慣れてるひとなんだ、ね…、

いつも独り、もう慣れてしまった明るさが哀しい。
こんな共通点そっと響いて、隠しこんだ傷こぼれた。

「僕こそ来たいんです…きいてほしくて、」

ありのまま話して、それでも受けとめられる?
もし拒絶されたら失う居場所は優しく微笑んだ。

「聴かせて?私でよかったら、」

深い涼やかな眼ざし優しい。
どこか懐かしい瞳に話す前、尋ねた。

「ありがとうございます、でも、あの…なぜ僕にかまってくれるんですか?」

ただ客のひとり、ときおり花を眺めに来る男。
ただそれだけの関係、けれど深い澄んだアルトは言った。

「すこし似ているの…ひとごとに想えなくて」

言いかけた唇そっとガラス口つける。
透明なティーカップやわらかな光、花の香しずかに微笑んだ。

「ごめんなさい、変なこと言って。似ているからがきっかけでも、ようするに周太くんが好きだから気になるの、」

やわらかな深い声が笑ってくれる。
優しいトーン静かで、ただ見つめて訊いた。

「僕も由希さんが好きです、だから…誰と似ているのか聴かせてもらいたいです、」

好き、

好きだと素直に言えてしまう、このひとは。
好きだから自分こそ聴きたい、このひとのこと。
座りこんだ花やさしいテーブル、静かな香やわらかに微笑んだ。

「ふふっ、私が聴いてもらいたかったのかしら、ね?」

涼やかな二重ふわり笑ってくれる。
長い睫ゆるやかに瞬いて、桃色やさしい唇ひらいた。

「私ね、父と母が結婚していなかったの。認知はされてるけど、」

時が止まる、

「え…」
「ふふ、驚くわよね?変なこと話しだしてごめんなさい、」

優しい瞳が笑ってくれる、その眼ざし穏やかに明るい。
だから解ってしまう、きっと慣れている。

―いつも驚かれてきたんだ、由希さんは、

未婚の子ども。

それは「普通」じゃないことかもしれない。
たぶんそう言われていること、その現実いくど彼女は見てきたのだろう?
いくど驚かれ、幾度どんなふう見られてきたのか?それでも優しい瞳に声だした。

「あのっ…変なことじゃありません、きっと、僕のほうが変です、」

驚かれる、それが自分も怖い。
だから今もここへ逃げてきた、そうして向き合った瞳が微笑んだ。

「そう?じゃあ私が話したら、周太くんも話しやすくなるかしら、」

ほら気遣ってくれる、こんなときまで。
こういう人だから花ひらく店、あまい馥郁に肯いた。

「はい…僕のほうこそおどろかれます、きっと、」

肯いて鼓動そっと絞められる。
きっと驚かれて、そのさきどうなるのだろう?

“けれど冷たい偏見で見られる事も知っている、”

ほら思いだす、彼の声。

“冷たい偏見で見られる事も知っている。ゲイと知られて、全てを否定された事もありました、”

摩天楼の一隅、当番勤務の夜に聞いた声。
あの声も自分も変わらない、あの声は今どうしているのだろう?
あのとき見つめた傷そっと隠しこんだテーブル、優しいアルト微笑んだ。

「だったら驚かせて?驚いても否定はしないから、」

あ、どうして?

“否定はしない”

