萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第9章 Aither 天上の光 act.12-Aesculapius 杜嶺の医神

2017-03-06 23:57:20 | Aesculapius 杜嶺の医神
Apparelled in celestial light, 光芒にあり、
雅樹28歳・光一13歳9月



第9章 Aither 天上の光 act.12-Aesculapius 杜嶺の医神

ひるがえる黄金、暁に謳う。

―…The innocent brightness of a new-born Day  Is lovely yet;

ほら、あの声が記憶が謳う。

『The innocent brightness of a new-born Day、生まれたての今日だね、雅樹?』

深い低い声が暁を澄む、涼やかな瞳が笑う。
日焼ほがらかな横顔は冴えて、そのくせ穏やかな声が暁に謳う。

The innocent brightness of a new-born Day  Is lovely yet;  
The Clouds that gather round the setting sun
Do take a sober colouring from an eye 
That hath kept watch o’er man’s mortality;
Another race hath been, and other palms are won. 
Thanks to the human heart by which we live.
Thanks to its tenderness, its joys, and fears,
To me the meanest flower that blows can give
Thoughts that do often lie too deep for tears.

生まれた一日の輝きは無垢 まだ愛おしいまま、
沈みゆく太陽めぐらす雲たちに、
謹厳な色彩を読みとる瞳は、
人の死すべき運命を見た瞳、
時の歩みたどらせ、そしてもう一つの手に克ちとる。
僕らが生きてめぐり逢う人の心への感謝。
優しさに、喜びに、恐怖にすら感謝して、
そうして密やかに咲く花こそ僕には意味がある 
涙より深く響くから。

「…いつもうたってたね、明広さん?」

そっと唇を嶺風かすめる、深い零下に黄金たなびく。
朱色きらめく薄墨まばゆく澄んで、頬かすめる風に問いたくなる。

どうして謳っていたんだ、あなたは?

Et voudrais bien que cette nuit encore
Durât toujours sans que jamais l'Aurore
Pour m'éveiller ne rallumât le jour.

ほら、あなたの夜の声が聞こえる。
いつも山の暮れに謳っていた、そして暁と矛盾する。

“The innocent brightness of a new-born Day  Is lovely yet; ”

新しい一日が愛しい、そう暁に謳ったくせに?
それなのに夜はなぜ?

Et voudrais bien que cette nuit encore それも今夜また認めてもだ
Durât toujours sans que jamais l'Aurore かつての暁は今もまだ続いて
Pour m'éveiller ne rallumât le jour. 僕を覚まそうと 陽の光また燃えないで

あなたは夜、何を認めたんだ?
あなたは何を覚ましたくなかった?

まだ続く暁、それは夜明けの詩につながる?

―いいかげん考えすぎかな、僕は…でも、

でも同じ場所に立てば、思いだす。
だから山を続ける限り、ずっとこのままかもしれない。

―それならそれでいいのかな、

想い、昇る黄金に染められる。
朱色、薄紅、橙色、刻々ゆるやかに光うつろう。
すこし前まで紺青色ふかい空、けれど今もう黄金まばゆい青色を呼ぶ。

―笛を吹きたいな、でも邪魔になるかな今は、

今日も横笛を持っている、けれど今は人も多い。
賑わう稜線、それでも静かな夜明の光に呼ばれた。

「雅樹さん、」

聞きなれたテノール呼んでくれる。
澄んだ明るい呼び声にふりむいて、シャッター音に笑った。

「なに光一、僕を撮った?」

まっすぐ向けてくれるレンズに陽が映る。
暁まばゆい空の境界、無邪気なカメラマンが笑った。

「いっぱい撮ってるよ、山の雅樹さんはカクベツ別嬪だねっ、」

上機嫌に笑ってくれる、その瞳に暁が燈る。
いま昇りゆく光の嶺、よりそう隣に微笑んだ。

「光一こそ良い貌してるよ、カメラやっぱり楽しい?」
「うんっ、被写体がイイからねっ、」

薄紅ぱっと笑顔ほころぶ。
登山グローブの手にカメラ構えて、そんな姿に、ほらまた。

―やっぱり似てるのかな、親子だし、

少年が構えるカメラは贈り物、その贈り主も同じだった。
こんなふう山に見惚れてシャッター切って、そんな背中が眩しかった。
そうして今も少年の姿まばゆい、このレンズ何を映していくのだろう?

―ずっと見ていたいな、僕のほうこそ、

願い朱色まばゆく少年をそめる。
雪白の横顔あざやかな黄金そめて、きらめく朝にシャッター響く。
こんなふう見つめていた遠い時間、その形見が昇る風に太陽きらめく。

“Durât toujours sans que jamais l'Aurore”
かつての暁は今もまだ続いて
“Pour m'éveiller ne rallumât le jour.”
僕を覚まそうと 陽の光また燃えないで

遠い声が謳う、遠くなる記憶の横顔。
あの声のまま今、自分に響いて綴られて、そうして問いかける。

―明広さん、どうして死んだ?

どうして、なぜ、あなたは死んだのだろう?

あなたの死因は解っている、だって検案したのは自分。
この目でこの手であなたに触れた、あなたの骸を看たのは自分。
だからほら、昇りゆく太陽の色にすら、あなたの最期の色彩が映る。

下肢と肘部の紅班、検案でわかる凍死の特徴。
ふれる体どこも無数いくつもの圧迫骨折、左肩甲部の陥没は凍れる岩の激突の痕、雪崩に歪んだ骨と痣。
レントゲンが語る雪崩の衝撃、後頭部からの打撲による前頭葉底面の反衝挫傷、左肩甲部は筋肉内出血の塊、ひび割れ折られた骨の瑕。
肌を開けばきっと赤い肺臓、心臓内血液は鮮紅色左心室・暗赤色右心血、胃粘膜の点状出血、どれも凍死を否めない。

冷たく白く、赤く、あなたは最期の眠りについた。

―教えてよ明広さん、奏子さんを護って死んで幸せ?ふたりとも助からなくても、

護るため雪崩に飛びこんだ、その結末どうなるか解らないあなたじゃない。
そうして遺された骸は左ばかり損傷が激しかった、それは右懐に彼女を護っていたから。
右手ひとつに彼女の両手くるんで、左腕ふかく彼女を抱きこんで、そのまま登山ザックごと砕かれたあなたの体。

それでも綺麗だった、あなたの最期の貌。

(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」」/Pierre de Ronsard「Les Amours de Cassandre」】

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