Tomatopiaの日記帳

クラシック、思い出、短歌、旅、政治

「アジアの解放者、日本」

2015-08-30 16:37:01 | 音楽

アジアの解放者、日本 --マイケル・ヨン氏のブログより 転載

http://michaelyonjp.blogspot.jp/2015/08/japanese-as-liberators-in-asia.html

 マイケル・ヨン氏は先の大戦時の日本について歴史の真実を見極める調査を行っておられ、そこで発見された「真実」を自由な言論人としての立場から世界に向けて発表しておられる。「真実」は、当然ながら、日本をあらゆる点で正当化するものである。これまで日本を一方的に貶めてきた反日諸国や国内の反日勢力の嘘が日々明らかになっているが、氏にはその寄与について大きな感謝をすべきと思う。

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昨晩私はインドネシアのジャカルタからタイのカンチャナブリに着いた。イアンフ問題の調査を続けるためだ。

今朝、私はタイの或る教授に会う。この人は鉄道関係の本の著者だが、その準備中にたまたまこの問題を研究することになった。(興味深いことには、私は昨晩カンチャナブリで日の丸が掲げられているのを見た。)

昨日私は、先の大戦後米国はインドネシナの独立を助けた、という話を公にした。これに対してはインターネット経由で、あるいは経由せずに、批判が寄せられた。それは本当ではない、という人が多かったが、それは本当である。私の言葉に間違いはない。

日本は短い期間であった過去の帝国主義のために広く批判されている。その真実はそんなに簡単なものではない。下の図を見てほしい。これは私がジャカルタの戦争記念館で作ったものだ。

西欧の帝国主義はアジアを席巻した、いや世界の大部分を席巻したというべきだろう。

大戦前、われわれ(西側)は日本を大々的に攻撃していた。たとえばフライイングタイガーを思い出してみるといい。われわれは日本をABCD網(米英加蘭)で窒息させようとしていた。

日本は交渉を試みたが、とうとう最後に我々に飛び掛かり壊滅的な結果をもたらした――インドネシア300年以上も残酷に支配してきたオランダをそれこそ木っ端みじんに打ち砕いた。真珠湾やその他についてはいうまでもない。

日本軍はインドネシアでオランダ軍を、かれらが現地人を扱ったと同様に扱った。

日本軍はかれらを現地人の面前で侮辱し恥をかかせ、かれらが神でもなんでもないことを見せつけた。

日本軍は「アジア人が劣等人種である」との神話を打ち砕いた。それはここタイのカンチャナブリなど、他の地でも同様であった。カンチャナブリには大規模な共同慰霊墓地(何年か前に詳細な写真を撮りインターネットで発表した)や「クワイ河にかかる橋」がある。この橋はいまこの文を書いているところから歩いてすぐのところだ。

日本軍は捕虜に対して時には厳しく当たった。たとえばここカンチャナブリやフィリピンのバターンなどである。バターンについては私は今年初めに調査を行った。そこの収容所の看守の多くは実は、日本軍に加わっていた朝鮮人であった。しかし、これはまた別の話になる。

インドネシアで日本軍は、国の独立のための条件を準備した。

たとえば、オランダは現地人を劣等人種として扱い、現地語を話すことを禁じた。しかし日本軍はかれらを日本人と同等に扱い(日本軍の戦争のため徴用された者も多かったが)、民族統一ができるよう一言語を話すよう督励した。

最も重要なことは、日本軍がインドネシア人に「自信」を教えたことだ。オランダ人はその反対であった。

日本軍はまたインドネシア人に戦い方、組織の作り方を教えて訓練した。

原爆が落とされ、日本の戦争は終り、日本軍は降伏・帰国を命じられた。大部分の軍人はそれに従ったが、何十年もさまざまな地で戦いを続けた軍人もいる。

インドネシアでは帰国命令に背いた日本軍人が多くいて、国に帰らなかった。かれらはインドネシアに止まりその独立のため現地人とともに戦った。(話したいことはもっとあるのだが、ここでは要点だけ。)

そこに米軍が登場する。言うまでもなくオランダはナチス・ドイツに侵略されており、米軍はその解放に手を貸した。連合軍はドイツを破り、支配下の欧州と日本は壊滅した。.

