Tomatopiaの日記帳

クラシック、思い出、短歌、旅、政治

白鳥 (サンサーンス)

2017-04-06 02:14:31 | 音楽

 昨晩夜の帰り道を歩いていると何処かからかかすかにサンサーンスの「白鳥」が聞こえてきた。(私の住まいの近くは車が余り通らず静かなのだ。)
この曲は昔のあらゆることを思い出させてくれる・・・ 田舎のこと、子供時代のこと、いまはない旧い家のこと、父母のこと、兄や姉、弟のこと、そして何年かぶりに家に戻った時の母の姿、その昔妻といっしょに行った数多くくの旅、若くして亡くなった何人もの友人のこと・・・ みなはるかな思いとなって心を駆けめぐる・・・ 

聞こえてきたのヴアイオリンが入った特別な編曲の音であった。帰ってからYoutubeで色々な編曲を聴いてみた。その編曲のものは・・・見つかった。それとともにその他多くの形態で演奏されていることも知った。みなそれぞれ楽器の組み合わせや奏者により印象がかなり違っていた。

たとえばこのようなものが見つかった。

 https://www.youtube.com/watch?v=Vqvc1TCC6Ng

これがサンサーンスの原曲(2台のピアノとチェロ)でバレエにもこれを使っている。

 

下はチェロとピアノ、もっとも普通に聞かれるものだ。
気取らず平明に弾かれたいくつかの演奏(日本人女性2人のものも含む)が私には最も心に訴えてくる。

 https://www.youtube.com/watch?v=zAvDotUEaIk

 https://www.youtube.com/watch?v=xHbMbvCtuGw

 

下はヴァイオリン用の編曲。すっと心に沁みこんでくる演奏だ。

https://www.youtube.com/watch?v=9-GVZ6Ae9Qs

 

この曲にもピアノ編曲があった。難曲への編曲専門家のゴドウスキーによるものや2台のピアノへの編曲も見つかった。とちらも描写風であり蓋を閉じて音色に配慮しているのが興味深い。

https://www.youtube.com/watch?v=N7tYEDur_y8

https://www.youtube.com/watch?v=xWkLTjJYHak

 

Youtubeのおかげで昔のあるいは最近のあらゆる有名無名の演奏家の様々な演奏が聴けるようになった。実にありがたいことだ。

 

 

 

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ハノンで遊ぶ - ピアノを再開した

2017-02-22 08:47:14 | 音楽

長い間やめていたピアノ練習を再び始めた。その理由は--指の運動が頭の運動にもなるというまったく非音楽的かつ実用的な理由もあるが、じつはただの気まぐれか「昔とった杵柄」が忘れられないということに過ぎないのかも知れない。


ここ3年半殆どピアノには手を触れなかったが、いま触ってみるとピアノを弾く感覚は残っている、しかし筋肉がダメになっていて「肉体的運動練習」が必要とわかった。
それでまずハノンから始めることにした。

ハノンは嫌いではない。ハノンだけを1時間やっても飽きないのが常だった。ただし、あの教本の譜面に書いてある通り面白くもなんともないフレーズをそのまましかもオクターブで弾くのでは退屈極まりない責め苦となる。



こういう課題が教本の多くを占め、またこの種の練習がこの教本の主な効果をもたらす。その他音階、分散和音も含まれているが、これらはハノンとは別にやればよく、ハノンの真骨頂は上のような練習にある。

いろいろ試みてみて退屈せず「楽しくできる」とわかったのはこんなやり方だった--


(1)左右の間の音程を変えてみる。半音階的音程にまで踏み込んでやってみる。
(2)左右の間の時間をずらしてみる。
(3)あらゆる調(キー)でやってみる--コルトーの教本ではこれを「必須」だという。
(4)音型のリズムを変えてみる--多くのピアノの先生方はこれを推奨される。
(5)レガート、ノンレガートでやってみる。
(6)テンポを変えてやってみる--手首の使い方が変わってくる。普通の曲についても遅いテンポから始めるよう多くのピアニストたちは推奨する。
(7)ダイナミック(cresc.、decresc.、アクセント)を変えてやってみる--これはピアノを弾く時の「自然」である。


