萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第77話 結氷 act.4-side story「陽はまた昇る」

2014-06-30 23:50:00 | 陽はまた昇るside story
cryoconite 黒点腐食



第77話 結氷 act.4-side story「陽はまた昇る」

運命、その梯子を外したのはその事件だろう?

1983年 

都下某所、或る一つの立籠もり事件が極秘に鎮圧された。
この事件は報道されていない、その「極秘」は出動した部隊に理由がある。
このとき警視庁第七機動隊第1中隊レンジャー小隊も出動した、その記録一冊はさんで老人が問いかける。

「宮田君を昨日、本庁で見たと後輩たちから聴きました。よく行くんですか?」

見た、聴いた、後輩「たち」から。

そんな言葉たちに何を見たのか解かってしまう。
だって訊かれることが自分の目的だった、この予想通りに笑いかけた。

「今回が2度目です、昨日は山岳警備隊の研修で行きました、」

正直ありのまま答えながらファイル開きコピー機へセットする。
この資料だけは敢えて事前準備しておかなかった、だって今あの目の前でコピーすれば都合良い。

“ The sad, the lonely, the insatiable, To these Old Night shall all her mystery tell ”
 悲哀、孤愁、渇望、これらの者へ古き夜はその謎すべて説くだろう

そんな詩の一節は今、この手のファイルと似つかわしい。
もう30年を経た書類は終った過去、けれど今この現実を作ってしまった。
その作為者は穏やかに微笑んでまた問いかける。

「午前にあった研修ですね、でも午後に見かけたそうですよ?」

全て聴かせてもらおうか?

そんな命令が声の底に響いて、けれど穏やかに優しい。
つい話したくなる温和、このトーンに幾つの運命が歪められ壊されたのだろう?

「午後は打合せでした、青梅署との合同訓練があるので、」

朗らかに笑って答える向こう、老人の笑顔は端正に優しい。
その奥にある品定めの視線は英二を見つめて、笑顔で尋ねた。

「青梅署の後藤君とは親しいのでしょう?」
「はい、卒業配置からお世話になっています、」

素直に頷いて笑いかけながらコピー機の音が止まる。
印刷された用紙とり確認する向こう涼やかな声が訊いた。

「宮田君は山のキャリアが全く無かったのに第九方面、山間部の管轄署ばかり希望したそうですね?」

卒業配置先の希望は3つ挙げられる、その配属先で交番勤務に就く。
そして山間部を管轄する青梅署・五日市署・高尾署は山岳救助隊を兼務するため卒配には普通充てられない。
けれど山の実績者で救助隊希望なら選ばれることもある、だから3つとも自分と馨が「同じ」志望をしたのは必然の偶然だ。

―馨さんと俺の卒配希望は3つとも同じだ、それを観碕も知ったなら多分もう調べて、

馨の当時まだ高尾署は八王子署から独立しておらず山岳救助隊も配備されていない。
それでも山間部だからと第三志望に馨が選んだことは昨日、蒔田のパソコンから開いたファイルで読んだ。
こんな共通点は観碕なら知っているだろう、その結果に自分の断片ひとつ知ったかもしれない相手に笑いかけた。

「警察学校の山岳訓練でハマってしまったんです、教官に相談して未経験者でもアピールできる方法を探しました、」

これは本当の事実、そして馨と同じ志望は偶然。
だから探られたところで何も見つけられない、そんな意図に老人は微笑んだ。

「山岳救助隊は警察でも危険が高い任務です、なのに選びたがるなんてね?君なら麹町署だって狙えたでしょうに、」

麹町警察署は日本最初の警察署で開設130年を超える警視庁の筆頭警察署。
警視庁第一方面に属し、管内には皇居や首相官邸、国会議事堂、外務省、財務省、警察庁、最高裁判所など首都機能が集中する。
署員300名以上の大規模警察署であり管轄に警視庁本部も所在する、そのため国家公務員I種採用の警察キャリアが現場研修することも多い。

そんな麹町署へ卒業配置されることはエリートコースと謂われている、それを「狙える」根拠を言わせたくて微笑んだ。

「山が好きなんです、私には麹町署のような中枢は務まらないと思います、」
「そうですか?でも君こそ適任でしょう、」

肯定と否定、二つながら微笑んで言ってくる。
その意図にただ笑いかけて書類を渡した先、穏やかな声が告げた。

「宮田君、お祖父さまと君は似ていますね?宮田次長検事にも鷲田君にも、」

ほら、名前二つとも挙げてきた。
その「君」に立場関係を示威する相手へ笑いかけた。

「観碕さんは祖父をご存知なんですか?」

知っているに決まっているだろう?
そんな想い綺麗に潜めて笑った手元、書類を受けとられながら徹る声が言った。

「鷲田君は同じ帝大法科の3年後輩ですから。宮田次長検事は仕事柄お世話になりました、笑顔が本当に綺麗な方で私は好きでしたよ、」

どくん、

言葉に気づかされて鼓動が撃つ、もしかしてそうだろうか?
こんなこと解かりたくない、けれど可能性を見つめて英二は笑いかけた。

「祖父の葬儀においで下さったんですか?」

これも「同じ」なのだろうか?