米国は欧州諸国のためマーシャル計画を賢明にも実行した。

他方オランダは帝国支配を取り戻そうと思い、インドネシアの再侵略に向けて動き始めた。だが米国は、もしオランダがインドネシアを取り戻すならオランダへの支援を切る、と嚇した。

そしてオランダは引き下がった。

インドネシアの成功への条件を整えたのは日本である。

日本軍がいなかったなら、インドネシアはオランダの奴隷国家のままだっただろう。日本は大きな称賛に値する。今日日本はインドネシアで尊敬の的である。

インドネシアは自国の解放のため必死で戦った。これも大きな称賛に値する。そして米国も、それほどではないが称賛に値しよう――状況を確かなものにしたからである。アジアにおける西欧の帝国主義打倒のドミノ倒しを開始したのが日本であることは、疑いを容れない。

しかしその後、インドネシア自身が帝国主義に乗り出した。この過程すべてにおいて、全く無実の犠牲者は存在せず、すべてが悪であったような者も存在しない。

今日のところ私が言いたいのはそういうことだ。何度にもわたるインドネシアへの旅で、私はこれまで不愉快な経験をしたことがない。かの地の人々は大変に好意的であり、西欧人と話すことが好きだ。かれらと話すのはとても楽しい経験である。

いま9時15分、10時にはその著者と会わねばならない。今日はこれまでにしよう。皆さんにもいい日でありますように。

 

 

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ラテン語で短歌を

2015-08-28 03:36:51 | 短歌

この稿、未完なのだが、とりあえず今日書けることだけ書いておこうと思う。

テーマは「ラテン語で短歌を詠むことができる」ということだ。

諸外国ではすでに英語やフランス語など、いくつかの西欧語での短歌や俳句がかなり一般的な流行となっている。短歌が新しい詩型として受け入れられたのは実に喜ばしいことだ。

伝統的な西欧語の詩には韻や構成などにさまざまな約束事があって、それぞれの詩型は決まった名前を持っている。これらと短歌の構成原理は全く異なる。西欧語で短歌を詠むとき、別にそれらに従う必要はない。韻はなくともよい、構成もかれらの伝統にはない形でいい。なんとなく日本の短歌の形、「五七五、七七」あるいは「五七、五七七」を思い出させるような構成でいいだろう、そして数行、あるいは1文、2文など、できれば31音節に近く限界にまで圧縮し、その少ない言葉、短い形式で「日本の短歌の表現に似た効果を与える」--これが要である--つまり、一つの想念とその深みを表した短詩であればいいだろう。

すでに試みられている西欧語の短歌は、日本の短歌で言えば「口語短歌」に相当する。それはそれで一つの領域なのだが、われわれが普通に詠みまた読んでいるのは万葉集以来の歴史を背景に持つ文語短歌である。われわれの言葉が口語である現代でもなおこの伝統を守っている。それは我々の短歌、詩が歴史に連なるものである、という確信があるからであり、歴史に連ならなくては存在し得ないからである。

 これに相当する西欧語の短歌もあり得るだろう、というのが私がここで呈示したいことなのだ。かれらの文語とは・・・  ラテン語である。ドイツ、イギリスなどの言語的祖先はそれぞれゲルマン語、アングロサクソン語だが、文化的には古代ローマ帝国以来ラテン語がかれらの祖先と言っていい。

