親爺の徒然ぶろぐ

日々の生活
旅行
お酒
 雑多ブログ

帰路

2008-03-10 13:55:16 | Germany
リューベックシリーズもネタ切れになったところで、大きなニュースが入ってきました。

横風着陸で使用の滑走路選択に問題?ハンブルク空港でのルフトハンザ機の劇的着陸復行ということで、横風で非常に危険な状況を回避し、無事帰還できたとのこと。
よかったですねぇ。

ということで、話をリューベック紀行に戻して、朝焼けのリューベックを後にハンブルグ空港に向かいました。



ハンブルク空港は、非常に綺麗な空港でしたが、空港内の写真は撮らなかった模様です。
でも、これはハンブルグ空港で撮った写真なので


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

リューベックにて 続

2008-03-07 12:11:45 | Germany
一番左がホテル。
その2件右隣にあるお店の看板が気になりました。



これは同じ看板のあるハンブルグにあった別のお店ですが、APOTHEKEって書いてあります。
どうやら、薬局らしいです。
リューベックの街中には非常に多くの薬局がありました。



中には、ハッピーアワーなんてのも^^;
薬局にもハッピーアワーが。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

リューベックにて 2006年夏

2008-03-06 12:34:31 | Germany
今回お世話になったのが、Hotel Jensen
写真では中央左の白い建物。
ネット検索で発見、予約。

バスタブなしでしたが、綺麗に掃除されてて感じの良いホテルでした。



部屋の写真を撮ってませんでした。
というか、撮ったはずなのにファイルがみつかりません。
この写真のあるように、部屋からホルステン門が見えたのでそれも何枚か撮ったように記憶してます。

で、この写真は夜9時30分。
まだ、ビールを飲むには早い明るさですね。(w



リューベックにあったのですが、リューベック固有のものではなく、ファーストフードチェーン店。
ジャンクフードも気にならない親爺はこういうところで良く昼食をとります。



ちなみに滞在時の気温はだいたいこんなもんでした。暑い!


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Rathaus (市庁舎) リューベック その2

2008-03-05 14:51:05 | Germany
見学ツアーということで、中も拝見。
市長さんのご挨拶を拝聴し、
ウエルカムドリンクをいただきました。^^v



市議会の椅子には、双頭の鷲の紋章が!
【自由ハンザ都市リューベック】15世紀以降。帝国の双頭の鷲の紋章との組み合わせ。リューベックが帝国都市になったことから、帝国の鷲の紋章が都市の紋章と併用されました。双頭の鷲の紋章が使われ始めた時期は確認できませんでしたが、14世紀後半には使われていました。15世紀になると両者が組み合わせられ、鷲の胸の部分に元からの都市の紋章が組まれた現在の市章が生まれました。ga!



休憩されているご婦人方。たぶん、その椅子は座っちゃぁいけないんだと思うけど・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Rathaus (市庁舎) リューベック

2008-03-04 16:22:40 | Germany
ホテルに到着し部屋に入るやいなや電話が架かってきたことは既にふれた。
本当に怖ろしいタイミングだった。誰かが観察していたのではないかという危惧まで覚えるくらいだ。
確かにルフトハンザを使ってということを漏らした覚えはある。
だが、バスで入るかなんて喋ってなかったのだが・・・。

どうやら、成田からのルフトハンザであれば、そろそろついている頃だろうと見計らって架けてみたらしいのだが、それがたまたま部屋に到着したのに合わせるかのごとくなったらしい。
さて、最初に呼び出されたのはマルクト広場。
ここには市庁舎やマリエン協会があり将に町の中心地だ。
今日はそのうちRathausに入ってみた。



市庁舎(Rathaus)リューベックの市庁舎は外見に特徴があります。リューベック特有の黒煉瓦造り、風を通すための大きな穴。さらには南側の破風。ハンザ都市らしい風格があります。この市庁舎がある場所に、最初の市庁舎が建てられたのは1158~9年にかけてです。1226年、町が帝国自由都市になると新市庁舎の建設が始まります。13世紀後半には大きなホールを持つLanges Hausが南側に増設されます。14世紀中頃には立派なファザードやハンザ同盟の代表者が集まるための部屋、Hansesaal等も作られました。1440~2年にかけて、Langes Hausにくっつけるかたちでさらに増築されます。市庁舎がゴシック建築物として完成するのは15世紀中頃でした。その後1594年に作られた外階段をはじめとするルネッサンス様式の装飾物等が付加されていきました。ハンザ同盟の衰退と共に町の経済が苦しくなり、それに伴い市庁舎も痛みが激しくなります。19世紀になってから様々な修復が行われますが、第2次世界大戦によりリューベックの市庁舎は大きな被害を受けます。戦後再建および修復が行われ現在に至っています。市庁舎の中はガイドツアーで見学できます。13世紀に描かれたフレスコ画や、市議会場は必見です。最後には世界遺産の登録書までみれますので結構楽しいです。
by ”つるっぺさん”のHP





私は地図でみたとき、Rathausってrat house(ねずみの家)かと思ってしまいました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加