萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.17-side story「陽はまた昇る」

2016-10-15 23:25:01 | 陽はまた昇るside story
Thy last command Is all 誓約の春に 
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.17-side story「陽はまた昇る」

午前5時半、薄墨あわい空に朱鷺色たなびく。

まだ冷たい夜明の風、それでも潜った門どこか熱気わだかまる。
昨日の訓練たちの余韻だろう、いつもながらの空気に英二は階段を昇った。

「お、宮田?」

夜明時、それでも人はいる。
朝早い同僚にふりむき笑いかけた。

「おはようございます黒木さん、昨夜はすみませんでした、」
「飲ませたのはこっちだろ、酒ほんと強いんだな?」

早朝の低い声、けれど精悍な眼は笑ってくれる。
ほの暗い廊下の隅、愉しげな長身に微笑んだ。

「弱くはないと思うけど、佐伯さんには負けるんじゃないですか?」

たぶん負けたのだろう、自分が。

―あの男には負けたくなかったんだけどな?

昨夜の「罰杯」あの結末どうなったのか?
おぼろな記憶ほろ苦く噛んで、けれど言われた。

「負けじゃないな、あれは互角だろ?」
「そうでしたか?俺が先に蕎麦猪口を置いたと思いますけど、」

訊き返しながら昨夜を手繰る、たしか自分が先に盃を置いた。
けれど山国育ちの先輩は笑った。

「あれと同時に佐伯、ひっくりかえったろ?あいつの介抱したの憶えてないのか、」

ことん、盃を置いたテーブルその向こうは?

―そういえばひっくり返ってたな、あいつ?

あの顔がばたり倒れこんだ、あの瞬間つい嬉しかった。
あのあと自分はどうしたろう?記憶なぞらせ微笑んだ。

「俺、水を渡しましたね?佐伯さんに、」
「そうだよ、佐伯もタクシーまで自分で歩いてたけどな。宮田はあのあと大丈夫だったか?」

精悍な瞳が訊いてくれる、率直な気遣いに笑いかけた。

「眼が覚めたら夜中でした、藤岡のベッド占領してて悪かったです、」
「そうか、藤岡とはのんびり話せたか?」

低めた声しんと廊下に訊く。
この先輩なり心配してくれる、ただ感謝すなおに微笑んだ。

「寮の屋上で缶ビール飲みました、今も立川まで車だしてくれて、」

あの同期と二人あれほど話したのは初めてだ。
そんな時間くれた先輩は笑ってくれた。

「そうか、国村さんまだ部屋にいるぞ?だから早く帰ってきたんだろ、」

もう一人、今話すべき相手いるだろう?
促してくれる眼ざしに微笑んだ。

「はい、行ってきます、」

今日、ここを出たら二度と戻らない男。
だからこそ今日ここで会っておきたい、願い歩いて廊下の涯ノックした。

「どうぞ?」

テノール応えて扉、かたり開かれる。
スーツ姿めずらしい長身が現れて、唇の端にやり笑ってくれた。

「朝帰りおつかれさん、み・や・た?」



もう、その部屋は何もなかった。

布団かたづいたベッド、文庫本ひとつない書棚。
デスクきれいに拭かれて何もない、壁ぐるり蒼かった写真も消えた。

「何にもないんだな、」
「あと1時間で退職だからね、正式にはサンマツだけどさ?明日から自由だよ、」

テノール朗らかに笑ってくれる。
その衿元めずらしくネクタイ整って、いつもと違うザイルパートナーに笑いかけた。

「ご機嫌ですね国村さん、退職そんなに嬉しいですか?」

元から警察官に向いていない。
そう評された無邪気な瞳からり笑った。

「そりゃ嬉しいね、ウルサイ規則なんたら解放だよ?守秘義務は一生モンだけどね、」
「医者にも規則なんたらあると思うけど、」

微笑んでベッドの端に腰下ろす。
ぎしり、固いスプリングの軋みにスーツ姿は言った。

「ソレも愉しいんじゃない?ほんとに選んだ道ならさ、ねえ?」

この「ねえ?」は予告で警告。
もう慣れたトーン困りながら訊いた。

「光一、それ周太のこと言ってる?」

この男が今このタイミングで言うなら?
見つめた推測に聡い瞳が笑った。

「もう選んでるかもしれないね、周太も3末だけど実質もう辞めてるしさ。だろ?」

もう選んでる、そうなのだろうか?
言われた可能性に訊いた。

「光一は周太と連絡とれてるんだ?」
「とれてるね、」

さらり言い返して椅子に腰下ろす。
長い脚ぽんと片胡坐くんで、悪戯っ子の眼ざし笑った。

「おまえも電話すりゃイイね、藤岡に教えてもらったんだろ?」

わかってるよ?