これでほぼ無限のバリエーションが生まれ、一巡するのに何カ月もかかる程になる(それでも4のリズムの他多くについてはまだ試していない)。

ハノンでこれらをやってみて思いがけなくも興味深い結果となったのは1、2であった。
(1)の音程は10度(3度)、6度で響きがいいが、6度は3度の転回なので同じとみなし10度のみを採用する。


同度では退屈きわまりないこのフレーズも10度では「聴いて、面白い、工夫のしがいがある、指も拒否反応を示さない」響きになる。
いろいろな音程で試みたが、結局これしかないようだった。

(2)の時間をずらす試みでは、2拍が安定している。(1小節以上を離すと(1)と同じ効果となり無意味。)1拍、3拍ずらすことも可能だろうし、またバッハなど対位法の曲、カノンの曲でもそれがあるが、ここでの試みではうまく行かなかった。
結局これは、カノンを機械的に作ってみるということなのだが、とても面白い結果となった。
両方の手をそれぞれ別々に感じることが必要だ。「対位法的面白さ」を感じる。この練習が「対位法的感覚の訓練」に役立つのは確かだろう。

 

 

同度を2度、3度、4度・・・と順に広げてみる。面白い響きとなったのは結局2、3、4、6、7度だった。半音にも広げてみたが、この「複調効果」はこの音型では違和感が強くなかなか成功しにくい感じだった。ただ減5度はこの音型でも楽しめた。最も遠い調なのだが親しい感じがするとは不思議でもある。

 

ハノンには上のような音型とはまた一風変わった音型がある。
左右がいきなり10度の間隔で記されている。多分そうしないと最初の2つの音が左右でぶつかるからだろう。
ちなみにこのフレーズそのままがバッハの平均律1巻変イ長調の前奏曲で最後のあたりに出てくる。  https://www.youtube.com/watch?v=QaEFu6HGi2M  (57秒あたり) とても美しく私の好きな曲である。

 

 

この音型は時間間隔を1拍、2拍ずらして面白い効果となった。
1拍ずらした場合、音程間隔は同度、4度がいい響きである。

 

2拍ずらした場合は6度の音程がいい響きになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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これからのコンサート(改題)

2017-01-28 22:41:41 | 音楽

 今回から表題を変えた。内容が表題と必ずしもそぐわなくなったからだ。

それにしても前回からずいぶん空いてしまった。また日次のスケジュールは今回遅れたため殆ど間に合うものがなかった--実はぶらあぼで一番面白いのはこれなのだが・・・

例の東京音コンでの〇国人の跋扈や「或る晴れた日に」の相も変わらぬ流行ぶりがつくづくいやになり、もうやめようかとも思った(思っている)のだが、もうしばらく 「こんな聴衆もいる」 ということを公表し続けるのも意味があるかなと思い直し今回また記事を書いた。

私は音楽は好き、いやそれ以上で、毎日の生活は音楽漬けなのだが、東京音コンや現地妻 オペラなどのこともあって「鳥になって東京を脱出したい」ような感じが続いている。これを言いだすと大論文を書かねばならないのだが、またそのうちに、ということにしよう。


日本の音楽家の方々については無条件ですべて応援する、というのが変わらぬ私の大原則だ。演奏も曲もみなわれわれの感性そのものと感じるからである。これは他の分野とも共通して感じることである。
昔から「ベートーベンを聴けば聴くほど、分かれば分かるほど,『あ、これは我々とは相容れない音楽だ』という感じが強くなる」のを不思議に思ってきたのだが、最近それがなぜなのか、やっと確信を得たように思う。

それは我々が日本人であり、その独特の感性を持つからである。その感性はこれまでの縄文時代から今に伝えられ洗練されて来、親から、祖父母たちから、はるかな先祖たちから受け継いできたものである。
たとえば桂離宮に代表される白木作りの簡素な家や、どこにでもある森の中の社を見てみよう。すがすがしく余分なものがない。さわやかな風がいつも吹きわたっている。それがわれわれの音楽の感性である。

「おっ、やるじゃない! こんなの、これまでになかったぞ」と思わず目をそばだたせる演奏がある--はったりである。ただの見栄えのはったりだったり、「感動」のはったりだったりする。クラシック音楽の歴史が浅い国や儒教の国ではみなそうである。あの人、この人と思い出してみるとよい。なるほど、と思えるはずだ。