古代ローマ帝国でキリスト教か生まれ、中世からルネッサンスを経て、各民族国家に引き継がれたが、その過程でこれら諸国の文化的言語として発展してきたのはラテン語である。今日でもなおヴァチカンでは公用語として使われており、フィンランドやドイツではラテン語の放送局がある。これら諸国の高校生はいまもなおラテン語をかれらの古典語として学んでいる。これを死語としてではなく、日本の万葉集や古今集のようにいまなお生きた言語文化として、かれらの共通の言語的文化基盤として、短歌によって今日でも生かしまた生きることができるのではないか、と思うのである。

われわれ自身にとっても、ラテン語を学んだ人なら首肯するだろうが、ラテン語の文学やその遺産は貴重であり興味深く、また味わい深いものがある。外国語ではあるものの、いったん親しめばまた違った言葉の世界が開けてくる。そこで短歌という形式によって新しい表現分野を開拓できないだろうか?

ラテン語は子音に比べて母音が多く、母音や子音の種類も日本語と同じであり、日本語と音韻的に親しい。また現代西欧語のように構文の形がきっぱりと決まっておらず、とくに古典ラテン語は語順など日本語と同様に大きな自由がある。また単語の意味が現代語の中で用いられるラテン語起源の言葉のようには分化・専門化--これは日本語における漢語に相当する--しておらず、「原義に近く」「素朴」な味わいを持つ。この点、我々の短歌で好んでもちいられる和語との相似性があるだろう。

ラテン語の歴史はキリスト教の歴史と不可分である。しかしラテン語はキリスト教だけのものではなく、一般民衆の日常の言葉でもあった (Vulgata と呼ばれ、今日のフランス語、イタリア語等々に進化した)。また学問一般の言葉でもあり、ニュートンなども「数学原論」をラテン語で書いた。キリスト教によって一段と精神的に深められた言語となったのは確かだが、キリスト教の教義・想念のみを表現できるのではない。それを超えた普遍的な想念・概念をも表すことができる。また今日短歌によって「脱キリスト教」的に死語であるラテン語が生き返るきっかけにもなるのではないか?

 

以下、若干の日本の短歌をラテン語に試訳してみよう。その後さらに、私自身のラテン語短歌の試作をも紹介したい。

 ――(以下、日を改めて書き続ける)――

 

 

 

 

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9月のぶらあぼ

2015-08-25 02:04:01 | 音楽

この一週間、朝晩は過ごし易くなりほっとしている。一方、夏を失うのは惜しい、という気持ちもある・・・  間もなく秋、コンサートのシーズン。興味深い演奏会が目白押しのようだ。

 

 

ことしは浜松のピアノコンクールがある。伝統的なピアノソロ曲、ピアノ四重奏、協奏曲、古典曲、現代曲、邦人作品と課題曲はバラエティに富んでいる。ゆっくりと休暇を取って観に行ってみたいと思うのだが・・・

 

 

 

ベートーベンに関わる曲目ばかり。ピアノソロへの編曲だけでなく様々な楽器の組み合わせでの編曲。当時のイギリスとドイツは大変に遠かっただろうに、ベートーベンが「庭の千草」や「蛍の光」を知っていたとは!そして好んでいたとは!

 

 

 壮大な大曲、なかなかステージに上がることがなく、貴重な機会。

 

 

芸大の若い人たちによるモツアルトの歌劇、以前「魔笛」を観たことがあるが、とても楽しめるものだった。若い、手慣れていない、ということだけでも新鮮かつ魅力的。

 

 

 実力者の若手2人。デュオはソロと比べられない魅力を生む。

 

 

ロシアスクールの2人、どんなロシア風の魅力を見せてくれるだろうか。ブラームスの二重奏はオリジナルものらしく、ブラームスの編曲ものでない書法がどんなものか、とても興味がある。

 

 

 

 

日本の歌、三つのコンサート。われわれは日本の歌をもっともっと再認識せねばならないといつも思う。3つ目は9月9日

 

 

日本の古典音楽が勢ぞろいしてステージに、まさしく「日本の宝」、滅多にない貴重な機会。一生に一度、というものもあるかも知れない。

 

 