そんな視線まっすぐ笑ってくる。
唇の片端また上げた笑顔にありのまま微笑んだ。

「教わったよ、光一はぜんぶ解かってるんだな?」
「おまえよりは解かってるかもね、だから教えてやるけどさ?」

深いテノール笑って唇の端にやり上がる。
なにか企んでいるな?そんな貌が懐かしくて笑ってしまった。

「なんか光一のその顔、ひさしぶりだな?イタズラするぞって貌、」

この笑顔が好きだった、明るくて。
底抜けに明るい眼いつも朗らかだった、その瞳を曇らせたのは自分だ。
そう解かっているから今も引留められない場所で、聡い瞳からり笑った。

「たしかにね?俺から英二への悪戯ランキング上位かもね、」
「ランキング上位って怖いな、何?」

訊き返しながら肚底そっと力籠める。
どんなことを「教えてやる」のだろう?見つめた先、雪白の笑顔は言った。

「この部屋、佐伯啓次郎が来週に入るからね?まちがって夜這いナンカするんじゃないよ、」

夜這いって、何を言いだすのだろう?
可笑しくて笑ってしまった。

「佐伯さんが光一のいた部屋って、変な感じだな、」
「ふん?オマエそんなに苦手なのかね、」

明るいトーン訊いてくれる。
その問いかけ素直に頷いた。

「信用できないって言われたよ?僕に営業しても無意味だ、そんなやつザイルの信頼できないってさ、」

あの眼は冗談なんかじゃない、唯ただ正直だった。
昨日あの雪尾根に見つめた記憶、ザイルパートナーの瞳ふっと笑った。

「なるほどね?それってさ、佐伯啓次郎はオマエ次第だよ?」

底抜けに明るい瞳が笑ってくれる、その言葉つい考えこむ。
自分次第、そうかもしれない?めぐらす想い口開いた。

「俺の態度次第で佐伯も変るってことだろ、でも全否定っていうか、嫌われてる感じすごかったけど?」

最初から嫌っていた、あの眼は。
そう見つめた印象に深いテノールが笑った。

「だから昨夜は飲ませたね、べろべろ同士ちっとは連帯感も生まれたんじゃない?」
「あそこまで嫌われてると難しいんじゃないかな、」

本音そのまま声にして午後が重たい。
あの男もうじき来てしまう、そうしたら顔合わせる毎日が始まる。

―ここまで苦手意識って俺、めずらしいけど、

読めない男、御しがたい相手。
こんな初めてに困る前、ご機嫌な笑顔が言った。

「ソンダケ苦手な貌するってお初だねえ、そんな悩ましいんじゃ次は聴かないどく?ソッチも重要なんだけどさ、」
「もう一つあるのか、重要なら教えてよ?」

ため息かたわら微笑んだ真中、デスクの視線すっと細くなる。
ほんとうに重要らしい?そんな眼ざしが口開いた。

「今日、午前中になんとかして周太を捉まえな?でなきゃ一生後悔するだろね、」

がらんと何もない部屋、深いテノールだけが響く。
この言葉どういう意味だろう?

「後悔するって、周太に今日なにかあるのか?」
「ソレくらい自分で確かめなね、さて?」

長い脚さらり片胡坐ほどく、スーツの長身が立ちあがる。
もう荷物すべて消えた部屋、ブラックスーツ凛と笑った。

「飯食いに行くよ英二?最後のケイサツ飯つきあいなね、」

革靴くるり踵返す、その手は鞄ひとつだけ。
もう二度と戻らない、そんな背中に問いかけた。

「光一、次、一緒に飯食うのいつだ?」

警察官の先輩で上司、その貌はあと1時間で終わる。
けれど同齢の山ヤ同士ではいたい、願いに澄んだ瞳ふりかえった。

「明日から俺も予備校だけどね、越沢バットレスを毎朝ヤッて通うツモリだよ?」

山岳救助隊は辞める、けれど山はやめない。
そう告げる瞳は底抜けに明るくて、教えてくれた約束に笑った。

「週休に俺も行くよ、カップ麺また食おうな?」
「いいよ、今日おまえ週休だから三日後かね?」

笑って扉かちり開かれる。
廊下の窓あざやかな朱金の空、もう明ける今日にザイルパートナーは言った。

「いいかい英二、つかまえたいんなら今日だよ?」


※校正中

(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】


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