コンクールの審査員もそんなものしか見えない人がいたりすればコンクールはつまらない人しか出さない。これまでの世界的あるいは有名コンクールの入賞者のリストを見てみればよい、「名も知らない」落ちぶれた人が殆どのはずだ。

われわれの課題は--自らに自信を持つことだ。日本では江戸文化までですばらしい邦楽ができあがっていた。明治から取り入れられた西欧のクラシックは、これもすでに完成した形と言えるのだろうが、この対決はまだ決着していない。「和魂洋才」から真に日本の音楽創造を行わねばならない。
シュトックハウゼンやジョンケージをいくら真似しても無駄である。

一方、音楽には政治的側面がある。政治の主体は国家であり民族である。だから音楽による国の侵略、他民族の洗脳、他国民の支配、などというものがあり得る。国の防衛と同様「音楽の防衛」も差し迫った課題である。
その失敗、いや敗北は無惨である--テレビの芸能番組、そして着飾った少年少女の身振り付きの騒音の流行はわれわれの音楽的感性、精神を日々破壊し、別なものに作り替えている。テレビはスイッチを切れ! スマホを捨てよ!

 

 応援あるのみ。
「在外研修」も、そろそろ寿命ではないかという気がする。いい先生は国内にも沢山いらっしゃる。別に外国の先生が素晴らしい訳ではない--その例証はいくらでもある。
終戦直後芸大で教えた世界的ピアニスト、レオニードクロイツァーは、卒業生の高いレベルを認め、当時の慣習であった卒業後外国への留学は無意味として、すぐに国内で演奏家として活動するよう強く勧めた。(http://midi-stereo.music.coocan.jp/iroha/iroha.htm)今に至ってもなお「留学必須」の魔法の呪文が教師と学生を捉えている。

文化庁はそのような「外国の先生について習わねば一人前にならない」という50年前、60年前の固定観念は捨てて、若い音楽家を「どのようにして勇気付け、後押しするか」 それを考え実践した方がいい。
しかし東京や仙台みたいに国内コンクールで隣国人を一位にするようなことではだめだ。わが青年たちががっかりするだろう。審査員には「なぜ自分の学校の生徒たちを一位にできなかったのか? あんたたちはそんな力量しかないのか?」、小池都知事には「都民の税金を使って反日国の音楽家を応援するつもりか?」 と詰問すべきだ。

 

 あちらこちらと世界中のコンクールに挑戦を重ね、いまやっと帰宅! 十分気が済みましたか? 日本で落ち着いてください! Youtubeには沢山の足跡が残された。
https://www.youtube.com/watch?v=FLQ3MR09wDE

 

この人、PTNA のステージではじめて見た。ともかく男性ピアニストは女性ヴァイオリニストなどに比べ地味に見えて損している。
リストを興味深く聴かせるのは大変に難しい技だと思う。 

 

過去のショパンコンクールのYoutubeを見ていたらこの方が出てきた。他国の人たちと比べ、演奏は「やはり日本人だな」という親しみを 感じて嬉しかった。わが日本人の演奏は余分なものがなく真っ直ぐで澄んでいる。
https://www.youtube.com/watch?v=kGJsmkVW96k (51分あたりから)

 

 存じ上げない方だ。日本の古典や民俗、そして旧約聖書にも造詣の深い方のようだ。

 

 すべて最近の日本人の曲、ついにこのようなコンサートが成り立つようになったことに感慨を覚える。

 

 ケルトの神話的伝承を能で表現--すばらしい試み。アイルランドの人と会って話したこともあるが、話題がストーンヘンジやケルト語のことに及ぶと少し悲しそうな顔をした。
ついでにケルトの人々の「スコットランド・アイルランド民謡」をいくつか・・・・
https://www.youtube.com/watch?v=cGiXTkiY12k

 

思い切った 選曲。知らない曲が多い。好きになれたらいいが・・・

 

 PTNA で優勝、そしてもうオーケストラと! PTNAは新人の登竜門としてますますその地位を高めている。

 

 マーラーは独特な人、ユダヤ人の「悲しみ」を自分のものとして感じられる人はいるか? それに耐えられる人はいるか?

 

 エレクトーンはついに21世紀の成功した新楽器としての地歩を占めた? スタンディングオーベーションだったそうだ、めでたい! 