その一言どうして言ってくれる?
ただ見つめる真中、澄んだ瞳しずかに言った。

「あのね…私、弟がいるの、」

花やわらかに言葉が薫る。
その澄んだ声おだやかに紡いだ。

「父が結婚したひとから生まれてね、弟は私が姉だと知らないわ。でもお互いの顔はよく知ってるの、」

母親が違う、それでも彼女は「弟」を知っている。
そこにある関係ただ見つめる香、花ほろ甘く声が紡ぐ。

「ちいさいころ親戚のお兄さんが逢わせてくれてたの、そのときは弟だと教えられなかったし、そのお兄さんが親戚とも知らなかったわ、父のことも、」

馥郁しずかなガラスの部屋、花ふる光に声透る。
栗色やわらかな髪きらきら陽を透けて、白い微笑まばゆい。

「そのお兄さんも亡くなってしまったの、父も私が高校生の時に…だから弟を見たのは、父のお通夜で遠くからが最後、」

穏やかな声、けれど哀しみ澄んで深い。
今ここに独り花といる、その時間に尋ねた。

「あの…おかあさんは?」
「母もよ、6歳のとき事故で、」

短い答え静かに笑ってくれる。
その静かな唇やわらかに続けた。

「母が亡くなったとき、父と父の奥さんが来てくれたの。ふたりは母の友達だと想ってたわ、」

桃色やさしい唇がつむぐ、その微笑は臈たけて大人の女性。
けれど花の陽だまりに幼い時間ゆれる。

「父の奥さんは私を抱っこしてくれたの、落ち着くまでずっと…それからよく逢いにきてくれたわ、ほんとうに優しいきれいな人でね、大好きだった、」

だった、過去形。
また見つけてしまう哀惜に彼女は微笑んだ。

「彼女も亡くなったわ、父と一緒に事故で…そのまま弟は父の実家でね、私もそのまま母の実家で、」

親を亡くして、弟からも離れて。
それでも笑顔きれいに透けるようで、明るくて涙こぼれた。

「…どうして由希さん、」

どうして、あなたは笑えるの?

「僕も父を亡くしてるんです、父だけでも哀しいのに…どうして?」

こんなふう笑って話せない、自分は。
それなのに彼女は微笑んで、穏やかに言った。

「哀しいわ、でも幸せもあるんだもの?」

色白の微笑やわらかに明るむ。
薔薇色ふわり頬あかるんで、涼やかな瞳が微笑んだ。

「こうして周太くんとお話できてるでしょう?今までがあるから私、ここで花屋をして周太くんとお話できるのよ、」

今までがある、そうして今がある。
この今に向きあえる香一杯、くゆらす馥郁に見つめた。

「あの…すこし似ているって、誰かと僕が似ているんですか?」

すこし似ている、だから、ひとごとに想えない。
そんなふう言った唇は穏やかに肯いた。

「大切なひとを思いだすの、」

大切なひと、

―弟さん、かな…それとも亡くなられた、

彼女の大切なひと、その物語たち話してくれた。
まだ断片だけ、それでも見せてくれた想い口開いた。

「僕も…父を思いだすひとがいます、」

父と似ている、そう何度も想った人がいる。
それでも、それ以上に「思いだすひと」を声にした。

「父の友だちなんです、祖父の教え子でもあるひとで…僕、そのひとに話していいのかわからない、」

わからない、あのひとに否定されたら?

「がっかりさせたらって怖くて話せなくて、そのひとのなかの父を壊すみたいで、祖父への尊敬まで壊すみたいで、」

父が夏だと謳ったひと、あの瞳を壊したら?

『大切な人に贈った詩だから…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、』

なつかしい夏に父が謳う、あの声のまんなか鳶色の瞳。

「父の大切なひとだから話せないんです、でも僕が話さないと傷ついて、だから僕は」

大切だから話せない、大切だから傷つける。
話してもお互い傷つくだけ、だから逃げこんだ居場所に告げた。

「だから逃げてきたんです…お祝いの花を買いにいくって、いいわけして」

ごめんね、君を言い訳にしてしまった。

「僕、美代さんの合格までつかっても逃げたんです、由希さんのたいせつなお店までいいわけにつかって…ごめんなさい、」

ずるい、自分は。

大切なひと、大切な場所、ぜんぶ使って逃げだした。
こんな自分だから怖くなる、こんな自分に落胆させたらと怖い。

怖い、

「こんなにずるいんです僕…由希さんの大切なひとを思いだしてもらえるような僕じゃ、ありません、」

もう、ここにも来られなくなる?
怖い、それでも告げた想いにアルト微笑んだ。

「よかった、逃げ場にしてもらえて、」

なんて言ってくれたの、今?

言われたこと混乱する、どういう意味?
わからなくて見つめる真中、涼やかな瞳が笑った。

「逃げ場にしたいくらい、ここが安心できるのでしょう?思いだしてもらえて嬉しいわ、」

笑ってくれる声やわらかい。
陽だまりのテーブル花ゆれる光、澄んだアルト微笑んだ。

「お祝いのお花ゆっくり大切につくるわ、周太くんもゆっくりしていって?」

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】

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