宮西 森本(2007) その2
そこで、この論文のもうひとつの要点である、肩肘に関する部分を取り上げよう。当初の目論見である球速向上については思わしい結果が得られなかったものの、論文の価値が損なわれることがないのは、この発見に至ったからだ。
腕の使い方について、
- OH・・・肘伸展優先
- TQ・・・肩内旋優先
とする。
これもOHとTQで分けるのは間違いで、正しくは
- 連続型、非連続型、アーム式・・・肘伸展優先
- アメリカン投法 ・・・肩内旋優先
とすべきだが・・・・・
Jobe1984は、三頭筋の筋放電でも明らかなように肘伸展優先(連続型と考えている)、Feltner&Dapena1986は当然肩内旋優先のアメリカン投法。このふたつの投法をひとつの論文の中で同じ方法で調べ、キネマティックス的とはいえ、データを得て違いを詳らかにした点は大いに評価すべきだ。
DiGivine(1992)はこの矛盾に適切に対処することができなかった。アメリカの他の研究者はどうだったのか?両巨頭のあいだに挟まって身動きできず、手をこまねいて見ている他なかったのではないか? もしそうだとすれば、宮西の業績は価値がある。
ライアンは非連続型だから、当然、肘伸展筋を使う。この動画の5:13頃にそれが出ていると思うがどうか?
そもそもこれは、日本式、アメリカ式の両方に通じている、日本人研究者がやるべき仕事なのだろう。このような指導法は昔からあるようだ。つまり、林 義一は、
肩内旋に頼るのは肘によくないから、肘伸展に頼るべきだ
としている。江夏がこの腕使いをやっているようには見えないが、ダルビッシュ、上原は採用している。さらに、今思ったのだが・・・・・
アーム式は三頭筋を活用するが、昔から「よくない」とされてきた。これも理由のひとつに肘にかかる負担があるのかもしれない。肩内旋を三角筋に頼る連続型、非連続型よりも、肩甲下筋に頼るアーム式の方が内側側副靭帯に対する負荷は大きい。三角筋が水平外転に働くのに対して、肩甲下筋は水平内転に働くからだ。トミージョン手術を受けた日本の投手が、村田、桑田、松坂と、揃ってアーム式なのは偶然とは思えない。これが正しいとすると、かつての現場の指導者は現在のバイオメカニストよりはるかに深い認識に達していたことになる。
アメリカはそんなことはお構いなしにやってきた。そして宮西は、勇敢にも日本の常識を敵に回して、アメリカン投法の側に立ったのだ。「TQ投法は、肘や肩関節への負担も増大する可能性もあ」るのはわかっているが、正しいフォームと適切なトレーニングで予防できる――と、楽観的な見通しを立てていた。それがストラスバーグの一件をもって否定されたとして構わないだろう。非連続型を最高の投法としてきた日本人が、何も好き好んでアメリカンに乗り換える必要はなくなった。非連続型だって間違った投げ方をすれば肩を壊す。非連続型の正しい動作と適切なトレーニング方法を考えていればいいのだ。
しかし、彼は少々勘違いしている。1997年の論文で選ばれた被験者代表のN.H.は、
- 肩水平内転トルクを発揮する中で内旋トルクをかける
- 肘伸展トルクの値は小さく、リリース時に屈曲トルクとなる
など、アメリカンの特徴を備えているのだが、MERからRELにかけて発揮しているのは肩内転トルクなのだ。
(この図は肩内転・外転をFeltnerに合わせて逆さにした。)
Feltnerが外転値であるのとは著しく異なっている。内転は前腕の順回転に、外転は逆回転に働くのだから、N.H.は肘への負担が小さい投げ方のはずで、実際、F&D1986の肘内反トルクの最大値が100±20Nmに対して、N.H.は50Nm程度しかない。この違いをもたらすのは広背筋の収縮以外考えられない。加速期においてFeltnerは使わないが、宮西は使うのだ。
斉藤雅樹は見やすいだろう。肘が沈んで行く。それに対して、ジョンソンのように外転で投げると肘が高く保たれる。
日本人がアメリカン投法を真似れば、多くは内転型になるのではないか? したがって、宮西が例えばN.H.のフォームを矯正し適切なトレーニングを施して、肘を壊さないようにできたとしても、それが直ちにアメリカ式の擁護にはならない。
しかし裏を返せば、アメリカン投法とメカニクスの基本を共有していながら、肘に対する負担が少ない投法が存在することを、動作解析法によって、示したことになる。この投法自体は日本やカリブでめずらしくないが、それを明らかにした論文がかつてあったのだろうか? 依然として肘に負担のかかる外転型主流のアメリカにとって福音になるかも知れない。まぁ、本人にその気があるかどうかだが・・・。