 

 

 美しい日本の歌は外せない! 一番ホッとするのはこのような曲を聴く時である。

 

昨年のショパンコンクールのステージでお目にかかったような記憶。コメントも「コンテスタントのうち最上級」などというほめ言葉もあった。輩出したPTNAの進歩にも敬服 (もう外国から講師の先生を招んでくる必要なんかない!)

 

この楽器をやる人は いつも選曲、レパートリーで苦労されているようだ。

 

これは 恥ずかしながら初めて知った。クラシック、邦楽、日本民俗芸能まで、総合舞台音楽の紹介である。子供のためのプログラムまである。貴重かつ敬服すべきイベント。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ぶらあぼ、11、12 月

2016-12-07 19:00:47 | 音楽

ずいぶんと間が空いてしまった。それには、訳があって・・・
ここ1、2カ月は大きな社会変動が続いた。あれこれと勉強もし沢山の本も読んだ。まだ勉強の途中である。
またいつものこの記事に関してもしばらく前の「東京音コンの優勝者」の疑惑が私のこれまでの思い込みをひっくり返すことになった--つまり、日本のクラシックの舞台でも隣国からの危うい支配力が国内と呼応して強まりつつある、ということだ (他の分野では「背乗り」と呼ばれる)。
これについてはまた改めてまとめてみたい。

いまは1年でも音楽会の最も盛んな季節なのに、この2カ月、その多くを逃してしまって実に残念。今日取り上げるのはほんの一部だが・・・

 

この人、とても早いスピードで主舞台へと駆け上がってきている。初めて見たのは何年か前フランスの先生の公開レッスンだったが、彼の顔の印象と同じくとても鋭い演奏だった。

 

いまや老大家となられた。しばらく前に国の何かの栄誉賞を受けられたと記憶、わが国と世界の宝だ。
いまや知らない人もいるかもしれないと思い、忘れ去られることのないように念のため記しておくのだが、アメリカの音楽学校に留学して新しいモダンジャズの理論を持って帰り国内の若手たちに無償で紹介・伝授されたのはこの方のもう一つの大きな功績である。

 

順調に中堅への道を歩むピアニスト、今回のこの2曲はあわせて独特の雰囲気をかもし出す。

 

何四重奏と呼べばいいのか? 西欧の匂いではなく日本独自の匂いを持った演奏と創作を目にできるのは嬉しくたのもしい。

 

すべて武満徹作品の特集である。あんまり無い貴重な機会だ。

 

モツアルトの弦楽四重奏にレクイエムを移す、という企画。合唱は?・・・と一瞬思ったが、そうだった、多くは管弦楽と重なっているのだった。一段とintimateな響きで迫ってくるだろう。とくにRecordareや最初のフーガなどは格別だろう。

 

リゲティの曲すべては知らない。すごい人だとは思っているのだが。取り上げられた2人のわれらが日本人作曲家はどのようにつながっているのだろうか?  このような機会を得て知見を広げたい。

 

「孤高」、「峻厳」と聞くだけで期待は高まる。そんなに多くのステージは見かけない人のようだ。今回ぜひ演奏に接してみたい。

 

この曲は弾き手によりみな大きく異なった魅力的な姿を現す。

 

フランスの曲ばかり、そして少なくともピアノ、ヴァイオリンはフランス派に親密な方のようだ。チェロ、クラリネットの方は知らなかったが、YouTubeで聴いてみるとその実力に納得。
https://www.youtube.com/watch?v=eeurW6xRg-k
https://www.youtube.com/watch?v=1JvLjvcVTeY

 

わりと新しく根付いた弦楽四重奏団の一つ、レベルは世界的、われわれはもっと自信を持とう。

 

この曲、他の楽器や編成へのアレンジがとても興味深い効果を持つ。ただ(いつもの如く)調律が平均率でなく古典調律ならもっといいのだが・・・

 

新しいスターたちである。これからもあらゆの機会で活躍して欲しい。応援はわれわの義務。

 

 

最近ようやくピアノ二重奏が確固たるジャンルとしてステージに乗るようになった。嬉しい。今月これらだけでなく他にもいくつかあった。

ついでだが、芸大の或るピアノクラスの学生たちはデュオを沢山YouTubeに発表している。
https://www.youtube.com/watch?v=_oGOGIU3zdw
https://www.youtube.com/watch?v=xNLhY1uXNQk
https://www.youtube.com/watch?v=AfbuJHXJmxI&t=58s


