日本共産党衆議院東京1区くらし・雇用相談室長 冨田なおき

衆議院東京1区で3度立候補。寄せられた声を国政に届けたい。与党に勝てる筋の通った野党共闘を東京1区で実現しましょう。

九州豪雨被害救援募金訴え・今日は日本共産党創立95年

2017-07-15 21:25:19 | 宣伝

今日も東京は暑い1日でした。
九州の豪雨被害にあわれた方々の健康が心配です。
御茶ノ水駅前で、飯島和子区議、千代田地区のみなさんと救援募金を訴えました。

学生風の若い方を含め、多くの方々が歩み寄って募金を寄せてくださいました。ありがとうございました。

同時に、「しんぶん赤旗」日曜版の見本を渡しながら、国政転換の訴えもしました。

今日は、日本共産党の75周年の創立の日です。
1922年に産声を上げたときは、他の欧米の共産党とも違い、できたときから非合法。
アカ呼ばわり、生命をも奪った過酷な弾圧は、21世紀の日本社会にもまだその痕跡(頭っからの偏見)が皆無ではないほど、
国民の思考にも感情にも痛々しく刻み込まれました。

この時代に旗を降ろさず、主権在民、戦争反対を掲げ続けたことは歴史から消すことのできない事実だと思っています。

少し話が長くなりますが、この時代に、当時の政府は、日本共産党に対し、治安維持法をつくり、改悪し、死刑を含む厳罰で臨みました。
それは、社会主義をめざしたからだと思われる方もおられるかもしれませんが、そうではありません。
日本共産党のほかにも、社会主義政党はありました。しかし、存在は否定されませんでした。

違いは、主権在民をめざしたかどうか=「(天皇主権の)国体を変革し」ようとしたかどうか。
そこが天皇絶対の当時の政府にとって、許せなかった。主権者が天皇ではなく国民というのは、いまじゃ、当たり前なのですが。
「共産党=危ない」というイメージの源流は、当時から権力の急所を押さえていたからということにあったということです。

さて、話を戻します。
安倍政権への国民の怒り・不信は、都議選で自民党に歴史的な審判が下ったことでは終わりません。

時事通信の調査でも、内閣支持率はついに20%台に。いよいよ引きずり降ろさねば。
それは、自民党内の首のすげ替えでは何も解決しません。「ポスト安倍」と言われる人たちは、
秘密保護法、安保法制、共謀罪に賛成した自民党議員ですから。

立憲主義・民主主義を踏まえた、立憲野党と市民の共闘でこそ、安倍政権に代わる受け皿になりえます。
憲法と個人の尊厳・権利を守れる政府にしてこそ、

かつてない格差と貧困にも、有効な対策がうてるし、

国連加盟国の3分の2が賛成してついに採択された、核兵器禁止条約に現政権のように背を向けるのをやめ、
唯一の戦争被爆国として、核保有国・開発中の国に声を合わせてものが言えるようになります。

この日は、「がんばって」「(赤旗)読んでますよ」など、声をかけて下る方多く、
暑さの中、署名も通常以上に協力していただけました。

いよいよ、すみやかな解散・総選挙へ追い込むべく、日々、歩みを進めます。



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