日本古来の竹笛と弦楽四重奏と打楽器で新作、どんなものか予想もつかないが、とても興味深い。

 

 

珍しくもタンゴのちらしがあった。演目はみな古典のようだが、ピアソラなども入っていればもっとよかったのに・・・

  

 

浦安で色々な楽器の新人たちのリサイタル、ピアソラも入っている! 9月4日。

 

 

 モンテヴェルディをステージで聴けるのは年に何回もない。ルネッサンスの曲は言わば「病が癒えて初めてみた景色」のような独特の音色がある。9月11日。

 

 

琵琶で「耳なし芳一」、まだ琵琶の新作の語りが生きているというのは嬉しい。9月11日

 

 

「バッハ=チェンバロは誤解」というのはとても新鮮。たしかに、バッハはチェンバロよりも「家では音色が繊細で発音を制御できるクラビコードを好んだ」という話は聞いていたが・・・ 9月16日。

 

 

 

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古本屋のこと

2015-08-15 12:40:42 | 日記

何年か前から「ブ〇〇オフ」とかいう本のリサイクル屋があちこちにできて盛況のようだ。あえて古本屋とは言わない。かれらは本の文化的価値を見ずただ「新しいか、汚れていないか」だけで買い取りも陳列も値付けも判断しているから。

古本屋としてはつまらん店だ、と思いながら、私は時々立ち寄っている。見るのは「100円均一、200円均一」だけだ。その中に掘り出し物がある。店員には無縁の価値基準だろう。

それらの本はみな2、3年以上前のものだ。しかし、今なお価値があり、その値段ではどこに行ってもなかなか手に入らないものがある、私はそれを有り難く利用する。たとえば、

 

西部氏の本は氏の真正保守の世界観すべてを何から何まで語っている。ちょうどヘーゲルが「有と無」から「神」に至るまですべてを一冊の本で語ったように。我々がいま直面する生き方の根幹を「道徳」として分かりやすく説いている。

西尾氏の本は、世間や学校でいま流通している自虐GHQ的・階級闘争的「日本史」の常識をすべてひっくり返し、誇り高い我々の古くからの歴史を見直す観点を示してくれる。氏は専門の歴史家ではないが、その観点・指摘はみな示唆に満ちている。

 

馬淵氏は国際情勢の裏に蠢く勢力、グローバリズムの本質を早くから見極められていた。いつも我々が不条理に感じる出来事が説得力ある論理で遠くユダヤ人の金融支配の歴史とともに説明される。氏はそのため多くの本を出されているが、古い本も新しい本もみな一貫した「誇り高い日本の伝統を取り戻そう」という主張で貫かれている。氏はそのため「命の危険」を冒されているのではないか? と心配にもなったりするのだが・・・

藤原氏は数学者で、経済・政治は専門家ではない。しかしその直感的把握は説得力があり核心をつくものだ。とくに日本の文化的・伝統的な直感力がご専門の数学ともつながる、という主張は、他の分野にも該当するはずで、目の覚める思いがする。

 

西部氏のこの古い本は、いわゆる「保守思想」というものの由来をヨーロッパという日本とは対極的な文明でその発生から今日までを検証したもので、日本の保守思想の構築の基礎となるに違いない。保守思想というものは、マルクス主義など、「人工的理論」と比べて「自然発生的、伝統的」な面があり、その範囲も広く、なかなか整合的に理論構築する習慣がなかった。特に日本ではそうで、多くは江戸時代の古学派など、文学・・・文芸ではなくなぜ文学と言われるのか、私はやっと実感できた・・・が主な役割をになってきた。

西尾氏のこの本も古いものだが、「保守・思想・情報・経済・政治」についての氏の何年にもわたる評論の集成である。保守思想というものが全体的にしか捉えられないものであり、長年にわたる批判によっていま氏は体系的な思想というものを樹立されたことがよく分かる本である。

 