 

この会場で6回にわたって入賞者を紹介。(12月26、27日)

 

ハンマークラビアを選曲、とは勇気が要っただろう。ぜひ行ってみたい。(12月19日)

 

この人はしばらく前国内のコンクールでフランス曲を弾いて何回か連続して入賞したと記憶。(12月15日)

 

この人もそう。YouTubeでは国内外のコンクールでのすばらしい演奏もいくつか披露されている。コメントにもある通りとてもbrilliantな音色である。(12月17日)。https://www.youtube.com/results?search_query=nagao+haruka

 

日本の歌を外すわけには行かない。(12月9日)

今回はOSの変更とともに替えた画像処理ソフトの使い方に慣れていないため写真があんまりきれいでなく恐縮です。

 

 

 

 

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10月のぶらあぼ

2016-10-11 09:38:31 | 音楽

いま秋、音楽会が最も盛んな季節だ。
ぶらあぼを見ても沢山興味深いものが見つかる。それぞれについて何かしら言いたいこともあるのだが、体力がもたない。そのほんの一部しか取り上げられなかった。

 

ベルギーの人たちの作品で、日本人は女性歌手がごくわずかだけ登場する。川端康成作品だが「美しい日本の私」とはずいぶん印象が異なる。「老人が薬で眠らされた若い女性の温かい体に寄り添い一夜を過ごす」物語りで「別れ、老い、死」がテーマ、とのことである。西欧人たちにとっては川端をこういう風に見るのか、こういう所に関心があるのか、とむしろそういうことに注意が向く。

どんな音楽なのだろう? 後期ロマン派? 新ウィーン派? それともその後の砂粒のようなあるいは空飛ぶ電波のような現代ものだろうか?

 

声明はそのまま使うのかな? それとも「音楽的処理」が行われているのだろうか? それにしても「トスティの歌曲」との相性はいかに?
築地本願寺には中型のオルガンが据えつけてある。仏教音楽も眠りから醒めて来つつあるのかな?

 

「武満を弾くことで自分が日本人だと実感した」、(弾いていて自分が)「日本人だなと感じる瞬間があった」とのこと、すばらしい自覚、洞察だ。ぜひ聴きに行ってみたい。
ギターのために武満が曲を書いたことでギターはこれからも永い命を得たと思う。

 

ピアノデュオのステージを何年か前からよく見かけるようになっている。独奏では決して聴けないレパートリーや豊富な音色は魅力的だ。

 

立派な声楽の賞を受賞されたようだ。東海大学卒、そして津波をかぶった福島県いわきのご出身だそうである。東海大学の音楽の教室は丹沢の麓、小さな丘陵の上にあって、どちらを向いても懐かしい景色が広がっている、そんなところだったと憶えている。たしか小さなオルガンが1台あったような記憶。

 

「これを次代に残したい」とおっしゃる。それならぜひ聴かせて頂かねばならない。
柴田南雄氏はその昔評論をよく読ませて頂いたが作品を拝聴したことは・・・残念ながら殆ど覚えていない。

 

新人たちの初めての晴れ舞台だ。いつも目が離せない。

 

何年か前ショパンコンクールか何かで入賞されたこの人、ステージではあまりお見かけしなかったが、内面的な成熟を待っておられたのだ、ということがよく分かった。

 

実は先端的な現代ものは私はあまり好きでない、というよりよく分からない。行く時はいつも恐る恐るで、時には逃げ帰ることもあった。
ビオラもハープもとても魅力的な楽器だ。その魅力だけでも・・・逃げ帰らずに聴き通したい、と願う。

 

オルガンについて勉強する稀な機会!(10月15日)

 

マリンバがとうとうコンクールを作れるまでになった!感慨深い。(10月16日)

 

この方、何年か前にゴドウスキーの「ショパン練習曲」のステージを全国放送で披露された。これは大変に勇気がいることだったろう。それ以来私はこの方に特に注目している。(10月30日)

  

欧州のコンクールで入賞し欧州で活躍中のお二人、日本を離れていて、これからどんな音楽に育ってゆくのか?注目しているのだが・・・(10月22日)

 

 

 

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