そう考えた方が全て解ける、納得できてしまう。
ずっと自分が捜していた「鎖」が誰なのか?その解答の鍵が老人に微笑んだ。

「お通夜に伺いました、君とも少し話しましたよ、英二君?」

今、壊れた音が聞えたのは誰のプライドだろう?

―あのとき俺もまさか、周太みたいに?でも記憶は、

馨の通夜で周太は意識操作された、それと同じことを自分もされた可能性はある。
けれど記憶に混濁したものは何一つ思い当たらない、祖父の通夜の光景は前後から鮮明でいる。
あのとき自分は高校2年生で沢山の弔問客と言葉交わした、その相手の顔は希薄でも憶えている言葉を微笑んだ。

「立派な法律家になりなさいと仰って下さいましたね、祖父と似ているから同じ検事も良いだろうと、」

そう多くの人に言われた、けれど幼い頃からの未来図を言われたに過ぎない。
そんな台詞はこの男も同じだろう?そんな推測に穏かな瞳は懐かしそうに笑った。

「よく憶えていましたね、でも皆が同じことを言っていたかな?」
「はい、小さい頃から言われていました、」

明朗に笑いかけながら肚底でプライドが哂う。
あの夜に掛けられた言葉は影響など無かった、だから意識操作などされていない。
それでも観碕は祖父の通夜に来ていた、それが何の目的もない行動だと想えない、それなら?

―母さんだな、きっと、

最も暗示に掛かりそうな人間は?

そう考えてすぐ答えは解かる、あの母なら容易く陥るだろう。
元から息子の進学先に不満を抱いていた、それを少し正当化してやれば簡単に動く。
そんな解法を辿りながら漸く6年前すこしだけ融ける、なぜ母が強固に息子の進路を捻じ曲げたのか?

―周太が東大に行く可能性があったからだ、だから俺を行かせようとしたんだろ?

晉は観碕と東京帝国大学で出会った、それを晉の孫も自分で再現させようとした?
そんな意図から母を動かして、けれど周太は東大を選ぶことなく意図は違えられたのだろう。
それでも母の行動は家族を崩した、そんな侵食が祖父の通夜に行われたのなら「赦す」選択は消える。

敬愛する祖父の葬儀を利用した?そんな相手に冷酷な望み生まれるまま英二は朗らかに綺麗に笑いかけた。

「鷲田の祖父とも話されていましたよね、私の両親とも、」

何気ない貌で会話を続けて、けれど回答次第で赦さない。
だって理由ひとつまた掴んでしまう、その想いに穏やかな声は答えた。

「鷲田君とは挨拶だけしました、お母様とも少し話したと思います、鷲田君の御嬢さんだからね、」

やっぱり母と話していた、その内容もう言わなくて解かる。
そうして自分は東京大学か付属大学だけを選ばされた、そんな意図が透けて浮ぶ。
母は息子が「都内にいる」ことを望まされた、それが観碕の意志であるなら今更でも考えだす。

自分が周太と同じ教場になったことは偶然だろうか必然だろうか?

そうして気づかされる自分の立場は「罠」けれど「誤認」がある。
この誤認が罠を裏切るだろう?そんな思案に旧知の男は問いかけた。

「宮田君は蒔田君とも親しいのでしょう?ずいぶん気に入られているらしいですね、昨日も一緒の所を見かけたと聴きました、」

この事を今日いちばん訊きたくて来たのだろう?
その推測は想った通りでいる、そこにある意図に真直ぐ笑いかけた。

「蒔田さんは警視庁山岳会の先輩になります、昨日も打合せでご一緒してコピーを手伝いました、」

どちらも事実だから当然「見かけた」だろう?
けれど本当に観碕が知りたがっているのは違うシーンでいる。
蒔田のパソコンからファイルにアクセスしたのは「誰」なのか?それを知りたがっている。

“ 2151194540 ”そして“ 5921194211 ”

この数列ふたつ共に解いたのは亡霊「Fantome」かもしれない、それは老人を追い詰める?



(to be continued)

【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】

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