「メジャーの打法」~ブログ編

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Feltner論文(4)

2009年07月26日 | 投法

 アーム式再考。

 Feltner論文(3)で、

・・・もし水平内転トルクのMER直前における一時的急減(Figure 14)が大胸筋の筋放電休止を反映したものであれば、これも普通の投法では起こりえない。腰、体幹の回旋を上肢に伝えることをベースにした投法であって、それには大胸筋の収縮が必須であり、エネルギー転移が盛んに行われているのがまさにこの時期(コッキング後期)だからだ。


と書いた。その続きを・・・・・


 Feltner(1986)の被験者がアーム式であり、グラフのMER直前の形状が筋放電休止を示し、さらに、アーム式は筋放電休止をともなう―という仮定で、

  • 風井論文の非連続型において、動作を非連続にする要因は筋放電休止である
  • アーム式も一種の非連続型と考えるべきである


と考えてみたが、どうか?


筋放電休止について書いた記事のなかの投球に関する部分は間違いということになる。Feltner(1989)と日本人投手のデータが似ているのは、日本の投手が連続型だからだろう。


 古くからある『アーム式劣悪説』も、日本の投手の多くが非連続型だった時代に、『正しい』非連続型とアーム式を比較した上での話だった―と考えるべきだろう。「松坂のように投げてはいけない。野茂のように投げよ」というわけだ。しかし、その説は説得力あるいは存在理由を失いつつある。その理由を列挙すると、

  • プロ野球における実績にはそれほど差がない(アーム式の定義と、アーム式として名を挙げた投手がその定義に適っていることを前提に)。
  • オーバーハンドに連続型が増えている状況にありながら(サイドアームは、アーム式を除けば、もともと連続型だろう)、連続型とアーム式の比較が十分なされたとは思えない(スピードにはかなりの差があると見る)。
  • アメリカおよびカリブの非連続型はみなアーム式であり、日本のいわゆる本格派とされる非連続型投手は見当たらない。したがって本来の『アーム式劣悪説』の入り込む余地がない。



 いまや『アーム式劣悪説』を唱える状況にはない。むしろ昔から本格的投法とされてきた普通の非連続型を、バイオメカニクス的手法で、アーム式や(アメリカン投法を含む)連続型と峻別することの方が重要だろう。風井論文の重要度は現在においても変わらないのだ。
 これまで野球に携わってきた人々が「これが正しい投球フォームだ」とした伝統ある投法だから、その優秀性を疑う余地はない。球威があるのは確かだし、日本人の体型に合っているのだろう。ところが、マー君をはじめ多くの投手がその技術を継承する一方で、最近、腰の(横)回旋が推奨される傾向にあり、その結果、投法の主流が連続型に移行しつつあるようなのだ。しかし、その是非について十分検討がなされたとは思われない・・・というより、そもそも違いに対する認識がない。

 連続型と非連続型の違いは、見方を変えれば、オースチンの『ターン』と『ティルト』である―という点も興味深い。連続型が『ターン』で、非連続型が『ティルト』だ。『ターン』、つまり腰は(横に)切るべきものと信じる輩は多いが、アメリカ投法のような過激な『ターン』型は、『テコ』ではなく『車軸』(セグメントの長軸まわりの回転)だから肘に負担がかかる―というのが、オースチンの主張するところだ。

 アメリカにおいても、風井論文と同様、まず連続型と非連続型に分けるところから議論を展開することができる―という点は注目に値する。むしろ、それが時代の要請だろう。これだけアーム式が増えてくれば、「投球メカニクスはどの投手もだいたい同じ」とするFeltner論文の投球論では世間が納得しない。アーム式という認識がなくとも、ハラディとバーネットの違いに思い至った方は多いと思う。



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