ちごゆり嘉子の部屋

お花っていいなあ~おもに山野草の紹介します。
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糖源公園に、カタバミ咲き(17-0115)

2017-01-15 08:11:44 | 山野草
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 南国の当地でも、昨夕雪がパラつきました。 

上板町 引野にある 糖源公園に行ってきました。

 車で通常の走りでは、判らないのですがお花が目につき 少し幅広になった車寄せに、停車して分かったのです。


このピンクの花は、そばで見ますと ピンクカタバミでした。



 石段があり 登り口に、小さく案内板が、立っておりました。 

 何でしょうと登ってみると、

この坂道があり なおも登っていきました。





途中なだらかに成った所には、これがあり 断層が見えるのかしらと 横に道をそれ、歩いてみましたが、すぐ下は小さな池になっていて、見当たりませんでした。

ここから東の我が町板東、板野、上板と通り この地中にずっと、はしっているのですよ。地震無き事を祈るのみです。



 まだ少し回り込むと

 これでしたよ!

和三盆糖は、1789年(寛政元年)~1800年(寛政12年)頃、引野村(引野、松島村、松島町、上板町、徳島)の丸山徳弥(山伏、玉泉)、1753年(宝暦3年)~1821年(文政10年)、により、はじめて作られたと言われています。





右左にと 道ぎわに、 万両のみが 真っ赤ですし、



途中 べンチを設置してあります。




 これは ヤクシソウでしょうか?


 西日があたって 光っていました。



 ここをのぼりつめると


ここで休めました。



小高い山をのぼり詰まると 広場があり ここが公園のようです。
 桜も植わっていて 春はきれいでしょう なぜか お墓もありましたが 撮りませんでした。





阿波和三盆糖の里(引野、上板、徳島)の歴史伝承、糖源公園(丸山徳弥碑、三木武夫書)、高野池(溜池)。。。。。

阿波和三盆糖(あわわさんぼんとう)の栽培の起源については、江戸時代中期、阿讃山脈の南麓、引野村(ひきのむら、のち松島、上板、徳島)を通った日向(ひゅうが、宮崎)から来た遍路が、この村の修験者(山伏)、丸山徳弥(まるやまとくや)、1753年(宝暦3年)~1821年(文政10年)に、ここの土壌は砂糖黍(サトウキビ)がよく育つと教えたことに始まるという伝承があります。 




 この碑が立っていましたので、 読んでみますと、 上の解説のとおり 上板でのサトウキビ栽培を この地にもたせた 功労者の碑でした。



私のような 高齢者が 足腰を鍛えに 登にちょうど良い 静かな公園のようでした・・・

明日に続きます。


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コメント (15)