中西氏の本は、広範囲にわたる政治評論の集成だが、いま日本が「絶対絶命の危機」にあると捉え、日本人の生きる意志、「気」というものの復興、それが日本を蘇らせるものだを訴えておられる。

三橋氏の本はいつものように中韓批判と反グローバリズム、日本の自信というものを訴えるものだが、昔から一貫していて今日まで破綻がない。古くから正しく今日を見通しておられたことに改めて信頼を寄せたいと思う。

 

ところで、残念ながらいまや昔ながらの古本屋というものがだんだん減りつつあるようだ。街で古本屋を見かけるといつも用がなくとも入ってみるのが習性のようになった。といっても、目利きの主人が集めた高価な古本はとても手が出ず、やはり100円均一とかワゴンセールなどの本に目が行くのだが・・・

ここのところ目につく傾向があって、それは日本の古典が捨て値で処分されていることだ。下のような貴重な本が200円で売られている。私は見つけ次第すぐ買うことにしている。こういう本はこのような立派な装丁でもう二度と新刊が出ることはないだろうな・・・いったい日本の古典の行く末はどうなるのだろう?  と悲しい気持ちにもなるのだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

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八月六日

2015-08-06 20:00:21 | 政治

今日は8月6日、広島が原爆を被災した日である。あと3日すれば長崎の日がくる。

私はそれに被災したのではないが、広島近郊の呉で育ったからそのことは知っているし、家族や親戚・知人にも被災者はいる。

この経験について語ることは大変なことである。その時のこと、その町やその人たちのことを思っただけで頭の中が、そして胸がかきむしられるような気持ちになる。とてもそれを言葉やその他どんな手段にしろ表現することはできない。一生かかっても表現しきれないだろう・・・ これまでその経験を一度たりとも私は人に告げたことがない。例外は、かつてこのブログに、福島の微量の放射能さわぎが悪意によってゆがめられている、という趣旨の記事で広島・長崎を引用したことがあるだけだ。

あの悲惨な原爆によって終わった先の大戦は日本の「悲劇」であった。「わが国が悪であった」などと単純に決めつけてはいけない。この悲劇も含め、過去のわれわれの歴史を忘れない、いやそれどころか、我が先祖たちの精神と振る舞いを再確認して我々の由来=アイデンティティを探ることは、いま生きて行くために必須のことである。

最近、先の大戦や戦後、あるいはもっと古く明治頃からの古い写真が発掘され再刊され、本屋やインターネットでもよく見かけるようになっている。今朝こんな写真や動画が見つかった――広島、長崎のどちらか知らないが、その日現地調査した米人が密かに撮影し何十年もの間隠していたもののようだ。その種のソースの一つらしいデータがこちらにある。

 

亡くなった弟を背負って焼き場に連れてきた少年。だれに着せてもらったのだろうか、真夏にも関わらず弟はおそらく手近にあった一番いい着物を装っている。

 

被災直後、ともに負傷したまま赤ん坊に乳をやる若い母親。

 

焼け野原で弟妹の面倒をみる子供。

 

これらに接して私は言葉を失う。何も言えない。言っても言っても言いつくせない。ただただ涙が溢れて流れる。

 

 ――間違いのない聞き書きとして付け加えれば、日本が核攻撃を受けたのは日本が核爆弾を持っていなかったからである。これは今でも同じである。核攻撃あるいは一般に戦争の脅威を受けるのは核を持たない国である。これまでの戦争を振り返ってみれば一目瞭然である。核や戦争の脅威から国を守るためには核を持つしかない。

非核三原則、絶対的な平和主義、非武装中立、無抵抗主義などという一見美しそうなスローガンは、間違いなく日本の再度の敗戦、外国からの侵略、亡国を招く。現に、丸裸のわが国は周りの諸国から 「いまそこで侵略されつつある」 のだ

私は原爆の被災者の一人である。しかしそれを「持たなければ必ず再びその惨禍に逢うだろう」と固く信じている。

 

 

 

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