Tomatopiaの日記帳

クラシック、思い出、短歌、旅、政治

10月のぶらあぼ

2016-10-11 09:38:31 | 音楽

いま秋、音楽会が最も盛んな季節だ。
ぶらあぼを見ても沢山興味深いものが見つかる。それぞれについて何かしら言いたいこともあるのだが、体力がもたない。そのほんの一部しか取り上げられなかった。

 

ベルギーの人たちの作品で、日本人は女性歌手がごくわずかだけ登場する。川端康成作品だが「美しい日本の私」とはずいぶん印象が異なる。「老人が薬で眠らされた若い女性の温かい体に寄り添い一夜を過ごす」物語りで「別れ、老い、死」がテーマ、とのことである。西欧人たちにとっては川端をこういう風に見るのか、こういう所に関心があるのか、とむしろそういうことに注意が向く。

どんな音楽なのだろう? 後期ロマン派? 新ウィーン派? それともその後の砂粒のようなあるいは空飛ぶ電波のような現代ものだろうか?

 

声明はそのまま使うのかな? それとも「音楽的処理」が行われているのだろうか? それにしても「トスティの歌曲」との相性はいかに?
築地本願寺には中型のオルガンが据えつけてある。仏教音楽も眠りから醒めて来つつあるのかな?

 

「武満を弾くことで自分が日本人だと実感した」、(弾いていて自分が)「日本人だなと感じる瞬間があった」とのこと、すばらしい自覚、洞察だ。ぜひ聴きに行ってみたい。
ギターのために武満が曲を書いたことでギターはこれからも永い命を得たと思う。

 

ピアノデュオのステージを何年か前からよく見かけるようになっている。独奏では決して聴けないレパートリーや豊富な音色は魅力的だ。

 

立派な声楽の賞を受賞されたようだ。東海大学卒、そして津波をかぶった福島県いわきのご出身だそうである。東海大学の音楽の教室は丹沢の麓、小さな丘陵の上にあって、どちらを向いても懐かしい景色が広がっている、そんなところだったと憶えている。たしか小さなオルガンが1台あったような記憶。

 

「これを次代に残したい」とおっしゃる。それならぜひ聴かせて頂かねばならない。
柴田南雄氏はその昔評論をよく読ませて頂いたが作品を拝聴したことは・・・残念ながら殆ど覚えていない。

 

新人たちの初めての晴れ舞台だ。いつも目が離せない。

 

何年か前ショパンコンクールか何かで入賞されたこの人、ステージではあまりお見かけしなかったが、内面的な成熟を待っておられたのだ、ということがよく分かった。

 

実は先端的な現代ものは私はあまり好きでない、というよりよく分からない。行く時はいつも恐る恐るで、時には逃げ帰ることもあった。
ビオラもハープもとても魅力的な楽器だ。その魅力だけでも・・・逃げ帰らずに聴き通したい、と願う。

 

オルガンについて勉強する稀な機会!(10月15日)

 

マリンバがとうとうコンクールを作れるまでになった!感慨深い。(10月16日)

 

この方、何年か前にゴドウスキーの「ショパン練習曲」のステージを全国放送で披露された。これは大変に勇気がいることだったろう。それ以来私はこの方に特に注目している。(10月30日)

  

欧州のコンクールで入賞し欧州で活躍中のお二人、日本を離れていて、これからどんな音楽に育ってゆくのか?注目しているのだが・・・(10月22日)

 

 

 

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お彼岸の旅-福島へ

2016-10-03 23:08:49 | 旅行

このお彼岸、墓参りのため、そして最近衰弱気味の体調と気分を湯治で癒そうと10日ほど福島に滞在した。季節は東京より1カ月進んでおり、すでに朝晩はストーブが必要だった。泊まったのは三春町の田園生活館だ。

朝と夕方、お風呂に入り、広い大広間で休んだ。食事は自炊で、地元の産品を売っているこの施設の売店と町中のスーパーで毎日のように食料を買い求め、火を使わない簡単な食事を用意し、焼酎のお茶割りとともに静かなバンガローで--雨の日以外はテラスで--朝から晩まで本を読んで過ごした。

売店では東京のスーパーでは絶対に見かけないような産品をたくさん売っている。生産量が少ないという理由なのだろうが、多くの人々に知られることがないのは実にもったいない。この辺の人々は実に豊かな食生活に恵まれている。

 

泊まったのはこのようなバンガローの1軒だ。木の香りがする。設計も立派、工事もとても丁寧に仕上げられている。昔ながらの大工さんの仕事だろう、と思う。

 

建物のすぐ隣に生えている木には実がなっていた。訊ねてみたが何の実か誰も知っていなかった。鳥が種を落して生えた木だろうか? 少しかじってみると甘い味だった。

 

風呂に行く道には萩が満開を過ぎようとしていた。

 

道沿いの生け垣なのだが、かわいい実がなっていた。

 

その道から見た児童遊園地。土日になると親に連れられて来た子供たちの声が溢れる。

 

近くにある廃校になった中学校。10年前にここに来た時には元気な生徒たちの声と姿で溢れていたのに・・・と寂しい。いまは町のイベント会場として使われていて、今日は「特撮の展示会」をやっていた。廃墟とならなくてよかった。

 

 

丘の道端からみた夕映え。シュトラウス「最後の4つの歌」の第4曲「夕映えに」を思い出す。
https://www.youtube.com/watch?v=co61XmUu-tc

 

これは朝起きてすぐに見た東の空。

 

そしてこれは昼の空。大昔に聴いた「空が近い週末」という歌を思い出した。まだ本物の日本のポップスがあった時代の歌である。

”さえぎるもののない青空に・・・ 不思議ね 空が近い・・・”
https://www.youtube.com/watch?v=qyG1Aan-u5U

 

この町はとても蔵が多い。町中のどこにでも見かける。三春藩時代から、つまり何百年も前の建物を持ち主の子孫たちは今もきれいに保存している。

 

 

裏通りで見かけた医院。これも古い建物だ。こちら側は多分入院病棟、向こうは診察室で新築に見えるが、実は壁だけが新しく、柱や窓、その他の設計は昔ながらのものだった。そしてこのお宅の医業というのも何代も続けられてきたのだろう。
つまり、この町の人々はみな祖先に誇りを持って生きているのだ。

 

宿の物産直販所では珍しいものばかりだった。

「うこっけい」という特別な鶏のたまご。少し小型だ。

 

「ふきみそ」、いまの都会の人々はその味も使い方も忘れてしまったのではないか?
東京ではブルーベリーは輸入のかなり高級な乾燥果実としてしか手に入らない。

 

野ぶどう--名前は聞いたことがあるが見たのは初めてだ。右側のびんは焼酎漬けにしたもの。 「ああ、これのことだったのか」と、改めて有名な現代短歌の作品を思い出す-- ”野ぶだうを運ぶ異装の一隊にまぎれて天に向かひしとのみ”  

 

その他、あれもこれもと紹介しだすときりがないのだが、たとえば、かぼちゃだけでもこんなに多彩である。

 

あっと言う間に10日間が経ってしまった。
またきっと来よう、こんどは1カ月くらいは逗留したいな、と思いつつ丘の道を下った・・・ 

 

 

 

 

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